「 from happy to love going 」





 5月、高い位置に広がる青空に手をかざして、奈緒子は小さく息をついた。
「ん〜…」
 随分長い間フェリーに揺られていたのがこたえたようで、妙に体がだるい。
「おい、YOU」
 後ろから声をかけられて振向くと、馴染み深い1966年型のトヨタのパプリカが、奈緒子の横にスィーっと静かに停車した。運転席からは眼鏡に髭面の、これまた馴染み深い男が顔を出している。
「上田…」
「乗れよ」
 言われて、まぁここに突っ立っていても仕方あるまいと思いながら助手席の方に回り、何も言わずにドアを開けて乗り込んだ。
「で、これからどこに行くんですか?」
「とりあえず、高速に乗って夕張まで行って、後は下を通って帯広まで向かう」
 上田はガサゴソと座席の後ろを漁り地図を手に取ると、そのままそれを奈緒子に手渡した。
「…なんですか?これ」
「地図だよ」
「見れば分かりますよ、なんで私に渡すんですか?」
「何でって、北海道を車で走るのは初めてだからな、迷わないようYOUにナビをしてもらう」
「えー!」


 二人は今、北海道の苫小牧にいた。
 事の起こりは三日前、大学の上田の研究室に封書で一通の手紙とフェリーの乗船券が入っていた。
 手紙には、自分は上田の本の大ファンで、自分の村で起きている事件を何とか解決して欲しいと言うような事が書いてあった。
 そんなややこしそうな事には関りたくない奈緒子だったが、タイミングよくマジックのショーは打ち切られるしバイトもクビになるしで、上田を頼らざるを得ない状況となってしまって、こうして一緒にここまで来てしまったというわけだ。
 そもそも依頼人からの手紙には、上田が本の中で紹介している貧乳の女性にも会ってみたいというような事が書かれており、フェリーの乗船券も二人分入っていた。


「大体、何でフェリーなんですか?ここまで来るだけでほぼ丸一日かかってるじゃないですか」
「仕方ないだろ、わざわざ依頼人が乗船券を同封してくれたんだ、使わないと勿体無いじゃないか」
「だからって19時間ですよ?!疲れるったらない…」
 車内でも腕を伸ばす奈緒子を横目で見遣りながら、上田も首を左右に回しながら息をついた。
「確かに19時間は疲れるな…だがYOUはただで北海道に来れたんだから、そんな文句を言う権利なんて無いぞ」
「誰が無理やり連れてきたと思ってるんですか!家賃払ってやるから一緒に来いなんて…脅迫ですよ!」
「家賃を滞納してるYOUが悪いんだろう」
「う、うるさい馬鹿上田。そこ道左!」
「お?おぅっ」
 慌ててウインカーを上げ、上田はハンドルを切って奈緒子の指示した道に車を入れた。
「ま、いいですよ、北海道に免じて許してあげます」
「なんでYOUに許してもらわないといけないんだよ、この俺がっ」
 いつものおかしな遣り取りを一通り済ませると、一時車内に沈黙が流れた。
「…無理言って悪かったな」
 押し黙ったままの奈緒子の様子に、怒らせてしまったのかもしれないと、珍しく上田が先に折れた。沈黙が嫌だったというのもあるのだろう。
「YOU?」
 だが一向に奈緒子は黙ったまま。チラリと見遣ると、奈緒子は目を閉じてすやすやと眠っていた。
「寝てるのか…って、おい!ナビを頼んでるのに寝るなよ!」
 何とか起こそうと試みたが、暖簾に腕押しとはよく言ったもので、全く反応が無い。熟睡してしまっている。
「ったく…」


 フッと目を覚ますと、うっすらと赤らんだ空が目に入った。
「やっと起きたか」
「あれ?ここ、どこですか?」
 むにゃむにゃと目をこする奈緒子を呆れながらも優しく見つめ、上田は進行方向に見える青い標識を指差した。
「…にちたか?」
「日高だ、馬鹿」
 いつの間にか高速を抜けて、奈緒子はどうやら二時間は寝ていたらしい。
「ひだか?」
「そうだ」
「ふ〜ん…あ、もう夕方じゃないですか!上田さん、どっかでご飯食べましょうよ、おなかペコペコです!」
 奈緒子の案を受け入れ、ゆっくりと車をドライブインに駐車した。そこで適当に食事を済ますと、上田は早々と車に戻った。
「今日中に帯広に着きたいんだ」
 初めて走る北海道に道に怯える上田だったが、心配するまでも無くその後、約1時間ほどで帯広に入る事になった。
「ところで上田さん、今日中にその依頼してきた村に着けそうですか?」
「出来ればそうしたいんだが、あまり暗くなるとちょっとな…」
「ちょっと?」
「怖いだろ、真っ暗な道って」
 その言葉に、奈緒子は一瞬呆けて、それからクスクスと笑った。
「何笑ってんだよ」
「上田さんが怖いって言った…」
 可笑しそうにクスクス笑う。そんな奈緒子を見ながら、上田はしまったと言うように眉を顰めて、黙り込んでしまった。
「怒りました?」
「何でだ?」
「からかったから」
 またも黙る上田。少しして、お互いに視線も合わせず、ほぼ同時にクスリと笑った。


 気が付けば日は落ち、真っ暗闇。次郎号は普段より速度を上げる。
「怖いんじゃなかったんですか?」
 奈緒子がぼそりと言った。
「慣れた」
 それでも、カーブを示す赤いランプが見えると少しドキッとする。
「北海道って広いですねぇ」
「そうだな」
 ヒュン…という音と共に追い越しを駆けられて、少しビクツク。
「明るい時なら景色も綺麗なんでしょうね」
 両端に見えるのは、暗い影と遠くの街明かりのみ。
「帰る時は明るい内に走りたいな」
「じゃぁさっさと村の謎を解明して帰りましょう」
「だな」


 しょっちゅう二人で地方に行くが、なんだか妙にのどかに感じるのは、ここが最果ての北の大地だからかもしれない。
 ドライブ、そう言うに相応しい。
 うねる道でハンドルを切って、山間を抜けてやっとの事で村についた。隣りを見ると、奈緒子は寝入ってしまっていた。
「道理で静かなはずだな」
 とりあえず奈緒子を車に残して上田は車を降り、体を伸ばし始めた。ググッと伸びをして、空を見上げる。
「おぉぅっ?!」
 目を見開いて、奈緒子を無理やり起こした。
「YOU!起きろ、ほら!」
「うう〜ん、なんですかっ…」
 引きずられるように助手席を降り、そのままグイッと顎を持ち上げられた。目線が上を向く。
「うわぁ…凄い星ですね!」
 降るような星空。近くに街がないから、邪魔する光は無い。小さな光の粒が散らばっているように見える。
「っと、YOU…危ないぞ?」
 あんまり上を見ていたので、奈緒子はふらりとよろけた。
「あ、すみません…ところでここ、どこですか?」
「依頼を受けた村だよ」
「真っ暗ですね」
 確かに。家はあるが、明かりはついていない。人の生活している匂いが全くしない。
「確かに…」
「本当にここなんですか?」
「そのはずだ、村のはずれにあった標識も間違ってないし」
 上田は車から、依頼者からの手紙を引っ張り出し、ライトで中身を読んだ。
「でもここ、廃村になってるっぽいですよ?」
「おかしいな…」
 二人でそこにぼんやり立っていると、突然ププー!というクラクションが聞こえ、目の前に一台の車が止まった。
「東京からいらした上田先生ですか?」
 運転席から若い男が顔を出した。
「ええ、まぁ…もしかして、あなたが依頼者ですか?」
 上田が怪訝そうに尋ねると、若い男はニコッと微笑み嬉しそうに口を開いた。
「本当に来るんですね!上田先生に会えて感激ですよ!」
 男は車を降りると、抱きつかんばかりの勢いで上田に握手を求めた。
「ど、どうも」
「あ、そっちが先生の助手の山田さんですね?本に書かれているよりずっと綺麗な方じゃないですか、胸は小さいみたいだけど」
 奈緒子にも握手を求めながら男は言った。
「はぁ、どうも…」
 戸惑いながらも握手を交わし、上田と奈緒子は顔を見合わせた。
「…で、これは一体どういう事なんですか?」
「いやぁ…すみませんっ!!」
 何が起きたのか、一瞬理解できなかった。さっきまでニコニコしていた男は、突然申し訳なさそうに顔を歪めて頭を深く下げたのだ。
「「は?」」
 上田と奈緒子の声が合わさる。
「あのですね…一度でいいから先生にお会いしてみたくて、たまたま懸賞で旅行ギフト券を手に入れたから、それで乗船券買って送ったら来てくれるんじゃないかなぁなんて思って」
 男はまくし立てるように早口でそう言い、上田の顔を窺うように見遣った。
「それは、つまり、依頼は嘘という…?」
「す、すみません!」
 再び頭を下げる男を見ながら、上田は困ったように顎の髭をいじりながら、奈緒子をチラリと見遣った。
「えっと…まぁ、いいじゃないですか、上田さん。綺麗な星空も見られたし」
「そうだな、ま、いいとしておきましょう」
「そうですか!あぁ良かった…じゃぁあの、せめて今夜はうちに泊まっていってください!」
 そのまま男に促され、二人はこの廃村を後にした。


 男の家では、その妻が色々と用意をしていてくれたようで、北海道の食材を使った料理がこれでもかというほど並べられ、夕食を済ませた二人ではあったが、それを(主に奈緒子が)綺麗に平らげ、あてがわれた部屋に敷かれた布団の上でまどろんだ。
「北海道って、広いですねぇ…」
 奈緒子がしみじみと口を開いた。
「それ、さっきも言ってなかったか?」
「だって本当にそう思ったんですもん」
「まぁ、俺もそう思うがな」
 お腹いっぱいご飯を食べて、奈緒子は幸せそうだ。
「明日は折角だから、観光ですね」
「そうだな、こういうのもたまにはいいな」
 運転の疲れもあってか、上田はとろとろとまどろみながら深い眠りに落ちていった。逆に奈緒子は、車の中で結構寝ていたので、そんなに眠くはない。
 布団の上でぼんやりしていると、男の妻がそっとふすまから顔を覗かせた。
「あ、どうも…さっきはご馳走様でした」
「いえ、綺麗に食べていただいて、嬉しかったです。眠れないのなら、下で少し話をしませんか?」
 当分眠れそうも無いので、奈緒子はその妻の申し出を受け入れる事にした。
「えーっと、山田さん、お酒は呑めます?」
「少しなら」
「うちは主人が下戸なものだから、良かったらお付き合いしてくださいませんか?」
 出されたつまみに、奈緒子は嬉しそうに頷いた。
「主人が悪戯みたいな事をしてごめんなさいね」
「いえいえ、どうせ暇ですから」
 あまりお酒は強い方ではないのだが、この日は楽しいお相伴と相成った。


 翌日、目を覚ました上田は男に地図を渡されてここに行って見てくださいと勧められた。
「折角北海道に来たんですから、ここに行かないと後悔しますよ」
 こうまで言われると行かない訳にもいかないと、車を走らせる。
「で、どこに向ってるんですか?」
 誰よりも遅く起きた奈緒子は、まだぼやっとしている。
「よく分からないが、どうやら廃線になった国鉄の駅の跡地が観光の名所になってるらしい」
「へぇ〜…」
 興味なさげに答える奈緒子だが、少しして車は小さな駅の前までやってきた。
「ここか?」
 男のくれた地図と、その駅を見比べる。
「あいくに駅?」
「あいこくだろ?降りてみよう」」
「はぁ」
 車を駐車場に乗り入れ、降りる。
「あっ!上田さん、汽車がありますよ!」
 降りた途端、奈緒子は駅の方に走り出した。見慣れないものを見て、何だか楽しそうだ。
「おぉ、でかい切符がある…」
 慌てて奈緒子の後を追う上田は、汽車よりも駅の横にある石像に目を奪われた。
 ──愛国から幸福ゆき。
 なるほど、と上田は腕を汲み上げその石像を眺めた。
「上田さん、何やってるんですか〜…って、これ…」
「切符だな」
「切符ですね」
 二人並んでじっと見つめる。
「幸福って駅があるみたいだな」
「みたいですねぇ、こうふくって読み方でいいですかね?」
 キョロキョロと辺りを見渡しながら、奈緒子は小さな子供のように駆け出した。
「YOU?」
「お土産屋さんありますよ!」
 後を追って、そのまま二人は土産物屋に入った。
「ほぉ、なるほどな…」
「あ、切符売ってますよ!」
 そこには石像と同じタイプの切符やら、切符を大きくしたタイプの葉書やらがあった。
「幸福ゆきの切符か、面白いな」
「折角だから矢部さんとかにでも送ってあげましょうか」
「そうだな、頭に幸福が訪れるように」
 上田の言葉に、奈緒子はクククと喉を鳴らしながら笑った。
「いらっしゃいませ、店の横の簡易郵便局で出すと、葉書に愛国の消印がつきますよ」
 店の奥から中年の男性が出てきて、目をキラキラ輝かせる奈緒子に言った。
「お母さんに出そうかな」
「ここから約二駅分のところに、幸福駅もありますよ」
 男性に言われ、二人は葉書だけ購入してその場を後にした。
「幸福駅に行くんですか?」
「ああ、それまでに葉書、書いておけばいいだろ?」
「あぁ、そうですね」
 十数分車を走らせると、すぐに目的の幸福駅跡地についた。愛国駅跡地より少しばかり開けており、観光客も多い。
「観光客、多いですねぇ」
「皆幸福に飢えてるんだろ、淋しい奴らだな」
「…お前が言うなって」
 ここでも奈緒子ははしゃいで、ぼんやり駅を眺めている上田をよそに、一人で土産物を見ていた。
「お嬢さん、切符買っていくかい?」
 売店にいた中年の男性が、二枚の切符を奈緒子に見せた。
「あ、これ、二通りあるんですね」
 それは、愛国ゆきと幸福ゆきの二通り。
「そうだよ。この幸福ゆきは、幸せになりたいなぁって思ってる人用」
「じゃぁ愛国ゆきは?」
「お嬢さんがこれを買ったら、いつかお嫁に行く時に、たった一人の人だけに切らせてあげるんだよ」
 男性は奈緒子の肩越しにチラリと上田を見遣りながらそう言った。
「え…」
「あの大きい人、お嬢さんの彼氏だろ?一枚買って、彼に切らせてあげたらどうだい?」
「え、や、あの…」
 カァっと顔を赤らめる奈緒子を見て、男性は笑いながら他の客の相手をしだした。


「愛の国から幸福へ…か、ちょっといいな」
 スタンプラリー用のスタンプを眺めながら、上田は小さく呟いた。
「上田さん、葉書出してきますね」
「ん?あ、あぁ」
 後ろから声をかけられて振向くと、奈緒子は手を差し出していた。
「…何だ?」
「切手代」
 しれっと言ってのける奈緒子に呆れながら、上田は鞄から財布を取り出して中身を出そうとしたが、財布ごと奪われてしまった。
「おいっ!」
「切手代しか使いませんってば」
 簡易郵便局の方に駆けていく奈緒子を見送って、小さく溜息をつきながら土産物屋に場所を移した。売っているものは愛国の土産物屋とほとんど変わっていない。愛国が幸福に変わっている程度だ。
「おにいさん、可愛い彼女に何か買ってあげたらどうだい?」
「可愛い彼女?」
「さっきここにいた、長い黒髪の可愛いお嬢さん。おにいさんの彼女だろ?」
 売店の男性は奈緒子に言ったのとほぼ同じような事を上田に説明した。
「なるほど、プロポーズの際の小道具に使えるわけだ」
「そういう事」
 男性は何だか嫌に楽しそうだ。
「あいつとは別にそういう関係な訳じゃないが…」
 愛国ゆきの切符を一枚手に取り、まじまじと見つめた。
「上田〜、出してきた…」
 ふと、後ろから奈緒子が顔をのぞかせた。
「おぉ、YOU…」
 上田が手にしている切符をじっと見て、奈緒子は小さく口を開く。
「それ、買うんですか?」
「どうしようかと思ってな、折角来たから、何か記念になるようなものが欲しいだろ?」
「ええ、まぁ…」
「おい、財布を返せ」
「え?あぁ、すみません」
 奈緒子から財布を受け取ると、中から千円札を一枚出して、男性に渡した。
「幸福ゆきの切符を二枚」
「はい、ありがとうございます」
 男性は笑顔で千円札を受け取り、二枚の切符に今日の日付を打ち込んだ。そして袋に入れて上田に渡す。
「どうも…ほら、YOUに一枚やるよ」
「あ、どうも」
 そして二人は車へと戻った。
「幸福ゆき…か」
 ボソリと奈緒子が呟いた。
「YOUにはぴったりだろう?」
「えぇ、まぁ」
 車に乗り込みシートベルトを締めてから、なぜか上田は締めたばかりのシートベルトを外した。
「上田さん?」
「ちょっとトイレに行ってくる、ここで待ってろ」
「あぁ、はい」
 車を停めている場所から、土産物屋は見えない。それを見越しての行動なのかどうか…上田は足早にそちらへ向かうと、売店の男性に小さく声をかけた。


「待たせたな」
「いえ」
 車に戻った上田は、妙に笑顔だった。首をかしげながらも、奈緒子は手の中で幸福ゆきの切符を握り締める。
「門別通って海沿い走って帰るか、天気がいいから気持ちいいと思うぞ」
「そうですね」
 車を走らせながら、上田は横目で奈緒子を見遣った。
「ご利益あるといいな」
「え?」
「幸福ゆきの切符を手に入れたんだ、効くといいな」
「お守りじゃあるまいし…ま、お守りも含めて、こんなのは単なる気休めですよ」
 そっけなく答える奈緒子。
「その割りには大事そうに握り締めてるじゃないか」
「…それでも、何かに縋りたくなるのが人間ですから」
「身も蓋もないな」
「うるさいっ、道間違えるなよ!」
「当たり前だ、誰に向って物言ってるんだ」
「巨根で弱虫の上田」
「おいっ」
「えへへへへ」
「ったく…」
 こんな遣り取りもいつもの事だ。お互いに何ともいえないようににやりとした笑みを浮かべた。
「あ、海!」
 助手席側に続く海に、奈緒子は急にそちらを向いてしまった。長い黒髪が揺れた。
「苫小牧まで一時間くらい海だぞ」
「一時間の海沿いドライブですか」
「十分だろ?」
「ええ」
 ずっと続く海沿いの道というのもなかなか壮観だ。運転している上田も、ハンドルを握りながらチラチラ海を眺めた。
 約一時間後、次郎号は無事苫小牧に着き、そこからは来た時と同様にフェリーで東京に戻る事になった。


「疲れた…」
 池田荘で車を降りた奈緒子は、部屋に着くとばたっと畳の上に倒れこんだ。
「YOUは座ってただけだろう」
 なぜか上田もついてくる。
「ただ座ってるのも疲れるものなんですよ…って、なんで上田さんいるんですか」
「少し休ませてくれ、マンションに着くまでに事故らないようにな」
「まぁいいですけど…何も期待しないで下さいね、そんな気力ありませんから」
「分かってるよ、ちょっと横になってるだけでいいんだ」
「どうぞご勝手に」
 上田は、小さなテーブルをはさんだ向かい側に、奈緒子と同じように横たわった。
「フェリーってのも疲れるな」
「そうですね…」
 そのまま二人は眠りこけてしまった。先に目覚めたのは…奈緒子の方だった。
「暗い…」
 外は真っ暗で、外灯がチラチラと見える。起き上がるとフラフラしながら、奈緒子は窓を開けた。
「やっぱり、星見えない…」
 小さく息をつきながら空を見上げ、スカートのポケットに手を入れた。幸福ゆきの切符と、紙袋。一度、横たわっている上田をちらりと見てから、紙袋の中身を取り出した。
「愛国ゆき…」
 葉書を出す前に、自分の財布に入っていたなけなしのお金で買ったのだった。写真立てを手にとり、奈緒子はその写真の裏に、愛国ゆきの切符を入れた。
「いつか…切らせてあげますよ」
 上田をもう一度見遣り、奈緒子はくすぐったそうに微笑んだ。
「うう…ん?お?」
「あ、起きた…上田さん、もう真っ暗ですよ」
「お、おぉ…」
 上田は起き上がって伸びをすると、テーブルの上に置いておいた眼鏡をかけた。
「北海道、結構楽しかったですね」
「そうだな、また機会があったら行きたいな」
「機会があれば」
 くすくすと笑い、奈緒子は上田を見送った。


 次郎号に乗り込むと、上田は少しだけ走らせて車を停め、ゴソゴソをズボンのポケットをまさぐった。小さな紙袋が出てくる。
「あいつは鈍いからな、渡すだけじゃぁ伝わらないかもしれない…」
 紙袋から中身を出す…それは、愛国ゆきの切符。
 二人揃って同じ物を、相手に黙って買っている辺り似たもの同士というべきか…
 それでも、願わずにじゃいられない。
 貴方と一緒に、幸せになろう?そして愛の国へ、行こうじゃないか…


 from happy to love going
 いつか、お互いの切符を切ろうよ。




 fin


ヘイホー(またもこの出だし・笑)
入口のカウンタが20000を越えました。え?あれ?もうそんなんなの?
なんかあまり実感が湧かないんだけど…でも嬉しいです。
そんな訳で、お礼も兼ねて、フリー配布だ!(笑)
いや、待て!長いぞ、これ(笑)
いやね、行って来たのよ。「愛国駅」&「幸福駅」に。
そしたらウエヤマで無性に書きたくなってね、書いちゃった。
それをむりやりフリー配布に(笑)
お持ち帰りしたい人は持ってちゃってOKですわ。
右クリックでソースを開いて、二つ目のテーブルごと持ってくと楽なんじゃない?
行間も設定してるから、その方がちょっと見やすいと思うんだよね。
お持ち帰りをされた方は、報告してくださると嬉しいです。
じゃ、皆様、更新のペースが滞りがちの当サイトにいつもお越しくださいまして、どうもありがとうございます。
これからもお付き合いの程、よろしくお願いします。

2004年5月8日(20000HITは5月1日くらい)

* フリー配布期間終了 *


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