スノードロップの夢を見た




 夢を見た。それはそれは不思議な、けれど甘く優しく、悲しい夢だった。

「夢…?」
 目覚めての第一声がそれだった。昨晩はつい夜更かしして遅くまで起きていたのに、今はどうだろう、いつも起きる時間より一時間も早いのにも関わらずすっきりしている。
「う…っ、あー…」
 寝具に横たわったまま、天井を見上げて伸びをする。と、知らず内に唸り声も上がる。
「っ、はぁ…」
 伸び終わり、腕をぱたりとおろすとそのまま毛布の中に逃げ込ませた。思ったよりずっと室内が冷たい。
「さっみー…」
 毛布の中は自分の体温でぬくぬくとしていた。
「…変な、夢だったなぁ」
 身体を丸めながら毛布の中にもぐりこみながら、小さくポツリと呟く。そっと瞼を落とし、夢を思い出してみた。


 スノードロップ…実際に見た事はないが、それだと何故か判った。真っ白で清楚な、可愛らしい花。
「綺麗な花だなぁ…」
 そっと手を伸ばして、花弁に触れてみた。ビックリするくらい冷たい花びらだと思ったが、名前通りだなどと微笑む。
「おい、何してるんだ?」
 不意に後ろから声をかけられて、慌てて振り向くとそこには見慣れた人物が…人、物?
「…小さい」
「小さいとか言うなっ」
 見慣れた人物なのは確かだが、その人はまず小さかった。ミニサイズと表現すれば可愛げがあるものの、その小さな身なりに続いて背中から出ているひらひらしたものが何故か妙に滑稽で、ついにやりとした笑みを浮かべた。
「笑うなって」
「わ、笑ってない…」
 ぷくく、と噴出しそうになるのを押さえ込みながら、まじまじとその姿を見てみる。
「笑ってるじゃないか!ったく、失礼な奴め!」
「笑ってなんか、ないって。ところでそれ、何?」
 背中から出ているひらひらしたそれが兎に角気になって、とりあえずつまんでみる。
「わっ、引っ張るな!」
「あっ、すまん!」
 慌てて手を離す…ビックリした。羽根かな?と思ったんだ、最初は。だって姿が小さいから、妖精かその類のものだろうと思ってたんだ。だから…
「慎重に扱えよ、大事なんだから」
 小さな人はひらひらと、それを揺らす。それは、花弁だった。
 そう、先ほど触れたスノードロップの。


「…可愛かったなぁ」
 毛布に包まったままで、再度呟く。瞼を閉じるとその姿が見えて、ついついにやけてしまう。


「お前、もしかしてスノードロップの精とか言うんじゃないだろうな」
「違う」
「そうか…じゃ、なんだ?」
「スノードロップ」
 小さなその人は、目前に咲いていたスノードロップの周りをコトコト歩きながら答えた。
「え?違うんだろ?」
「精じゃないよ、スノードロップそのもの」
 言ってる意味が良くわからない…
「わからないのか?まぁ、どうでもいいけど…」
 馬鹿にしたような含み笑いで、小さな人は言う。
「お前さっき、この花に触っただろう?」
「…なんでわかる?」
「白いから」


 ピン、ポーン。二度寝しようかと思っていた…いつもより早くに目が覚めたのなら、それは選択の一つとして当然といえば当然。今日は特にコレといって用もなかったし。
 不思議な夢の余韻に浸るのもいいかもしれないなぁなどと思った矢先に、インターフォン。
「…帰れ」
 すっきり目覚めてしまってから、まだ五分程度しか経っていない。とろとろと眠気に誘われ始めたところだったせいだろう…小さくぽつりと、早朝の訪問者に言う。
 ピンポーン。だが、お構いなしに訪問者は二度目のインターフォンを鳴らした。
「…帰れ帰れ帰れ帰」
 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン。訪問者は容赦がなかった。
「ったく、どこのどいつだよ」
 諦めて、ぬくぬくの布団から出て冷たい空気の漂う室内を移動する事にした。
「さむっ、ありえないぞ、この寒さ」
 ぶつぶつと文句を言いながら、玄関の鍵を開けた。
「上田!いるなら早く開けろよ!」
 鍵を開けるなり、ドアノブを回す前にドアがガチャリと勢いよくあいて、先ほど夢の中で会った小さかった彼女が怒鳴った。
「…YOU?」
「うわっ、さむ!なんだこの部屋…暖房くらい入れろよ馬鹿上田」
 どたどたと靴を脱いであがりこむと、彼女は勝手知ったるなんとやら、リビングボードの上のリモコンを手に取り、ピ、と電源を入れた。
 途端、ブォー…という微かな音と共に暖かい空気が部屋の中をめぐった。
「はぅ、あったかくなってきた」
 エアコンの前で彼女は、唐突にくるりと振り返った。
「上田さん、おはようございます」
 にっこりと、少しありえないくらい爽やかな笑顔を浮かべて。
「…YOU、一体全体こんな朝っぱらに何の用だ?っつうか勝手に上がるなよ、そしてに部屋のものに勝手に触るな」
「なっ」
「しかしYOUの方から来るなんて珍しいな、今日は雪か?」
 幾つかの質問と文句を一気に言って、最後に付け足す。何か言い返そうとしていた奈緒子が、その最後の言葉ににこっと笑った。
「今日は雪ですよ」
「は?」
 笑顔を浮かべたままで、奈緒子は未だ寝巻き姿の上田の腕をぐいぐいとひっぱり窓の方へといざなった。そして、勢いよくブラインドカーテンを開ける。


「んっ?」
 眩しい光が部屋の中に入る込む。
 朝は眩しい、それは当たり前だが、いつもより遥かに眩しい。真っ白。
「上田、コラ、目を開けろよ」
 寝起きだったせいもある。あまりの眩しさに目を閉じていたが、促されてそっと瞼を持ち上げて…息をのんだ。
「ゆ…YOU、真っ白、だな」
 真っ白。そう、真っ白、一面の純白、白銀世界。朝日のせいだろう…実際には一面の白銀世界などありえない、ここは都会の真ん中、眼下にはいつもの町並みがあるのだから。
「ええ、真っ白」
 隣で奈緒子が嬉しそうに答える。上田は、一度手の甲で目元をごしごしとこすり、再び窓の外に目を向けた。
 うん、確かに真っ白ではない。しいて例えるのなら、花嫁が頭につけるウェディングベール、あれを町並みにかぶせたような光景だ。
 けれど奈緒子は、真っ白だと笑う。
「雪…か?」
「初雪ですよ」
 朝日が反射してキラキラ眩しい…この天気じゃ、数時間で溶けてしまうだろう。
「初雪か…もうそんな時期か、早いな」
「でも、綺麗ですよね」
「ああ、まぁな」


 30分後、着替えた上田と奈緒子は近くの喫茶店でモーニングセットのホットケーキを食べながら熱い珈琲を飲んでいた。
「それにしても、こんな早くに…わざわざ初雪を知らせに来てくれたのか?」
 ぱくり。大きな口に、たっぷりのはちみつと生クリームをのせたホットケーキを放り込んだ上田が、向かいの席で同様に大きく開いた口に、ゆで卵を頬張る奈緒子に言った。
「ふぉんなわけないらないれふか」
 むひゃむひゃと口を動かしながら、奈緒子は答える。
「…うまいか?」
「もちろん!」
 一個をあっという間に平らげて、ぐっと突き出した拳の親指を立てて奈緒子は笑った。
「で、今なんて言ったんだ?」
「何で聞き返すんだ、あんなにはっきり言ったのに」
「はっきり言えてなかったから聞き返してんだよ、食いながら喋るなって言われなかったか?小さい頃とか」
「特にはこれといって何も」
 奈緒子は淡々と、上田のホットケーキの脇に添えられたカリカリのベーコンを当然のように自分の口に運びながら答えた。呆れるより他にない…とはこの事だろう、やれやれと上田は苦笑を浮かべた。
「私、最近、金持ちの家の犬の散歩をするっていうバイトをしてるんですよ」
「…へー」
「で、その散歩ってのが早朝と夕方の二回で」
「…ほー」
「今朝もそのバイトで、やたらに犬がはしゃぐなぁと思ってたら」
 雪が降ってきたんですよ!と、奈緒子は何だかとても楽しそうに語る。
「そうか」
「ええ。散歩が終わって帰ろうとしたら少しだけど積もってたから、上田さんにも見せてやろうと思って」
 ぱく、ぱくん。チョコレートシロップをかけたホットケーキを頬張りながら、奈緒子は続ける。
「見せてやろうって…まるでYOUのモノみたいな言い方だな」
「最初に見つけた人のモノなんですよ」
 にこっと、笑う。
 そんなわけで二人はこうして、晴れてはいても冷たい風の走る外に繰り出したという事らしい。
 薄く積もった雪を踏みしめながら歩いている内に、お腹が空いたと訴える奈緒子の為に喫茶店へ。パクパクとモーニングメニューをたいらげていく奈緒子を見ながら、上田は再び夢を思い出していた。

「なに人の顔じろじろじろじろ見てんですか」
 店員がオールメニュー制覇の得点として、奈緒子の前に小さな白い造花を景品として置いて去った後、奈緒子は珈琲を飲みながらボーっとしている上田に声をかけた。
「ん?いや、ちょっとな」
 奈緒子は小さくって、背中に白い花びらをつけて…花びら?
「上田さんほらほら、見てくださいよこれ、お花」
 どうせなら金一封くれたらいいのに…なんてブツクサ言いながらもその白い造花を嬉しそうの間の前に掲げた。
「花か」
「真っ白いお花、雪みたいですね」
 奈緒子のその一言に、どきりとした。
「雪の花、か」

 見た夢は真っ白な雪の花、スノードロップ。

「雪の花、あ、上田さん知ってます?」
「え?ん?」
 心の中を読まれたのかと、ありえない事にどぎまぎしながら。
「雪はどうして白いか、知ってます?」
「ん、いや?」
 雪の白い理由って?何を言い出すかと思えば…
「教えてあげましょうか?」
 うきうき、そわそわと意味ありげに奈緒子は上田に言う。
「焦らすなよ」
「じゃぁ教えてあげますよ」
 不思議な話を、続ける。
「神様が、モノに色をつける時に、雪だけ最後に残っちゃったんですよ」
 困った神様と、悲しむ雪。
「ほぉ?」
「そうしたら、ある花が言ったんです。私の色を使ってくださいと」
「花が?」
 訝しがる上田の前に、白い造花を掲げ、奈緒子はそのまま窓の方に手を動かした。
「スノードロップっていう白いお花が雪に色を与えたから、雪は白いんですよ」

 スノードロップスノードロップ。

「へ、ぇ…」
「上田さん、話聞いてました?」
「え?あ、あぁ、もちろんじゃないか」
 雪の花、じゃなくて、ドロップの雪か?などとわけのわからない事をぼんやり考えながら、上田は奈緒子の手のひらの上の白い花を見つめた。
「上田さん、スノードロップってどんな花か知ってますか?私、実は見た事ないんですよ」
 えへへへ、と奈緒子は笑いながら続ける。
「今の話も、実は昔、父から聞いたんですよ」
「そうか、YOUのお父さんは雑学博士だな」

 そうか…ふと、気付く。
 夢の中で奈緒子が小さなスノードロップだった理由。
「YOUは、俺に初雪を教えにきてくれたんだよな…」
「は?」
 真っ白な雪を、見せる為に?
「何わけのわからない事言ってるんですか?」
 そうじゃないだろう?真っ白い、自らを映した雪を見せたかったんじゃないのか?
「まぁいいじゃないか、ほら、珈琲のお代わりは?」
「ください」
 片手を挙げて店員を呼んで、奈緒子のカップにお代わりを頼む。濃い琥珀色の液体が注がれると、奈緒子はそこに、スプーン一杯の砂糖と、たっぷりのミルクを入れた。
「別に、特に何かあったわけじゃないですよ。ただ、上田さんの家に近かったから、帰るついでだったし…」
 くるくるくる、カップの中で銀色のスプーンを回すと、カップの中からは白い湯気。
「スノードロップか…」
 判るよ、今なら。夢の中のスノードロップだった小さい人に、上田は語りかける。触れようとしたら怒った君…
「YOU、外を見てみろよ」
「え?あ!雪溶けちゃった…」
 さっきまで、真っ白だった外はすっかりいつもの光景を取り戻していた。溶けた、雪だった雫が葉から零れ落ちる。キラリ、朝日に光る雫。
「大丈夫だよ、そんなにがっかりするなよ、冬になりゃぁ雪はまたふるだろ」
「そりゃそうですけど…」



 スノードロップの夢を見た、真っ白い色を携えて。俺という、いつか消えてしまうかもしれない雪に自らの色を与えるために。
「YOU、一緒にならないか?」
「は?」
 君はスノードロップ、優しい色を携えて…






 FIN




はい、へいほー。
ハロウィンに60000HIT、おめでとうI wish you happiness!
ありがとう皆!

そんなわけで、HITを越えて数日後に初雪観測。思い出した逸話からこんなお話を書いてみました。
ああどうなんだろう?
さっぱりわけがわからないよ(汗)
こんな話でよければどうぞ、お持ち帰って愛でてやってください(笑)
お持ち帰りは右クリックでソースを開いてどうぞ、加筆修正はなしの方向で宜しくお願いします。
お持ち帰り頂けましたらぜひとも報告してください。
お礼に伺わせていただきます。
ええ、是非、とも!

2005年11月11日

60000HIT 2005年10月31日 夜 * フリー配布期間終了 *




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