ブルーホリデー




 ざざぁ、ざざぁ、ざざぁ…

 耳に心地良い、小波の音。

 ざざぁ、ざざぁ、ざざぁ…

 打ち寄せる波は、静かに引いていく。
 それはどこか、人の想いに似ているような。



「ん…」
 穏やかな、けれど胸を騒がせる小波の音。奈緒子はそっと、瞼を上げた。
「ん…ん?」
 飛び込んできた光。眩しくて、一度眉を潜めてから、細めにしたまま遠くを見遣る。
「そ、ら…」
 光の中に、綺麗な青。青空が、広がっている。
「空…って、え?」
 思わずがばっと、身を起こして現況にはっとした。

 そう、そうだそう。確か、またアイツが受けた変な依頼に巻き込まれて、山奥の超が付くど田舎で事件が起きて…

 頭を軽く振って、静かに息を吐く。そうすると、色々思い出してくる。
「あ、あぁ、そうそうそう。それで一応解決して…」
 帰る道すがら、ハンドルを握っていたアイツと他愛のない事で揉めて。面倒になって、不貞寝する事にしたんだ。
 ちらり。奈緒子は隣に眼を遣って、口喧嘩の相手を探した。けれど車を降りたようで、姿はない。どこへ行ったのだろうか…窓の外に目を遣って、息を呑んだ。
「あ…」

 ざざぁ、ざざぁ、ざざぁ…

「海…だよね?」
 がちゃ、ばたんっ…車のドアを開けて足を下ろすと、ざらりと砂が鳴った。
「砂浜…」
 足元を見る。奈緒子の履いている靴でこの砂浜を歩くのは、少し不安定だった。
「…ま、いっか」
 おもむろに、足を外側に向けたままの状態で助手席に腰を下ろし、履いていた靴を脱いだ。靴下も、脱いで丸めて靴の中に入れる。
 それからもう一度、砂浜に足を下ろした。
「ん、んー…っと」
 ばたんっ、とドアを閉めてから伸びをして、大きく深呼吸。潮の香りが肺の中をめぐる。
「つ、はぁー…」
 少し歩くと、ひさり、ひさり…砂の感触が素足に妙に気持ちがいい。
「海かぁ…、綺麗、じゃん」
 目を細めて、海の向こうを見つめる。まるで、誰かの姿を探すように。

「YOU!」

 呼ばれて、振り返る。風がざぁっと吹いて、奈緒子の長い髪が風に揺られた。
「上田…さん」
 長いスカートの、裾も揺れる。
「すまない、起きてたのか…」
「そのすまないは、さっきの事に対しててですか?」
 上田は僅かに息を切らしている。手に缶ジュースが二本、自販機にでも買いに行っていたのだろう。
「ん?あー…、そう、だな」
「含んだ言い方ですね、ま、どうでもいいんですけど」
 本当に他愛のない事だったし。ふとそんな事を想いながら、奈緒子は波寄せ際へと近づく。
「あ、ほら、これ…飲むだろ?」
「どうも」
 手渡された缶ジュース。プシュ、とプルタブに指をかけて開け、口をつける。甘いオレンジ。
「ここ、海ですよね?」
「ああ。ほら、ずっと山の中にいただろう?道を抜けたら海沿いになったから、息抜きにでもと思ってな」
 斜め後ろを、上田も歩く。カシュ…と、プルタブを引く音が聞えた。
「季節はずれの海って、なんだか不思議ですね」
「そうか?まぁ、そうだな…」
「天気も良くて、空も青くて、波も穏やかで…夏なら絶好の海水浴日和」
「ああ」

 ざざぁ、ざざぁ、ざざぁ…

「ん?YOU、裸足か?」
 ふと、上田が気付いて口を開く。
「ん?あぁ、ええ。靴のままだと歩きづらそうだったし…靴の中に砂が入るのも嫌だったんで」
「そうか。気をつけろよ、足元」
「ええ」
 白い砂浜、二人の足跡が続いていく。
「なぁ、YOU」
「何ですか?」
「さっきは…その、悪かったな」
「さっき謝ってませんでしたっけ?」
「そうだったか?」
「そうですよ」
 変な上田さん…奈緒子はくすくす笑いながら、踵を返す。翻す裾がひらひら揺れる。
「じゃぁ、帰ろうか」
 そんな奈緒子に、上田ははにかんで腕を伸ばした。
「帰りますか」
 それに応えるように、その手をとると、歩いてきた浜辺を二人は並んで歩き出す。

 ざざぁ、ざざぁ、ざざぁ…
 穏やかな海と波と、広がる空。

「ねえ上田さん」
 結構な距離を歩いた所為か、車に戻るのも時間がかかる。
「なんだ?」
「こーんな風に、こうやって、二人で並んで歩いてると私たち、恋人同士みたいですね」
 横から、覗き込むように笑う奈緒子。
「何言ってんだよ、似たようなもんだろ」
 繋いでいた手を一度離して、上田はそのまま、奈緒子の髪をくしゃくしゃと撫でて笑った。冗談のつもりで言ったのに、思いがけない返答と仕草に奈緒子は真っ赤になって、その手から逃げ出すように突然駆け出した。
「あっ、こら!危ないぞ!」

 ひんやりとした砂の感触が、気持ちいい。

「と、ほら!」
 身長差は足の長さにも比例する。あっという間に追いつかれ、腕をつかまれ、そのままくるりと奈緒子の身体は上田の腕の中に。
「にゃっ?!」
「何で逃げるんだよ」
「う、上田さんが変な事言い出すから…」
「変な事じゃないだろ」
 本心だよ…続ける上田の腕が、熱い。
「う、上田さんって、本当、おかしいですよね」
「何でだよ」
「なんでも、です」
 日に照らされて、奈緒子の身体も熱を帯びている。
「YOU…」
「な、何ですか。いい加減離してくださいよ…」
 少し、ドキドキする。上田が何かを言おうと口を開くのが、わかった。

 ざざぁ、ざざぁ、ざざぁ…ざっぱーん

「にゃぁっ?!」
「うおっ?!」
 抱きしめられていた…上田が奈緒子の頭に唇を落として、恐らくは愛を囁こうとしたその時。
「冷たっ!」
 穏やかな波に油断していた。波打ち際を歩いていたから…突然の大きな波に、足元が濡れた。
「びしょびしょだな…」
「裸足でよかった…」
「ったく、邪魔が入ったな」
 やれやれと苦々しく笑い、上田は奈緒子にウインクを飛ばす。
「やめろ馬鹿!」
 真っ赤になって怒る奈緒子はかわいいと、思う。
「ははっ、そう怒るなよ。よし、とりあえずこのままここにいてもなんだから、早く車に戻ろう」
 濡れた足を拭かないと、と続けて奈緒子の手をとり歩き出す。
「早く帰りましょう!お腹も空いたんで東京に着いたら何か奢ってくださいね!」
「ああ、わかったよ」

 ざざぁ、ざざぁ、ざざぁ…
 青い海、青い空、どこまでも続く水平線。
 打ち寄せる波は人の想いというよりは、私たちの関係に似ている。

 寄せては返し、また寄せて。
 付かず離れず、でも、離れ切れない私たち…




ヘイホー(笑)
サイトカウンタ70000HITを祝してー!
代わり映えのない御礼ですが、記念といたしまして。
いつもご来訪くださる皆様方へ、感謝の気持ちと愛を込めて★
甘くないですが…
どうしても甘くなりきれない射障ですが、よろしければ今後ともよろしくお願いいたします。
そして、いつも同様、フリー配布となっておりますのでお持ち帰りはご自由にドウゾ。
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2006年5月 多分3日か4日
I wish you happiness  >>> 70000HIT
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