やわらかな灯

 

 

 

      夜9時から張り込みの交代。

      そんなものサボってやろうかと思ったが。

      警察が約半年かけて追ってきた事件だったから。

      仕方ないという想いと、自分が犯人を捕まえたいという想い。

      久々に感じた刑事魂に、自分で少しだけ笑ってしまった。

 

      車の中で待機。

      犯人のアジトと思われるマンションの部屋がよく見える。

      最上階のその部屋からは、煌々とした明かり。

      矢部は思わず溜息を付いた。

      犯人は、あんな高いところから自分たちを見下ろしているのだろうか。

     「兄ィ。」

      車の助手席の扉が開き、石原が車に乗り込む。

      渡されたのはコンビニの袋。

     「夜食買ってきたけぇのぅ。」

     「おお。」

      中身は缶コーヒーとおにぎりとパン。

      ああ、なんてありがちなものたち。

     「経費で落ちるかのぅ?」

      石原はそんなことを言いながら、領収書をチェックしていた。

      石原と矢部。

      こんな問題児のような二人が、大切な事件の張り込みなんかをしていていいのだろうか。

      信用があるのか、ないのか。

      そんなことを思ってしまう自分自身に、矢部は自嘲気味に嗤った。

     「…あれ?」

      突然隣で上げられた声。

      犯人の動きでもあったのかと、慌ててマンションを見てみる。

      しかし、何ら変わらず。

      マンションの明かりは、明るいまま。

      変わったことといえば、マンションの上に昇っている月が、雲に隠されたことくらいだった。

     「…なんや?変な声あげて。」

      矢部が少しだけ不機嫌になって石原を見てみれば。

      石原は、矢部と領収書を交互に見ていた。

     「兄ィ…。」

      丸い目。

      なにか、こういう動物がいた気がする。

      …ミーアキャット…?

      そんな、どうでもいいことを思いながら、矢部は再び溜息を付いた。

     「で?何やねん?」

      苛立ちを露わにすると、石原は少しだけ焦ったように口を開いた。

     「兄ィ、今日誕生日けぇのぅ?」

      困ったような表情。

      領収書の日付に気付いたのだろう。

     「…そうやなあ。誕生日や。」

      何でもない、という風に目を瞑る。

     「ホンマは若いねーちゃん達と合コンとかで過ごしたかったけどなぁ。」

      少しだけ、笑う。

      自嘲気味に。

      この年になるともう、誕生日も嬉しくはない。

     「兄ィ!」

      目を開けると、嬉しそうな石原の顔。

     「それじゃったら、お祝いをせんといかんのぅ!」

      ウキウキとコンビニの袋から買ってきたものを取り出す。

     「仕事中やで?」

     「だから、ここでじゃ。」

      石原は缶コーヒーを矢部に渡し、おにぎりとパンも出していく。

      夜の闇に隠れる、張り込みの車の中。

      石原は、愛用のライターを取り出した。

      カチカチッという音の後に、ポッと火が灯る。

      オレンジ色の光に、車の中が包まれた。

     「おい、何やっとんねん!目立つことはあかんってあれほど…!」

     「ちょっとだけじゃ。」

      石原は、コホンと一度咳払いした。

      ゆっくりと息を吸う。

      そして、口ずさまれるのは、誕生日にお決まりの歌。

      静かに、やわらかに歌う。

      ライターの火がユラユラと揺れ、その度に車の中の陰影は形を変える。

      それは、とても厳かだった。

      たとえ、広島弁訛りの歌でも。

      矢部は目を細めた。

 

      ―――ああ、何て尊いんだろう

 

      歌は静かに終わる。

     「ほれ、兄ィ。」

      石原は笑ってライターを差し出す。

     「吹き消すんじゃ。」

      ライターの火が、揺れる。

      ケーキの上のロウソクのつもりだろうか。

      矢部は少しだけ笑って、石原を見る。

      ワクワクとした表情。

      主役はおまえじゃないやろ。

      そんなツッコミは、この場では無用だろう。

      矢部はゆっくりとライターに顔を近付けると、ふぅーっと吹いた。

      火が揺れて、消える。

      広がる暗闇。

       ライターの火がそんなに簡単に消えるわけがない。

      矢部が息を吹きかけた瞬間を見計らって、石原がライターのレバーを押すのをやめただけ、ということはわかっていた。

      それでも。

      じわりと広がる満足感と懐かしさ。

      一つ年をとったことを誇りに思った、幼い頃の、あの気持ち。

 

      缶コーヒーで乾杯しよう。

      ディナーの代わりにコンビニおにぎり、ケーキの代わりに甘い菓子パン。

      隣にいるのは綺麗なお姉さんではなく、広島弁の部下。

      極めつけは、張り込み中の車の中という場の設定。

      そんな、何もかもが奇妙な晩餐。

 

      きっと。

      一生忘れることはないだろう。

      こんな変なバースデーパーティーを。

      ライターの明かりがこんなにもあたたかいのだと感じたことを。

      そして。

      そんな誕生日を喜んでいる自分を。

 

      缶コーヒーを一口飲んで、石原に見えないように、矢部はやわらかく笑った。

      

      愛を込めて。

      ハッピーバースデイ。




感激。
この感情を他にどう表現すればいいのか、誰か教えて下さい。
リンク記念の小説を頂戴した際に、丁度誕生日の前日だった事から、私は感謝の意を込めて「まるで誕生日プレゼントを貰ったような気分です」というお礼のメールを送りました。
そしたらなんと!た、誕生日プレゼントとして矢部さんの小説をっ…
しかも矢部さんの誕生日のお話ですってよ、もう倒れますって。
あまりに嬉しくて、バック浅葱色にしてみました(笑)

ちなみに浅葱さんのサイトはこちらから飛べます→  「この世の果て。」

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