「 背の高いヒト 」
隣を歩く背の高い男の顔を、横目でちらりと見て、日月は表情を緩めた。「何だ?どうした?」
それに気付いた男は、日月の顔を見て口を開いた。
「別に。羽深さんって、背が高いな〜と思って」
クスクス笑いながら、日月は返事をした。
「そうだな、俺は標準よりでかい方だし…」
「──くっ…くすくす」
「何がおかしい?」
さも可笑しそうに吹き出し、笑いつづける日月を見て、羽深は不機嫌そうに言った。
「でかいって表現が、ちょっと…くすくす」
「可笑しいか?」
「なんか…色んな意味合いがあって…」
日月の考えている事が何となく分かり、羽深はにやりと笑みを浮かべた。
「お前…結構やらしいな」
「え…ち、違うよ」
慌てて否定する日月を見て、意地悪心に火がついたのだろうか…羽深は一層意地悪そうに「そうかな〜?」と言いながら日月の顔を覗き込んだ。
「や、本当に違うから」
羽深の視線から逃れるように、日月は自分の視線をふらふらと動かした。
「ははっ…可愛いな、お前」
「からかわないでよ…」
真っ赤になった日月の頭をくしゃくしゃと撫でる羽深の手を、日月はそっと握った。
「で、なんででかいのがおかしいんだ?」
「高い!」
「そこはこだわるとこじゃねーだろ」
「お願いだからこだわって…」
日月の顔はまだ赤い。
「どーでもいいから早く言えよ」
「ん…あのね、身長差が…いいなぁと思って」
「身長差?あぁ、俺とお前って、結構な差があるもんな」
「私、157センチなんだけど、羽深さんは?」
「俺は…196くらいだったかな」
「2メートル近くあるんですね」
「身長差は…39センチか」
「40センチ近く!はぁ〜、数字にすると凄い」
「…で、この身長差の、どこがいいんだ?」
言われて日月は、俯いたまま黙り込んだかと思うと、ちらりと羽深の顔を見上げたり、首をさすったりした。
「気になるから早く言えよ」
「えっと…私の理想なんですよ。見上げるくらいの身長差って」
「それはつまり、異性として見る上での事か?」
「ええ、まぁ…」
「じゃぁ、俺はお前の彼氏候補に入ってるわけか…」
「彼氏って言い方、好きじゃないです」
「他に何がある?」
「えっと…」
「…ハニーとか?」
羽深は真面目な顔で言った。
「それは男性が女性を呼ぶ時に使う言葉だと思うんですけど」
「それもそうだな」
少しの沈黙が流れたあと、日月がゆっくりと口を開いた。
「恋人…って呼び方が好きです。彼氏とか彼女って響きは、なんか、好きじゃない」
「ふーん」
二人はそのあと、しばらく黙って歩きつづけた。歩きながら、日月はぼんやりと、ショーウィンドウのガラスに目をやる。自分と羽深が映っている。背の高い羽深…黙っていると、いつも不機嫌そうに見える。
「候補から格上げにはなれないのか?」
不意に羽深が口を開いた。
「えっ…?」
あんまり驚いたもので、日月は口を開けたまま羽深の顔を見た。
「俺は、候補止まりか?」
羽深の口からこんな事を聞くとは思っていなかったものだから、日月はつい立ち止まってしまった。羽深もそれに習って、一歩前に出たところで立ち止まった。
「あの…」
自分の顔が赤くなっているのがわかる。
「俺じゃ、役不足か?」
至って真面目な顔で、羽深はじっと日月を見つめた。
「あの、えっと…」
あんまり羽深が真面目な顔をしているから、どう返していいか分からなくて、日月は俯いてしまった。
「俺は…お前が好きなんだけど」
そして、恐らく初めて、羽深は日月にこの言葉を言った。すれ違っていく道行く人々が、ほんの一瞬好奇の目を向けた。
「候補じゃなくて、お前の恋人になりたいと思ってるんだけど」
「あの、羽深さん…私…」
どきどきどきと、日月の心臓は今にも破裂しそうな勢いで高鳴っている。
「俯くなよ、それじゃ顔が見られない」
一歩日月に近付き、羽深は日月の顎に手をやり、無理やり顔をあげさせた。真っ直ぐ視線がぶつかる。
「私…あの…」
「どうだ?」
「あの…う、嬉しいです」
「…それだけか?」
「それだけって…」
「嫌だとか、いいとか…候補止まりとか、色々あるだろ?」
「う…」
沈黙。おもむろに日月は、自分の顎を掴む羽深の腕を払い、自分の両腕を伸ばして羽深の首に回した。
「え、おい?」
そして、目一杯背伸びして、羽深の顔を自分に寄せて、自分の唇を、羽深の唇の上に重ねた。
「んん?!」
目を閉じていた日月には分からなかったが、すれ違う人々が一瞬足を止め、羽深は目を真ん丸くしていた。
「っはぁ」
数秒の事だった。離れた日月は自分の首をさすり、羽深に微笑みを投げて口を開いた。
「私も、好きですよ。ちょっと首とか痛いけど、とても理想的です」
真っ赤な顔で、恥じらいながら。
「お…」
「お?」
「お前って…」
自分の唇に指を当て、固まっていた羽深が口を開いた。
「なんですか?」
「見た目より大胆だな」
「ええ、実はそうなんです」
照れくさそうに、笑みをかわす二人。
「めちゃめちゃ可愛いな」
「そ…そんな事、改まって言わないで下さい」
再び俯いてしまった日月の横に、並ぶようにして羽深は移動した。
「は、羽深さん?」
腕を日月の肩に回す。羽深の胸の下辺りに、日月の頭が当たり、肩と言うより首に腕が当たる。
「行くか…」
「…あ、はい」
てくてくと歩き始める二人。その身長差、約40センチ…これを理想という日月って…(汗)