「 幻想 」




 夢か現か、全ては幻のように。
 あなたの手の上で踊ってあげる。
 もしかしたら、踊らされているのはあなたの方かもしれないわ。
 だってほら、あなたはもう私しか見えない…



「瞠里さん、お酒は結構呑むの?」
 隣の席の男性が、彼女に声をかけた。今時の若い、少しイケメン風の男。
「少し…たしなむ程度に」
「へぇ」
 今日は会社の飲み会、彼女、瞠里 漲(みはさと みなぎ)は、この会社に最近入社しばかりだった。つまり、これは彼女の歓迎会を兼ねている。
「瞠里さん、こいつ、今日張り切ってんだよ。今夜は俺が瞠里さん送りますから〜って」
 逆隣に座っている別の男性が声をかけた。漲は黙ったまま、意味ありげに微笑む。

 この会社は漲にとって、凄く居心地の良い職場だった。漲よりは年上だが、同僚も若い者が多くて、話もし易い。
「ほら、あいつ今日眼鏡も外して、召かしこんでるしょ」
 ケラケラと笑いながら、逆隣の男性が言った。彼は若くしてこの会社の古株で、井之川 拓海(いのかわ たくみ)と言うのだが、彼の言う事は確かに事実と思われた。
「あはは〜」
 最初に声をかけた男性、三沢 雄一(みさわ ゆういち)は、否定もせず肯定もせずといった感じで目の前のグラスを一気に傾けた笑った。
 いつもは眼鏡をかけて白い作業着に身を包む彼だったが、井之川の言う通り、今日は眼鏡も外してピアスもつけて、少し余所行きの装いだった。
 店で会った時に、漲には一瞬誰だか分からなかったくらいで。

「変な事したら言いなよ〜、俺と社長で締めるから」
 おかしそうに何度も笑いながら、井之川が言う。少し離れたところで、社長もそうだぞ〜と笑った。
「そうですか、じゃぁ気をつけます」
 にこりと笑みながら言う漲を、三沢は少し照れながらチラチラと見ていた。その視線を感じながら、目前の料理を口に運ぶ。
 好意はもっていた。だがそれは、社長へも井之川へも、他の同僚たちへも。けれどこうして冗談かもしれないけれど面と向って言われると、少し意識してしまう。
「瞠里さん、彼氏はいないの?」
「えぇ、いないんですよ」
 聞かれた事にだけ、答える。そして差し障りのない事を間にはさみ、会話を続ける。

「三沢さん、あまりイッキノミしない方がいいですよ」
 一時間後、皆のペースが上がってきた頃、他の若い男性たちとイッキノミを続ける三沢に、漲は笑顔で牽制した。
「ダメだよ瞠里さん、そんな優しい事言ったら、そいつ勘違いしちゃうから」
 ククッと笑う井之川も、ゆっくりとだが自分のグラスを次々と空けていく。もちろん漲も、お酒は好きなのでゆっくりマイペースで、だが確実にかなりの量を呑んでいる。
「でも、倒れたりしたら大変なんで」
「ま、確かにね」
 いっきに呑む行為がかっこいいとでも思っているのかもしれないと、漲は思いながら店員に小声で烏龍茶を頼んだ。酔いつぶれるような男は嫌いだし、その介抱をするのも好きじゃない。
「三沢さん、どうぞ」
 お酒の類と一緒に運ばれてきた烏龍茶を、他の人と一緒にさり気なく渡しながら、続ける。
「これ飲みながらなら、多分変な回り方しませんから」
「あ、うん、ありがとう」
 少し飲みながら、社長が突然口を開いた。
「瞠里さん、何でコンタクトしないの?」
 それはコンタクトレンズの意味。漲は目が悪く、普段から眼鏡をかけていた。多分、三沢が今日はコンタクトで来た事から疑問を持ったのだろう。
「あ、私、ダメなんです。目の中に何かを入れるって…怖くて」
 本音を語ると、誰もがへぇ〜と言いながら穏やかな笑みを浮かべた。その中で、井之川が続いて口を開く。
「ちょっと眼鏡、外してみてよ」
「え?あ、はい」
 言われるがままに眼鏡を外すと、酔いの席ならでは歓声が上がる。軽いノリとはいえ、少し照れる漲。
「三沢〜、何凝視してるんだよ、ひかれてるぞ〜」
 言われて隣を向くと、三沢がじっと漲を見ていた。
「うわ、なんか恥ずかしいですっ」
 そこまで見られると流石に恥ずかしくなり、顔を覆いながら漲は小さく呟いた。

 時間は流れ、二次会へ。場所をバーに移し、再び盛り上がる面々。
「よーし、歌おう!」
 場を盛り上げようと、先陣を切って歌いだす三沢を見ながら、漲の心の中で何かがゆらいだ。
「三沢さん、大丈夫ですか?」
 一次会の居酒屋でも散々飲んでいた三沢を心配しながらも、その揺らぎは収まらない。
「大丈夫大丈夫」
「駄目ですってば、無理しちゃ」
 フラッと店の外に出る三沢の後を、他の人には勘繰られないよう、さり気なく追って。
「大丈夫じゃないじゃないですか」
 塗らしたハンカチを渡しながら、優しく声をかける。店の外に、人はいない。
「ありがとう…」
「あ…」
 ふわっと、漲の目の前が遮られた。三沢の胸が目前にある。抱きすくめられたのだ。
「あ、あの…」
 緊張して動けないでいる漲を抱きしめて、三沢は小さく囁いた。
「俺、本気で好きかも」
 ドキンと、漲の心臓が小さく跳ね上がった。
「え…と」
 …酔ってる。見上げて目に映った三沢の顔を見て、そう思った。それでも、好きと言われて嬉しくない訳はない。
「三沢さん、あの…」
 何かを言おうとした時、その唇は塞がれた。三沢自身の唇によって。
「んっ…?!」
 触れて、合わさるその感触に、眩暈がしそうで。
「ふ…、んむ」
 思わず、その胸に縋りながら、激しく唇を合わせてしまった。
「瞠里さん…」
 唇を離しながら、低く耳元で囁く三沢の声はいやに甘くて。
「あ…」
 首筋をすべる指に身を捩じらせながら、漲は一層強く、縋る。
「今夜、飲み会の後、空いてる?」
 低く、甘く。
「ん」
 あえてはっきり返事はしない。だってもう、答えは決まっているから。

 その後、そ知らぬふりで店内に戻り、飲み会が終わるのを待った。
「瞠里さん、帰りどうする?」
 社長がぼんやりした眼差しを向けた。
「あ、大丈夫です。このまま近くに住んでる友人のところに行く約束してるので」
「そうか〜、じゃ、お疲れ〜」
 社長は多分、気付いていない。きっと、他の皆も。
「お疲れ様でした」
 タクシーに乗り込む皆を見送りながら、笑みを浮かべる漲。その漲を見ながら、三沢も笑みを浮かべる。
 皆が居なくなった繁華街の片隅で、一人膝を折る漲。まだ胸がドキドキ脈打つ。はぁ…と、小さく息をつきながら、何故キスに応じたのだろうかと今更ながらに思いを巡らせた。

 男性と体を合わせるのは初めてじゃない。でも、それは好き合っての行為であって。
「私、何で…」
 アルコールも入っていたからかもしれない。それにしばらく、異性との付き合いはなかった。だから…かもしれない。強引なまでの口付けに、酔ってしまったのは。
「瞠里さんっ」
 名前を呼ばれて顔を上げると、そこには三沢が立っていた。息を切らしながら。
「三沢さん、駄目ですよ」
「え?」
 漲の言葉に、困惑する三沢。スッと側に寄りながら、上目遣いで漲は続けた。
「そんなに酔ってるのに、走ったりなんかしたら、余計に酔いが回っちゃいますよ」
 そう言いながら手を三沢の頬に遣る。その仕草が漲自身、赤面しそうなほど艶っぽくて、もちろん三沢は嬉しそうに、さっきの続きと言わんばかりの勢いで腕を背中に回し、抱き寄せた。
「あっ…」
「良かった〜、待っててくれて」
 首筋に唇を落とし、愛しそうに漲を抱きしめる。
「あ、あの、三沢さん、ここじゃちょっと」
 その行為に酔いそうになりながらも、漲は辺りを見渡しながら三沢を引き離した。さっきとは違い、小数の人間がちらほら。
「え?あ、そうだね」
 三沢もそれに気付き、照れくさそうに、そのまま漲の手を握った。
「あ…」
「ん?手、繋ぐの嫌い?」
「え?あ、いえ」
 握り締められた手のぬくもりに、またも跳ね上がる振動。この男が好きなのだろうかと、心の中で首をかしげる。
「どこにする?」
 酔いも冷め遣らぬといった風合いで、三沢が口を開いた。
「え?どこって…」
 言われて辺りを見渡すと、そこはホテル街。まぁ、成り行き上、当然と言えば当然なのだが。
「あ、そこにしようか」
 戸惑う漲をよそに、三沢はその手をひいて一軒の小さなホテルの門をくぐった。小さな小さな、少し可愛らしいホテル…最近はブティックホテルと称される、男女が逢瀬を重ねる場所。
 久々に足を踏み入れたその類の場所に、少し赤面する。
「部屋は〜と…」
 慣れたように三沢は部屋を選び、漲の手を握ったまま先へと進む。これからお互いの身に何が起こるのか、分かっていながらも緊張する。
「ここだ」
 部屋に着くと、ドアを開けて漲に先に入るよう促す。思ったより紳士なんだなぁと見当違いな事を思いながら足を踏み入れると、そのまま後ろから抱きすくめられた。
「きゃっ?!」
「びっくりした?」
 クスクスと、耳元で三沢が笑う。

「はぁっ、あっ…」
 広くもなく、狭くもない室内に、声が響く。
「瞠里さっ…」
「んっ…」
 熱い、吐息。交わる声。体中を静かにすべる三沢の手の感触に、漲は何度も声を上げ、片手でシーツを握り締め、片手で三沢の頭を抱いた。
「っつ、く…」
 何度も何度も、押し寄せる波を受け止めて、漲はそれでも冷静にこの状況を分析しようとしていた。
 何故だろう?こんなに激しく甘く抱かれているのに、心までは流されない。
「名前でっ、呼んでい…い?」
 三沢が唸るように囁いた。
「んっ…」
 それに答える漲も、唸るように声を上げる。
「みな…ぎ、ちゃん」
 名前を呼ばれ、一層激しく抱かれ、狂いそうなほどの快楽の中で、ふと気付いた。

 あぁ、これが欲しかったんだ。

 この狂いそうな快楽が欲しくて、自分に好意を寄せてくれたこの男を、思い通りに動かして…
「漲っ…」
 最後に一言、名を呼んで三沢は果てた。ほぼ同時に、漲も。
「三沢さん…」
「はぁ…はぁ…」
 荒い息遣いを間近で感じながら、シーツを掴んでいた手も三沢の頭にやり、そのまま抱き寄せた。
「漲ちゃん…何?どした、の?」
 息を切らしながら、胸に唇を寄せる三沢。
「なんでも、ないです…」
 漲も息を切らしながら返す。この為だけに、無意識の内誘っていた自分の全てを明かして、何かが変わるわけではない。
「そ?あぁ、俺、漲ちゃんの事、もっと好きんなった…」
 つ…と、再び肌に指を滑らせながら、三沢は呟く。
「んっ…」
 そしてまた、波が押し寄せてくる。
「付き合って、くれる?」
 自分の指を追うように、唇を肌に滑らせながら、囁く。
「あ、んん…」
 それもいいかもしれないと、波の中でぼんやり思う。
「駄目かな…?」
 波は強くなる。熱い吐息、交わる声、そして甘い空気。
「三沢っ、さ…んっ、あぁっ」

 自分がかけた罠に落ちると言うのは、こういう事なのかもしれないとどこか遠くの方で思いながら、再び絶頂を迎えようとしている。
 こんなのも、悪くないと。お互いまだ知らない事ばかりだ、もしかしたら、心から愛し合うようになるかもしれない。
「漲ちゃん…」
 低く甘く、囁く声。
「三沢さんっ、会社では、苗字で呼んでくださいっ、ね…?」
 せめて、あぁせめて、会社では他人の関係で。
「ん、わかった…」
 熱い吐息、交わる声。そして何度も押し寄せる、快楽の波。
「あっ…」
 何度も何度も、絡み合うように。
「可愛いね、漲ちゃん…」
 いつか醒める夢ならば、もっとずっと。

 何事もなかったかのように、そして夜が明けていく。すべては煙のように曖昧で、夢か現か、過ぎていく。
 ホ・ラ・ネ。
 あなたはもう、私から逃れられない。そして私も…


 FIN    


短編の予定だったんですけど(笑)
なんか長いですわ。しかもちょっと…エロい。
エロくさいダークな話。
昨日の飲み会で、冒頭のような会話がちょことあったんで、激しく脚色して創って書いてみました(笑)
はっきり言いましょう、これはフィクションです!(実際にあってたまるかっつの/笑)
しかし、性交描写は難しいのぉ…あんまり直接的な表現は書けないし、書いて訪問者様にひかれるのも困るわ(笑)
もっと腕を上げて、エロくない描写を身に付けたいです。
(読む人に勝手に想像させるような描写で/笑)     2004年5月30日


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