>>> 03 . 穢れ無き花弁



 目の前を、薄紅色の風が舞った。
「お?」
「何?」
 おや?と立ち止まるのを訝しがり、斜め後ろを歩いていた彼女が口を開く。
「ほら、見ろよ。珍しいな、もう散ったと思ってた」
 緒沢は、満面に嬉しそうな表情を浮かべ、前方斜め上を指差し桐子に言った。
「ああ、桜、ね」
「ああ」
 久々の、休日。それも二人、同じ日に。とは言っても、何か起こればすぐに呼び出される立場である二人…そう遠出は出来ないのだが。今日は近くを、ただぼんやりと歩いていた。
 あまりにも晴れた空をベッドから眺めているのは、勿体無いような気がしたから。
「たまにはいいわね」
「だな」
 都内の桜の木々は、薄紅の花びらもとうに散り、青々と輝く葉桜へとその佇まいを変えていて…だからこれは、遅咲きの桜。
「綺麗…」
 当てもなく歩いてきたのは緒沢。普段なら通る事のない路地裏、抜け道。何を思ったのか、そういう道を選んで歩いていた。桐子はただ、青空をたまに見遣りながら、緒沢の後をついて歩いていた。
 だからこれは、本当に偶然の出会い。荒れた空き地に、数本の木々。
「綺麗な…薄紅色の桜だな」
「そうね」
 昔、どこかで真紅に近い色の桜を見た事があった。同じように、純白に近い色の桜も。

 その桜の木の根元には、埋まっているのよ…

 遠い昔の、誰かの言葉を思い出す。
「なあ、桐子」
「何?」
 口にすれば笑われるだろう…そう思いながらも、言わずにはいられない。
「どうして桜の花の色が、濃かったり薄かったりするか知ってるか?」
「知ってるわよ、濃いのはその木の下に死体が埋まってるからでしょ」
 …予想に反したものの、彼女らしい返答に思わず苦笑する。
「こえー事をさらっと言うよな、お前」
「だって、よく言うじゃない。木が、その死体の血を吸って花びらを赤く染めるって」
「確かに」
 むしろその話の方が、世間では馴染み深いかもしれない。
「何よ、何か言いたそうね」
「ん?」
 思い出すのは、遠い日の記憶。
「さっさと言いなさいよ」
「ああ、はは…昔に聞いた話だぜ」
 笑うなよ、と続けながら緒沢は風に舞う花びらを眺めながら言う。
「勿体ぶるようなもんじゃないでしょ」
 そっけない桐子の言葉にただ笑みながら、続ける。
「桜の木…の、下には」
「死体じゃないなら何が埋まってるのよ」
 
 さくらさくら なにをおもって べににそまる

「想い、なんだとよ」
「おもい?」
「そう、想い。誰かを想う、強い気持ち」

 さくらさくら おまえのねっこにからむのは どこかのだれかの だれかをおもうきもち

「ロマンチストね、顔に似合わず」
 クックと笑う桐子に視線を移して、緒沢も笑う。
「きっと、オレのお前への思いを桜の下に埋めたら、真っ赤になるぜ」
「血のような?」
「そうかもな」
 オレを埋めてみるか?それでもきっと、真っ赤になるぜ。そんな冗談を言いながら、何となく桐子の手をとった。
「私に埋めさせる気?」
「今更、何言ってんだよ。散々殺す殺す、つってたくせに」
「そんな事もあったわね」

 さくらさくら あかくそまるなら せめてうつくしくそまっておくれ

「なあ、ほら、あの木」
 一本の若い木を指差して、緒沢は笑う。
「何よ…あら、白いわね、あの桜」
 薄紅にも満たない、白桜。
「きっとまだ、誰の想いも埋まってない木だ。折角だから埋めてくか?」
「あんたを?」
「ちげーよ、想いの方」
 まだ誰の想いも課せられていないのならば…
「あんたの?それとも私の?」
「…お前の、誰への想いを埋める気だよ」
 握る手に、力が込められる。
「そうね…あんたじゃない事は確かだわ」
「おい」
「…薫」
「あ?」
 薫…もう一人の、私。
「なんでもない。何も埋めないとこう、あのままの白い桜も綺麗だし」
 死んでしまったあの子への想いを、埋めるのも悪くないかもしれないけれど。
「それもそうだな」
 それならば、穢れる事無く白いままの姿でいる方がきっと、あの桜にも良いだろう。

 さくらさくら だれのおもいもいだかずに じぶんのためにそのままで

 チャララー…静寂を破る、軽快な電子メロディ。
「…鳴ってるわよ、あんたの携帯。だっさい着メロ」
「うるせぇ」
 ルルルルル…それに合わさる、単調な電子音。
「お前のも鳴ってるぜ、面白みも何もあったもんじゃないコール音」
 お互いに顔を見合わせて、にやりと笑む。
「じゃ、オレはこっちだ」
「うん、じゃ」
 夜に行けたら行く。そう言って、緒沢は桐子に背を向けた。白、薄紅、濃い紅。桜の花びらが舞う中、背中合わせに歩き出す。

 さくらさくら わたしの このひとへのおもい うめたらきっと まっかよ
 たぶんきっと くろにちかい ちのような 



FIN

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桜話。
最初TRICKのウエヤマに使おうかと思っていた話だったけど、オザキリの方がしっくりくる。
桜の木の下には、何が埋まっているか…という話。
定番はやっぱり死体だよね、ホラーだ(笑)
でも私は、誰かの誰かを思う気持ち、の方が好きだな。ロマンチックで(笑)
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