>>> 05 . カンフル



 痛みを抑える、心地良いもの。

「なんて面してんのよ」
「うるせぇな、いてーんだよ」
 眉を顰めて、痛みに顔をしかめるオレを桐子は笑った。
「さっさと行ってきたら。悪いところ、全部治してもらえばいいじゃない。ついでに頭と」
「ばっかやろー、一言多いんだっつの」
 腕を伸ばしていじめてやろうと思ったのに、するりと逃げ出す。セミダブルのベッドの上で、何て器用な奴だ…
「痛み止め、貰ってきたら?」
「んなもんいらねぇよ」
 痛みを誤魔化すものなんて、他に幾らでもあるんだから。やっとの事で掴んだ腕を、強く引っ張った。
「あー、もう…」
 抱き寄せた肩が、少しだけ冷たい。他の部分は暖かくて気持ちよい。
「ここにいろよ、ちょろちょろすんな」
 別に…痛みを誤魔化したいわけじゃないけれど。
「いい年して、歯医者が恐いとか言わないでよ」
「その話はもういいから」
 耳障りな機械音や薬臭い部屋なんてごめんだ。出来ればずっと、ここでこうやってたい。
「痛くて集中できないんじゃないの」
「それとこれとは別だから」
 身体に手のひらを静かに滑らせると、あとはもう、憎まれ口など聞いてる場合ではない。静かに、静かに…

「ってぇ…」
「だから言ったのに」
 数分後、オレはいたく後悔した。熱が篭れば、痛みもでかくなる…
「うるせ…っつの」
「馬鹿ねー」
 無理して強がっちゃって…なんて続ける奴は、それなりに満足していて、オレだけ蚊帳の外。
「欲望は時と場所を選ばねーんだよ。ちくしょー、歯がいてー」
 くすくす笑うかすかな声までもが、響く。
「一緒に行ってあげようか?」
「小さいガキじゃあるまいし…しかも絶対来ないくせに言うなよ、そういう事」
「わかんないわよ、素直に言えばついていってあげてもいいけど」
 くしゃ…と、珍しく桐子の方から手を伸ばしてきた。髪の毛をくしゃくしゃと撫で回す。
「あ?あんだよ、どうした?」
「よーしよし、いいこいいこ」
 思わず苦笑いを浮かべた。
「ガキ扱いすんなって」
 手を、振り払うように避けてそのまま掴む。
「たまにはいいじゃない」
「いつの間に酒飲んだんだよ、性質の悪い酔っ払いみたいだぜ」
 ふふ、と耳元で笑い声。
「呑んでないわよ」
「素面かよ」
「そ」
 ああ…でも確かに、たまにはこういうのもいいな。
「ま、悪かねーな…」
 じゃれ合う、なんて滅多にない事だし。
「で、どうするの?」
「何が?」
 歯医者、と口だけ動かす桐子を見て、思い出した。というか、忘れていた事に気付いて痛みまで思い出した。
「…つ、ててて」
 
「痛いのって嫌い」
 バスの車内、桐子が言った。
「そりゃ皆そうだろ」
「あんたはマゾでしょ?」
「なんでだよ」
 バスの車内…乗客の中に、女子高生のグループがいて、桐子の言葉に反応してこちらに目を向けた。
「我慢してるから」
 クスクスと笑っているのが見える。こいつ…わざとだな。
「ちげーよ、観念してんだろ」
 …あまりに痛くて、とうとう歯医者に向かう羽目になったのだ。信じられない事に、桐子は一緒に来た。
「それもそうか…」
 そうして、何やらポケットを探り、握った拳を出してオレの目の前で、開く。
「飴食べる?」
 …続けて出てきた言葉がこれだ。
「お前…性格悪りーぞ」
 手のひらには、焼肉屋とかファミレスで"ご自由にお持ち帰りください"と書かれた箱に入っているような、四角い飴。
「まあね」
 ああ分かった。こうやってオレに嫌がらせをするためについてきたんだ、こいつは。
「ったく」
 グイッと、手を伸ばして頭を掴み、抱え込むように寄せた。
「何よ」
「いてーんだよ、歯」
「だからってこの行動となんの関係があるの?」
「だから…」
 ズキズキ痛む歯、だけどなー…桐子、お前が近くにいると、少しだけ和らぐ…ような気がするんだよ。
「お前、鎮痛剤みたいだ」
「歯医者じゃなくて脳外科に行った方がいいんじゃない?やっぱり治してきてもらいなさいよ、頭」




FIN

>>> back


そしてまた、何だか中途半端に終わらせてみる。
おかしいな、最初は違う題だったのに…
QUIZでオザキリだと、なんだかシュールな雰囲気にしてみたくなります。


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送