>>> 07 . もしも願いが叶うなら



 カチコチカチコチ、腕の時計の秒針をにらみつけながら、心の中でカウントを続ける。

「今日、会えるか?」
 いつもならうまく誘えなくて、まどろっこしい自分を情けなく思うのに。
『別にいいけど』
 やれば出来るじゃねーか、オレ…などと自画自賛しながら、電話ごしの返答につい頬を緩ませた。
 にやにやしているオレを見て、課の連中からからかわれたが気にせずに、家路を急ぐ。

 そういえば、米英では誕生日に、ケーキにさしたろうそくの火を吹き消すときに願い事をするらしい…それを唐突に思い出して、道すがらのケーキ屋で小さなホールのショートケーキを一つ買っていった。
「なに、コレ?」
 部屋を訪れた桐子から、質問が来るだろうとは思っていたが…予想が当たるとおかしくなる。
「ケーキだよ、嫌いか?」
「最近口にしてないけど、特別好きってわけでもないわ」
「お前らしい返答だな」
 閉店間際で安くなってたからと、言い訳がましい事を言うオレに、桐子は呆れたような笑みを向ける。
「クリスマスケーキじゃあるまいし」
「たまにはいーだろ?」
 この様子じゃ、気付いていない。毎年コレだと、さすがに気が滅入る。
「ああ、そっか」
 ベッドによしかかり、缶ビールを片手に呟く桐子。
「んぁ?」
 オレはというと、酒のつまみにと鳥のから揚げを作っていた。
「そういえば優作が言ってた」
「何を?っと、あぶねぇ、こげる」
 いい色に揚がったから揚げを、皿に適当に並べてテーブルに戻ると、桐子は二本目をあけていた。
「今日はペースはえーな」
「あ、美味しそうね」
 呆れるオレをよそに、桐子は会話を一時中断してひょいっと手を伸ばし、皿の上からひとつをつまんだ。
「手づかみかよ」
「あちっ…」
 揚げたてだ、そりゃ熱いだろう…だが気にせずに、口に運んで、珍しく嬉しそうに微笑む顔を浮かべた。
「旨い?」
「旨い旨い。やっぱアンタ、腕はいーわね」
 この顔は、滅多に見れないだけに嬉しい。
「だろ。幸せ者だぜ、お前。オレの手料理が食えるなんてよ」
 隣に腰掛けて、ビールに手を伸ばす。桐子がしたのと同じように、手を伸ばして皿からから揚げをつまんで口の中に放り投げた。
 うん、生姜もきいてるし、旨い。
「でも寂しくない?自分でケーキ買って自分で料理するのって、誕生日に」

 グフォッ…

「う、わっ、ちょっと…汚い」
 から揚げとビールを噴出した…
「おま、桐子、今なんて…」
「さっさと拭きなさいよ…」
 オレの質問を無視して、桐子は箱ティッシュを引き寄せてオレが噴出したものをさっさと拭いている。
「いや、そうじゃなくてよ」
「優作が言ってたのよ、明日アンタの誕生日だって」
「お前…知ってて手ぶらかよ」
 心臓が、どきりとした。

 本当は、"お前"に祝ってほしかった。

「なんか欲しかった?」
「なんかって…」
「ご愁傷様、また一個年を取ったって事で」
 オレの気持ちを無視して、おもむろに缶ビールを掲げる。
「ご愁傷様かよ、普通は」
「おめでとうって言って欲しかった?」
 掲げた缶を、宙でゆらりと揺らす。誘うように。
「お前に言われたって嬉しくねーよ」
 観念して、オレも持っていた缶ビールを掲げた。

 カコン、とお互いに、掲げた缶を鳴らして笑う。

「ま、一緒にいるのがプレゼントって事で」
 桐子は笑ってそう言った。そして、何事もなかったかのように、から揚げをつまむ。
「当てにならねープレゼントだな」
 そうは言いながらも、嬉しい。カチコチカチコチ、腕の時計の秒針をちらりと見遣って苦笑を浮かべる。
 オレは張り切って、ケーキにろうそくをさした。すると桐子が、火をともす。
「子供みたいね」
「いーじゃねーか、一年に一回くらい」
 部屋の明かりを消すと、ろうそくの炎だけ。歌は期待できないだろうから、ビールを一口飲んでから、静かにふっと吹き消した。

 もしも願いが叶うなら、これからも、ずっと一緒に…

「緒沢」
「ん?」
 部屋の明かりをつけようと立ち上がった時、桐子がオレの服の裾をつかんだ。
「電気、消したままでいいんじゃない?」
 その言葉に、苦笑を浮かべてオレは身を屈めた。

 8月8日、0時…過ぎ。誕生日が嬉しかったのは、久しぶりだ。



FIN

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緒沢さんの誕生日ということで、無駄に時間をかけて書いてみました。
オザキリを書く時には、出来るだけ淡白な遣り取りにしたいと思うのです…

おめでとう、緒沢さん。
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