>>> 09 . てのひら



 眠りは浅い方だ。
 だから、ふとした拍子に目が覚める。

 例えば、髪を手繰られたり。
 例えば、名前を呼ばれたり。
 例えば、肩に口付けされたり。
 例えば…

 そう、例えば、この男のかすかな息遣いや、仕草の一つ一つ。

「ん…」
 今夜もまた、そんな声に呼び起こされた。
「ん?」
 一通りの行為を済ますと、緒沢は泥のような深い眠りに落ちていく。なんだってそんなに全力でぶつかってくるのかわからないけれど、その間だけはなぜか自分を欺く事無くいられた。
「緒沢?」
 ちょっと抱きついてみたり、到底起きそうのない様子を見計らって額に唇を落としてみたり。まるで十代の少女のように。
「桐…」
 どんな夢を見ているのだろうか…僅かに顰められた眉毛。呼んだ名前は私の名前?何だか不思議ね。
 ん…と、少し身じろぐ緒沢の手のひらをそっと握り、桐子は目を閉じた。夢の中の存在に成り代わりたいと願いながら。
「不思議ね…」
 思った事を、口に出してみる。何となく。
 不思議でしょうがないのだ。どうしてこの男といる間は、気が楽なんだろうか?こんなにも自分らしくいられるなどと、思ってもいなかった。過去の事も何もかも、受け止めていられる。
「ねぇ、緒沢…」
 手のひらから、伝わってくるぬくもり。私は知っている、この男が私に対してどんな感情を抱いているのか…それは悲しくなるほどに直向な想い。
 そして、恐れている事も。この関係が崩れ落ちる事さえ?

 緒沢の手は大きい。大きくて、優しい。暖かい。

「あ…」
 不意に、手のひらに力がこもった。握っていた手が、逆に握り締めてくる。強く、離さないよう強く。
「緒沢?」
 起きる気配はない…
「どんな夢、見てんのよ」
 空いた方の手で、髪を触ってみた。黒い髪の毛、柔らかくて…犬の毛みたいだ。
 クスリ…小さく笑って息をつく。寝よう、明日も早い。

 不思議、本当に。こんな風に笑える自分が不思議。
 そして、この男を愛しいと感じる自分が不思議。つないだ手のぬくもりを、手放したくないと祈る自分が。
「ねぇ…どうしてあんたの手のひらはこんなにあたたかいの?」
 そっと唇を、握った手に押し当てて呟く。愛しさをかき消そうと。
 けれど、帰ってくるのはすぅという寝息のみ。
「ま、いいか、どうでも」
 ただ、穏やかでいられる。この時間、この空気。
 ただ、ありがとうと心の中で呟いて、桐子もまた浅い眠りへと落ちていく。

 夢の中で、会えればいいのに。
 手のひらのぬくもりを感じている間なら、私は素直になれるかもしれない。




 時間のポケットの中で、静かに静かに、穏やかに眠る。私と、あんたと…



FIN

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やっぱり不思議チックに(笑)
桐子さんの一人語りっぽくてそれもありかな、と思ったり思わなかったり。
オザキリではそういう雰囲気でも違和感がないのが不思議です。


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