>>> 11 . 冷たい吐息、冷たい指先



 はぁー…と、手のひらを口元かざして静かに息を吐くと、真っ白な霞が舞った。
「さむ…」
 かじかんだ手のひらを、いそいそと黒いコートのポケットにしまい込む。
 …手袋持ってくりゃ良かったな。
「あ、でもないか、うちには」
 毎年この時期になると、買おうかな…と思いつつ。結局は買い物どころじゃなくて買わず終い。けど、こんなに寒いとやっぱり買っておくべきだろうか。
「毛糸のがやっぱあったけーかな…」
 ザク、ザク、ザク…心なしか、踏みしめる大地も凍えているようだ。
「うおっ」
 唐突に、ずるっと足が思わぬ方向へと滑った。
「ぬぁっ?!」
 どんっ…
「っと、だっ…すみませっ…」
 斜め前を歩いていた黒い皮のジャケットを着た誰かの背中にぶつかって、緒沢は慌てて体勢を持ち直して頭を下げ、その人物に顔を向け…
「ったいわね、頭突きなんて勘弁してよ、石頭」
 丁度背骨の辺りに顔面からぶつかったせいか、ぶつかられた方は不機嫌そうに声を上げて振り向いた。そして、視線がぶつかる。
「わりー、気付かなかったよ、前歩いてたのがお前だなんて」
 くしゃっと、照れくさそうに口元を緩ませて笑う緒沢を見て、彼女もまた口元を緩ませた。
「私はわかってたわよ、だってあんた、独り言激しいし」
「マジで?オレ、何か言ってたか?」
「自分で気付いてないの?やばいんじゃない?」
 くっくくと笑みをこぼす。いつの間にか二人、肩を並べて歩いている。
「やばいってなんだよ…ってか、気付いてたんなら声くらいかけろよなー」
「そんな義理ないもの」
「冷てー奴」
「お互い様でしょ」
「馬鹿言うなって、オレほど熱い男はいないぜ?」
「自分で言ってんじゃないわよ、無駄に熱いだけのくせに」
 そう言うなって…ぱしぱしと、はにかんだまま緒沢は桐子の方を叩いた。まるで照れ隠しのように。
「痛いって」
 叩かれた方は迷惑そうに、それでも口元には僅かな笑みが浮かべられている。
「にしても、寒いよなー」
「そりゃ冬だもの、寒いのが当たり前よ」
「そーだろーけどよぉ、ここまで寒いと出歩くのも億劫だ」
 はぁー…と、息を吹きかけて白く霞む空を見ながらポツリ。両手はいつの間にかコートのポケットの中。
「寒くなくても億劫」
「お前はな」
 こうやって肩を並べて、お互いを罵り合いながらもどこか嬉しそうに、二人で道を歩いている…少し前なら、想像さえ出来なかった。
「貸してあげる」
 おもむろに、桐子はジャケットのポケットから何かを取り出して緒沢に握らせた。
「あ?」
「って言っても、私のじゃないけど」
 なんだろうかと広げると、赤と黒と黄色の縞々模様…の、手袋。しかも毛糸製。
「何だよコレ、どうした?」
「手、寒いんでしょ?貸してあげる」
「お前のじゃねーんだろ?」
 正直言って、彼女には不似合いだと緒沢は笑った。
「今朝、現場で優作がしてたの、借りたの」
「奪ったの間違いだろ。今朝は冷え込んだもんなぁ…アイツも気の毒な奴だ」
 ケラケラと笑いながら、続ける。
「でもお前、寒くねーのか?いいのか?オレに貸しちまって」
 いいの…と静かに答える桐子。口元に、白い霞。
「どうせ優作のだし…あんたから返しておいて」
「おい」
「だって面倒なんだもの」
 しょーがねぇなぁと、笑いながら緒沢はその手袋をはめた。派手な縞々模様だが、緒沢だと意外に似合っているようだ。
「ほら、手、つなごうぜ。そしたらお前も寒くないだろ?」
「冗談、気持ち悪い」

 手なんか暖めなくていいから、後で私の息を暖めて…

 繋ごうと伸ばした手を払いよけながら、桐子はそっと耳元で囁いた。




FIN

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甘い雰囲気を狙いつつ。
オザキリだと多少色っぽい雰囲気にかけるのです。



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