>>> 12 . 虹 「う、わ…」 唐突に、頭上からぱらぱらと雫が零れ落ちてきた。 「冷てー…」 タッと、足を慣らして逃げ込んだ雑貨屋の軒先。 「あ」 「お?」 先客。見慣れた顔。どこか少し冷めた様な目で、桐子は髪についた雫を白い指先で拭って口を開いた。 「聞き込み?」 「まーな、お前は?」 指を伝って、拭った雫が彼女の服の裾をぬらした。緒沢は慌てて、ズボンのポケットから紺色のハンカチを出すとその雫を拭い、そのまま桐子の手に握らせた。 「何?」 「使えよ」 「アンタだって濡れてるじゃない」 「構やしねーよ、これくらい」 そう…と、小さく呟いて、桐子はハンカチで静かに髪の毛を濡らす雫を拭っていく。どこか妙に色っぽい仕草で、見ていて緒沢は自分の心臓が小さく鳴るのを感じた。 「で?」 「ん?」 「オレは聞き込みの途中、お前は?」 「ああ…」 髪の雫を拭った後に、濡れた指先を拭きながら小さく。疲れたように口を開く。 「交代して、これから上がり」 「あ、そうか…お疲れ」 「疲れてないけど」 「社交辞令だろ」 桐子の返答に、緒沢は笑っておもむろに、手を伸ばして桐子の湿った髪に触れた。 「何よ」 「家。帰ったら、面倒だからそのまま横になるんじゃねーぞ。ちゃんと、髪乾かすか風呂はいるかしてから寝ろよ」 風邪引くぜ。穏やかに微笑んだまま続けると。桐子がクスリと笑んだ。 「わかった」 「ま、この雨が止まないとどっちにしろ帰れないけどな」 ぱらぱらと降り続ける雨。緒沢はひょいっと、身を乗り出して覗き込むように、軒先から空を見上げて続ける。 「晴れてんのになぁ」 「久しぶりね、天気雨」 「狐の嫁入り、だろ」 緒沢の目には、澄んだ青空が映っていた。 ぱらぱらぱら、ざらざらざら。 乾いたように響く雨音は、まるで打楽器のような淡い音色。 「狐の嫁入りって、本当にあるのかしらね」 「さあ、どうだろうな」 しゃらん、しゃらん。響くような音色。 「…空、綺麗なのにね」 「ああ…」 桐子が白無垢を着たら、似合うだろうなぁ…なんて思いながら、ちらりと横顔を盗み見る。 「あ、止みそう?」 「ん?」 雨が降る前まで、埃っぽかった街並みが僅かにクリアになったような。ひやりとした風が通り抜けていく。 「お、本当だな」 青空でも、どこかに隠れていたらしい太陽がふっと顔を覗かせた。濡れたアスファルトの路面が黒光りしていく。 「ねえ、賭けない?」 どこか遠くの方を見たままで、桐子が言った。 「何だよ、唐突に」 「今日、上がり何時?」 普段そんな事、一度も聞いた事なかったのに…違和感に首をかしげながら、緒沢は口を開く。 「夕方だな、聞き込みの後に張り込みがあるんだけどよ、夕方に交代なんだ」 「じゃあ、負けた方が相手の部屋に行くの。どお?」 「珍しいな…」 「いいから、どお?」 緒沢の方を、一度も見ずに。 「…しゃぁねーな」 「いいのね?」 「ああ、賭けの内容は?」 そう問うと、桐子はすっと、その細い腕を伸ばして遥か先を指差した。 「向こう」 「向こう?」 「この後、虹が向こうに出たら、私の勝ち」 桐子の指差した先には、澄んだ青空が広がっている。そして、キラキラとした日差しが輝いていて。 「…誘ってんならそう言えよ」 ククッと小さく笑い、緒沢はそっと桐子の頭にもたれかかる様に腰を抱いた。 「誘ってないわよ」 クスリ、笑う桐子。 幾許もすればその指先には、きっと虹が出るだろう… FIN >>> back 季節感のない話… オザキリ年明け初作品(笑) |
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