>>> 13 . ギブミー?



 不覚にも(何が不覚なんだか…)いつもより相当早く目が覚めてしまい、ベッドの上で、毛布を抱いて窓の方に目を向けた。
 明るんだ、澄んだ水色の空。
「…晴れそうだな」
 ってか、寒そうだな。
 放射冷却現象…とでも言ったっけ?最近、晴れた日の朝のニュースではいつも耳にするのですっかり覚えてしまった。テレビの画面に映った、ちょっと可愛い若い気象予報士が。
「ま、なんでもいーわな」
 暖房のタイマーの時間にすらなっていない、冷え込んだ室内の、ベッドの中で身を縮こまらせて緒沢は目を閉じた。

 次に目が覚めた時、時計の針は起床予定時刻より1時間も先を示していた。
「えぇぇっ?!」
 枕元に、充電器をつけたまま置いておいた携帯を引っつかむ。どうやらアラームは正常に働いていたようで、画面が静かにそれを告げていた。
「爆睡かよっ」
 課長という職に就いていながら寝坊で遅刻なんて、洒落にもならない。と、がばっと起き上がると着ていたパジャマを脱ぎ捨てた。カーテンの隙間から入り込む朝日が、均整の取れたその肉体と、肌を照らす。
「うぉっ、さみー…」
 暖房が十分に効いているとはいえ、何も身につけなければ流石に寒い。早々と、目に入ったワイシャツを手に取り袖を通す。のりの効いたワイシャツは、この瞬間がなんとも気持ちがいい。
 しいて言うなら、身が引き締まる、とでも言うような。
「ぅよしっ」
 シュッと、白い小さな水玉模様の、黒地のネクタイを締めるとさらに。
 黒に限りなく近いダークグレーに、細いグレーのラインの入ったスーツを着込んで外に駆け出す。と、思わず目を細めた。
「眩しい…」
 朝日が、ぎらつくような日差しを向けている。
「ま、昼ぐらいにでもなれば少しはあったかくなるか」
 僅かに襟元を緩め、少し早めの歩調で駅に向かう事にした。

 駅のホームまでは、軽いダッシュでなんとかなった。ただ少し、息切れ。朝食を摂っていない事を思い出したがどこかで食べる余裕はない。乗り換えの駅で降りると、緒沢は小さく呼吸を整え、辺りを見渡した。
 この駅は、彼女も乗換えに使う駅だ。
「いるわきゃねーか…」
 こんな時間にこの場所にいるとしたら、緒沢と同じ理由だろう。自嘲気味に笑み、近くの時刻表まで歩き、ふと、歩みを止めた。
 いるわけ、ない…たった今、そう思ったばかりなのに。
「桐…」
 向かいのホーム。緒沢の方を向いた車線に止まった列車から、気だるげに髪をかき上げながら降りる彼女を見つけた。
 穏やかに吹く風が、緩やかにかき上げられた髪を揺らす。ホームの、屋根の隙間から零れ落ちる朝日が、髪の毛の一本一本まで光らせる。
「綺麗だ…」
 思わず言葉が零れ落ちる。時間が若干ずれてはいるものの、会社や学校へ向かう人並みの中に、紛れる事のない異質な存在。
 けれどごく自然に溶け込む…そう、ただそこに在る光のような。
「緒沢?」
 不意に、彼女の唇がそう動いた。はっとして緒沢は、目を見る。
「やっぱり」
 遠く離れた場所だから、声は聞えない。けれど彼女の唇はそう言い、静かに、僅かに微笑を浮かべている。
「よ…よお」
 照れくさそうに、緒沢は軽く片手を挙げて答える。すると、桐子は握り締めた左手から、親指を出して階段の方を指し示した。
「あっち」
 と、そう告げているような。背を向けて歩き出すのを見て、緒沢も慌てて階段を駆け下りた。
「緒沢」
「よう、桐子」
 ホームを降りて、地下で二人は顔を合わせ、同時に口を開いた。
「変な時間に会うわね、今日は重役出勤?」
「合わせる顔がねーよ、寝坊した」
「馬鹿だねー」
 クスクスと、おかしそうに笑う声。
「そういうお前はどうなんだよ」
「私は重役出勤」
「ナニサマだよ」
 ひょいっと、桐子はおもむろに緒沢の横に並ぶと、ひじの辺りの袖を掴んで微笑み、続けた。
「朝起きてから、珈琲しか飲んでないのよ」
「あ?何だよいきなり」
「あとで優作に何か買ってきてもらおうと思ったんだけど、丁度良かった」
 遅刻ついでに何か食べていこう、と笑う。
「おいおい、お前なぁ…」
「いいじゃない、アンタにココアくらいならご馳走できるわよ」
 近くの喫茶店へと誘いながら、桐子は続けて笑う。

 あ…と、思わず。

 ハッピーバレンタイン、小さく囁く桐子の頭上には、ピンクの広告がひらひら舞っていた。




FIN

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がふっとね。
季節ものを一作。
二人して別々に遅刻して駅で会う、それだけでなんかニヤニヤしちゃうのに、季節イベントをあわせよう!と考えた所為で淡白極まりない状況に。
いや、個人的には好きなんだけど…

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