>>> 14 . 指先に残る感触



 テレビを見ていた。
 取るに足らない、ドキュメント番組だったかただのニュースだったか…
 そんな事はどうでもいいと、ふと思う瞬間。

 緒沢はぼんやりと、斜め前方で膝を抱えるようにしてテレビを見ている彼女の、後ろ頭を眺めていた。
「これ、この間アンタが言ってた食堂じゃない?」
「んー」
 見慣れた食堂を映し出すテレビ画面。そういえばそんな話をしたかもしれない…
「何だっけ?安くて一押しの食堂だとか…」
「あー、そう。魚料理が絶品でよ」
「そうそう、なのにお肉の料理は最悪だって。言ってたっけ」
 結構前に、捜査中に昼食をどこでとっているかと言う話の中で出てきた話題だ。よく覚えているなぁなどと感心しながら、緒沢はなんとなく手を伸ばし、桐子の髪に触れた。

 突然の事で、なぜそんな行動に及んだのか…桐子は自分でもよくわからなかった。
 髪に触れようとした指先が、僅かに頭部の地肌に触れた。
 グクリとしたような、妙な感じ。
「あっ、ごめん。くすぐったかったからつい…」
 言い訳じみた言葉が、口からこぼれる。桐子は指先の感触を感じた瞬間、振り返り身を固めたのだ。まるで、拒絶するように。
 きっと傷ついただろうと、思ったから出てきた言葉だった。
「緒沢?」
 だが、当の緒沢はきょとんとした表情で、中途半端に上げられた手が、髪に触れた瞬間のまま固まったようになっていた。
 そして、顔が赤い。
「え?あ、いや…」
 桐子の、窺うような表情にはっとしてから、慌てて上げていた手を自らの膝の上へと戻した。たどたどしく、その手はすぐに額から髪の毛へ。
「何?どうしたの?」
「いや、あー…」
 前髪をいじっていた手は、その口元を覆う。
「顔、赤いけど…」
 ここまで妙な反応だと、いっそ心配になってくる。

 そんな桐子をよそに、緒沢は掌で覆った下で、ゆっくりと呼吸を整えるかのように息を吐く。心臓が、おかしくなる位大きな鼓動を立てている。
「かっ…髪、が…」
 何とか搾り出した言葉に、桐子が首をかしげた。
「髪?」
 こんな些細な事で戸惑うような年でもないだろうと自分に言い聞かせながら、ちらりと桐子の目を窺った。
「髪…なんか、すっげーサラサラしてて」
 手を伸ばして触れた髪の毛。桐子が振り返った瞬間、その髪を梳くような形になった…さらりと指から、滑りぬけていくような感触。
 まるで五感の全てが指先に集結していたかのように、その感触を緒沢は敏感に感じ取ったのだ。だからこそ戸惑う、くすぐったいような、心に直接与えられたような刺激に。
「何を、今更…」
 髪に触れるのなんて、確かに、初めての事じゃないのに。ドクドクと脈打つ心臓が、それを全て翻す。初めてその身を抱いた時の事を、思い出させる。
 愛しくて愛しくて、敵わない。
「桐子っ…」
 堪え切れず、緒沢は手を伸ばして今度は髪ではなく、肩を掴むように抱き寄せた。
「あ…」
 腕の中に、その身をきつく閉じ込めようと。
「悪い…もっかい、触っていいか?髪」
 クスリと、腕の中で桐子が笑みをこぼす。
「桐子…?」
「触るのは髪だけでいいの?」

 その言葉に囃し立てられるように、触れた髪を静かに梳いて緒沢もククッと声を立てて笑った。



FIN

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 私の中での緒沢さん像が固まってきたような気がする今日この頃。
 初めての恋に、いちいち浮かれたり戸惑ったりはしゃいだりするような(笑)



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