君に会う為の、正当な理由が欲しいんだ…





  「 貯金箱 」





チャリン

「上田さん、何してるんですか?」
 例のよって例の如く、勝手に池田荘の奈緒子の部屋に上がりこんでいた上田が、帰り際に金属音を響かせた。
「ん?」
 その音に疑問を感じた奈緒子は、身じろぐ上田の大きな身体を強引によけて手元を覗いた。そこにあったのは、大きな丸い筒…貯金箱だ。
 定額の小銭を入れて、いっぱいになれば十万とか百万入ってる事が分かると言う…
「なんですか?…それ」
「貯金箱だよ」
「そんなの見れば分かりますよ。私が聞いてるのは、どうしてそんな物がうちにあるのかって言う事です」
「俺がこれに貯金してるからだよ」
「いや、だから何で私の部屋に…」
 変な押し問答の途中、上田が意味ありげに微笑んだ。
「上田さん?」
「これがな、いっぱいになったら超ど貧乏のYOUにくれてやろうと思ってな、貯金してるんだ」
「は?そんな面倒な事してないで、一度にくれればいいじゃないですか。今!」
「バカだなYOUは。そんな味気ない事をしてもつまらないだろう」
「味気ないも何も、今貰う方がはるかに嬉しいです」
「今日始めたばかりだから、小銭が一枚しか入ってないぞ」
「もっと入れてからくれ!」
 奈緒子は上目遣いに上田を睨みつけた。当の上田はそれを気にせずに、むしろ穏やかな微笑みを浮かべて奈緒子を見遣った。
「決めたんだよ。今日から、この部屋に来る度、帰り際に小銭を一枚、入れてくってな」
「そんな勝手な…」
「家賃はほとんど俺が払ってるんだ、当然の権利だろう。しかもいっぱいになったら中身はYOUのものなんだぞ、断る理由がどこにある」
「でもっ」
 上田は奈緒子の言葉を遮るように、くしゃくしゃっと奈緒子の髪を撫でた。
「よく考えてみたら、今まで結構来てるからな。すぐにいっぱいになるだろう」
「いや、むしろ来るな!」
 奈緒子としては、そうそう来られてたまるか!という心境なのだが、何度言っても上田はずかずかとこの部屋に上がりこむ。
「いっぱいになったら焼肉の食い放題ぐらい行けるだろうな…」
「え!」
 思わず奈緒子は喉を鳴らした、目も少し輝いている。その様子を見て上田は嬉しそうに声をあげた。
「焼肉どころじゃないな、もしかしたらフランス料理のフルコースくらい軽くいけるかもしれない」
「ほ、本当ですか?」
 上田は奈緒子がより一層目をキラキラと輝かせるのが嬉しくて、ついいつもの口調で言った。
「俺が今までYOUに嘘をついた事があるか?」
「いや、それは結構沢山…」
「おいっ!」
「くっ、あはは」
 一瞬怒りを露にした上田の顔を見ながら、奈緒子は思わず吹き出した。
「YOU?」
「もう、いいですよ。分かりました。どうせ上田さんは私が何を言っても、やめたりなんて絶対しないでしょうし」
「分かってるじゃないか」
 奈緒子は一回だけ、小さなため息をついてから続けた。
「いっぱいになったら、一緒に焼肉食べに行きましょうね」
「そうだな」
 やっと観念したか、というように笑うと、上田は履きかけた靴をきちんと履き、玄関の戸を開けた。
「上田さん」
 一歩出たところで、奈緒子が呼び止めた。珍しい事もあるものだと上田は振り返り、奈緒子の顔を見た。
「明日も来てくださいね、貯金しに」
 いつもなら、すぐに帰れと言わんばかりのきつい表情で睨まれるのだが、今日は違った。優しい、穏やかな笑顔。
「食い意地の張った奴だな」
 笑顔で返すと、パッと奈緒子の表情が変わった。
「うるさいっ、今日はもう帰れ!」
「はははは」
 いつもの拍子に戻ったのを楽しみながら、上田は早々と池田荘の階段を下りた。

 「いっぱいになったら、一緒に焼肉食べに行きましょうね」

 奈緒子の口からこの言葉を聞けたのは、上田にとって大きな収穫だった。全く…いつからだろう、奈緒子の事が愛しくてたまらないと思うようになったのは。
「一緒に…か」
 いつでも、顔を見ていたい。息遣いを感じられる距離にいたい、一緒にいたい。せめて、一日一回は顔が見たい。だから…

 チャリン…

 上田のズボンのポケットで、何枚かの百円玉が音を立てた。
 奈緒子の住む池田荘に訪れる理由が欲しかった。奈緒子が拒まないで上田を部屋に招きいれる、その状況を作りたかった。
「明日も…来てください」
 奈緒子の言葉を、再び繰り返してみた。
 君に会う為なら、毎日行くよ。例え君が、お金目的で笑ってくれてるのだとしても。

 チャラン、チャリン

 上田が部屋を出て行ってから、奈緒子は上田の置いていった例の貯金箱を何度も何度も振っていた。
「やっぱり一枚しか入ってないか…音から言って一円玉じゃない事は分かるけど…十円玉だったらいっぱいになっても大した額にならないだろうし…う〜ん、でも上田さんの事だから…」
 激しい独り言だ。
「五百円玉だったら結構早く、しかも額も大きいんだけどな」
 黒い筒状の貯金箱。やっと振るのを止め、玄関の横の棚に戻した。
「えーっと、多分これから毎日来るだろうから、百円玉だったら一年で三万六千五百円。五百円玉なら…十八万二千五百円?!すごっ…」
 段々とテンションが上がってきたようだが、まだ気付いていなかった。貯金箱が結構な大きさだという事に。これだけ大きければ、いっぱいになるには一年以上かかるだろう。
「一日に何回も来てくれたらもっと早くいっぱいになるんだけどな…」

 ヂャラ、ヂャラン

 初めて小銭を入れた時から、約一ヶ月。そういう訳で、貯金箱の中には約三十枚の硬貨が入っていて、結構豪快な音を立てている。
「よう、YOU」
「あ、上田さん。いらっしゃい、どうぞ」
 奈緒子もこの状況を楽しんでいるようで、上田が訪ねてきても毎日割りとご機嫌の様子だった。
「一ヶ月も経ったし、YOUに忠告しておきたい事があるんだが…」
「なんですか、急に改まって?」
 玄関の横にある棚に置かれた貯金箱に目を遣る上田。
「生活に厳しくなっても、いっぱいになるまで中身出そうとするなよ」
「うっ…」
 上田の一言に、奈緒子は一瞬気まずそうな顔をした。
「…出そうとしたのか」
「いやっ、大丈夫ですよ。結局ひっくり返しても中身は出てきませんでしたし、マジックの仕掛け箱みたいに簡単に開けたり出来ないようになってるみたいですから、その貯金箱」
「あたりまえだっ。いっぱいになったら缶切りか何かで強引に開けるようになってるものだからな。全く油断も隙もない」
「何言ってるんですか、最終的には私のものになるんだから、別に構わないじゃないですか」
「バーカ、いっぱいになるまでは俺のものなんだよ」
「私物を人の家に置くな、バカ上田!」
「そんな事を言うとYOU、貯金箱、持って帰るぞ」
「あ、そんな…待て、謝るから…」
 ほぼ毎日、こんな遣り取りをして過ごしている。はたから見ると夫婦漫才を見ている気持ちになるのはやはり、この二人だからだろう。
「あ、そうだ。上田さん、いい加減教えてくださいよ」
 言い合いを突然やめた奈緒子は、静かに上田に向き直った。
「何をだ?」
「貯金箱、一体どの硬貨を入れてるんですか?」
「それは秘密だ。言ったらYOUの事だから、いっぱいになる直前に持ち逃げしそうだからな」
「しませんよっ」
「ははは、とりあえず今は秘密だ」

 チャリン

 帰り際に、上田は今日も貯金箱に硬貨を一枚入れた。
「上田さん」
「ん、何だ?」
「明日はお茶っ葉でも持ってきてくださいよ、毎日来るからすぐ減っちゃって…」
 帰りの遣り取りは、もはや二人にとって恒例のものとなっている。
「YOUが一生口にする機会のきの字も出ないような高級な美味いものを持ってきてやるよ」
「あと食べ物も」
「考えておく」
 お互い目を合わせ、微笑む。
「じゃ、また明日」
「ああ」

 チャリン、チャリン、チャリン

 上田のズボンのポケットの中で、百円玉が軽快なリズムを出している。嬉しいと体全部で表現しているかのように、大きな身体をリズミカルに揺らしながら、車に乗り込んだ。
「また明日…か、いい言葉だな」






 明日も、君に会いに行ってもいいかい?
 君の家に置いてある貯金箱に、硬貨を一枚入れるついでだよ。
 本当は、君に会う事の方が大事なんだけどね。







はい、100のお題に挑戦、記念すべき第一作目ですね。
あー、こりゃいいわ。内容はともかく、テーマに沿って書くという意味では楽。
自分でテーマ考えるのって、難しいんだよね(汗)
とりあえずNo001、貯金箱…内容はともかく(本当に)結構楽しく書けた。
上田が奈緒子にラブですね、そういう設定。
奈緒子もまだきちんとは気付いてないけど、状況的に嫌がってない。
なかなかかわいい二人ですわ。

2003年12月25日完成




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