最初見た時、ドキッとした。それと同時に思った事…自分大好き人間め!





 「 写真 」





 上田次郎の住むマンションの部屋には、上田次郎の写真が沢山飾られている。それも結構若い頃のものが多い。
 あと、上田次郎は自分のポートレートを何枚も常に持ち歩いている。自分の本を読んだという人に、サインをして渡しているらしい…
「上田さん、どうして自分の写真ばっかり飾ってるんですか?」
 久々に訪れた(むりやり連れて来られたとも言う)上田の住むマンションの部屋の中を見渡し、奈緒子は長年の疑問を思い切ってぶつけてみた。
「なんだ、YOUも欲しいのか?」
「いらねーよ!」
 ヒロインらしからぬ悪態をつき、奈緒子は小さく息をついた。
「そうじゃなくて、自分の写真ばっかり飾って、何か意味でもあるんですか」
「ああ、そういう事か。ここに飾ってあるのは大体学生の頃のが多いんだがな、あの頃の気持ちを忘れないようにする為に飾ってるんだ」
 上田はガラスのコップを二つと牛乳のパックを持ってリビングのテーブルに置いた。
「へぇ…でもなんでどれも一人なんですか?あ、友達いないんでしたね」
「うるさいっ、お前に言われたくない!」
 一通りのいがみ合いの後、奈緒子は気を取り直して写真を一枚ずつ眺めた。
「上田さん、そんなに充実した学生時代を送ってたんですか?」
「当たり前だろう、そうじゃなかったら今頃教授になんかなれてなかったよ」
「へぇー」
 興味無さ気に声を出すが、ふと気になったことがある。
「でも、どうして最近の写真は飾らないんですか?」
「ん?」
「今は駄目駄目だから飾れないんですか?」
「失礼な事を言うな、YOUは…」
「思い出を大事にするのが悪いとは言いませんけど、まるで…今の自分の事が好きじゃないみたいじゃないですか」
 一瞬、困ったような表情を見せたのを奈緒子は見逃さなかった。
「…すいません、言い過ぎました」
「いや、YOUの言う通りだな。過去があって今の自分がいるわけだが、昔を懐かしがり過ぎるのもまずいな。ただ最近は忙しくて、写真を撮る暇がなった」
「あ、上田さんは本も出してるから、結構今の自分は好きなんですね」
 なんとなくホッとして、奈緒子は上田に笑顔を向けた。
「写真か…もう随分と撮ってないな」
 だが上田はすっかり自分の世界に入り込んでしまっていて、奈緒子の言葉が耳に入らなかったようだ。いつもの事か…と小さなため息をついて、勝手に牛乳をコップに注いで飲んだ。
「そうだ!YOUはどうだ?最近写真は撮ったか?」
「え、いいえ。なかなかそんな暇できなくて…」
「暇がないだと?嘘をつくな、暇すぎて困ってるんだろうが。ないのは金と運と胸だけだろ」
「うるさいっ」
「ははは」
 笑いながら上田は立ち上がり、向こうの部屋に行ってしまった。
「なんなんだ、あいつはっ!」
 少しして、片手にカメラを持って戻ってきた。
「ほら、YOU!笑え!」
「え?えっと…えへへへ」
 突然レンズを向けられて動転した奈緒子は、笑えと言われて思わずいつものえへへ笑いをしてしまった。
 カシャッ…フラッシュが光る。
「しまりのない顔だったな…」
「う、うるさい!突然向けるから…」
「ほら、今度はYOUが俺を写す番だ。…壊すなよ」
 ご機嫌な様子で上田は奈緒子にカメラを手渡した。
「うわっ、重たいカメラですね」
「いい物はそのくらいの重量感があるものだ。もう一度言うが壊すなよ」
「うるさいっ、笑え!」
「お、おおぅ!」
 奈緒子に怒鳴られ、上田はいつもの胡散臭そうな笑顔をレンズに向けた。
 カシャッ…
「あ、ぶれちゃったかな?」
「おいっ、折角この俺が素晴らしい笑顔を向けてやったと言うのに…」
「じゃ、もう一枚…」
「えっ…」
 カシャッ…今度は間に合わなかったようで、上田は中途半端に呆けた顔になってしまった。
「ねぇ上田さん、天気いいから、外でもっと撮りましょうよ」
「お、そうだな…」
「あっ」
 パッと上田は奈緒子の手からカメラを取り上げた。壊されたら困ると言わんばかりの表情でだ。
「上田さんが持ってたら上田さんの写真撮れないじゃないですか」
「じゃあアレも持っていくか…YOU、先に外に出てろ」
「はいはい」
 アレとはなんだろうかと頭を捻りながら、奈緒子は言われた通りに外に出た。空は、マンションに連れて来られた時より強い陽射しに覆われ、濃い青が広がっていた。
「眩しい…」
「YOU!待たせたなっ」
 少しして上田がマンションから出てきた、手には折畳式の三脚があった。
「上田さん、学生時代もそれで撮ったんですか?」
「この俺より腕のいいカメラマンがいなかったからな」
 奈緒子は、ふと部屋にあった写真を思い出してみた。どれも満面の笑みを撮影者に向けていたはず。
「くっ…」
 上田が一人で、三脚にセットされたカメラに笑顔を向けている様子を頭に思い浮かべ、思わず顔をそむけて笑ってしまった。
「何笑ってんだ、気味の悪い奴だな」
「上田さんに言われたくありませんよ、三脚に向かって笑ってた上田さんには」
「なんだそれは…」
 気を取り直し、二人は近くの公園へと足を運んだ。

 ファインダー越しに見たあなたは、なんだかいつもより真面目っぽく見えて、少しだけドキドキした。

「上田さんの家の近くに、こんなに大きな公園があるなんて知りませんでしたよ。高原みたいですね」
 まさしく高原にたたずむ少女…という言葉がぴったり当てはまる奈緒子は、空を見上げて笑った。
「そりゃそうだろうな、教えてないから」
「天気もいいし、絶好の撮影日よりじゃないですか」
「よし、じゃあ撮るか」
 いそいそと三脚の用意する上田を見て、今度は奈緒子がその手からカメラを奪った。
「私が撮ってあげますよ」
「youにカメラの腕があるとは思えんがな」
「いいからいいから…」
 三脚はそのままにして、上田を木の下へと促した。
「撮りますよー」
 最初は心配そうにしていた上田だが、いつになく機嫌のいい奈緒子に気を良くしたのか、満面の笑みをレンズに向けた。
「あれっ、上田センセーじゃないですか!」
 カシャッ…
「「あっ」」
 後ろの方から聞こえた突然の声に、奈緒子はまたも手がぶれてしまったようだ。上田もその声の主を見つけたせいで、複雑な表情になっていた。出来上がりは最悪だろう。
「なんや、お前もおったんか」
 声の主は、いつもいつも上田と奈緒子が事件に遭遇すると決まって現れる二人組みの刑事の片割れ、矢部だった。
「やぁ、矢部さん。お一人ですか?」
 気を取り直した上田は、いつもの笑顔で矢部を見た。
「いや、菊地は向こうで寝てますわ。森林浴だとか言うてな」
「仕事しろよ…」
 毎度の事とは思いつつ、奈緒子は言いたくて仕方がなかったので言った。
「アホか、お前。日々の捜査で擦れた心をリフレッシュしとるんじゃ、これも仕事の内!」
「あ、そうですか…」
 はいはい、とため息をつきながら聞き流す。
「ところで上田センセーは何をしてらっしゃるんですか?」
「ああ、ここのところ忙しかったものでしてね。久々に写真でも撮ろうかと言う事になって、ついでにこいつも腕のいい私が撮ってやれば多少は見れるようになるんじゃないかと思いましてね」
「はー、写真ですか」
「矢部さんも一枚どうですか?ほら、寄越せ!」
 再び奈緒子の手からカメラをひったくると、上田は矢部にポーズをとるよう促した。
「そーですか?じゃお言葉に甘えて…こんなんでどうでっしゃろ?」
 矢部もその気になって、なんとも微妙なポーズをとった。
「撮りますよー」
 カシャッ…
「山田!ついでだからお前も矢部さんと写してやるよ」
「え?あぁ、はいはい」
 カシャッ…
「すんませんなー、ほんだら上田センセー、次は私が撮りますよ」
「そうですか?じゃ、お願いします」
 上田は矢部にカメラを手渡すと、普通に奈緒子の元へ駆け寄ってきた。
「ほら、YOU、笑え!」
「あ、はい」
「撮りますよ〜」
 ごく自然に、上田は奈緒子の肩に手を遣った。奈緒子の心臓が、小さく跳ね上がった。
 カシャッ。
「次は三人で撮りましょうか、三脚もあることだし」
 その後はもう笑うしかなかった。三人で順々にカメラを回し、一人一人写したり、三脚を使って三人で撮ったり。
 カシャッ、カシャッ、カシャッ。
「あ…上田さん、コレが最後でした。フィルムがなくなりましたよ」
「そんだら自分はこの辺で失礼しますわ。焼きあがったら何枚か焼き増ししてもらえますかね?」
「もちろんですよ、じゃ」
「じゃ」
 矢部の後姿を見送ってから、二人は肩を並べて歩き出した。
「写真、たくさん撮りましたねー」
「そうだな、思いがけず矢部さんも一緒に写したし…」
「今日撮った写真も、部屋に飾るんですか」
 いつの間にか、空は夕日に染まっていた。
「んん、そうだな、上手く写ってるものがあれば飾るかもしれない」
「ねぇ上田さん」
 一呼吸置いてから、奈緒子は静かに口を開いた。
「なんだ?」
「写真、私にも焼き増ししてくれますか?」
「ああ、いいぞ」
「焼き増し代は出しませんけど」
「俺はそんなにケチじゃない!」
 後日、奈緒子に手渡されたのは、奈緒子が写っているもの全てだった。






 昔の上田さんは、私の知らない上田さんだから、ドキッとした。
 でも、今の上田さんも、写真で見ると、ドキッとします。
 だって、いつもと少し、違う表情だから…
 二人で写っているのは、大事にしますね。







ニャー!
お題が決まってると本当に書きやすいですわ。楽しいし。
今回は奈緒子の視点ですね。矢部もチラッと出てきましたし。
これから上田の部屋には、三人が写っている写真が追加されてるはず!
…だといいな★
もちろん奈緒子の部屋にも、多分お父さんと二人で写ってるやつの横にでも置いときましょうかね。

2003年12月27日完成




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