赤い血は、あなたには似合わない… 





 「 絆創膏 」





「いてっ」
 あまりの痛さに、上田は顔をしかめた。
「上田さん、またぶつけたんですか?」
 上田の悲痛な声に気付き、奈緒子は半ば呆れ気味に振り返った。この日、上田は奈緒子を連れて、とある日本家屋を訪ねていた。
「毎回毎回、こういう古い家に来る度に、頭ぶつけてますよね。いい加減に気をつけてくださいよ」
 小さいため息をつく奈緒子。家の中を見学させてもらい、廊下から一つの部屋に入ろうとしたその時、上田は豪快に鴨居に額をぶつけたのだ。
「いてて…」
 いつもなら何事もなかったかのようにスタスタと歩き始めるのだが、今日ばかりは少し違った。
「上田さん?」
 しゃがみ込んで額を抑え、上田は目を固く閉じていた。痛みを我慢するかのように顔をくしゃくしゃにして。
「上田さん、大丈夫ですか?」
 さすがにいつもと違う行動なので、奈緒子も心配そうな顔になって上田の側に寄った。
「やたらに痛いぞ…」
 小さくうめきながら額からてのひらを離した時、奈緒子が小さく「あっ」と言った。
「何だ?」
「上田さん…血っ!」
 奈緒子に言われ、離した左手を見てみるとなるほど、てのひらに血が付いている。
「何で血なんか…」
「上田さん、ほら!あれですよ、あれ」
 奈緒子に言われ、指差した方を見て上田は納得した。鴨居の、丁度上田が額をぶつけた辺りから、釘の頭がなぜか飛び出していた。あれにぶつけたのなら、血が出てもおかしくないだろう。
「危ないな…家主に注意しておくか」
「いや、あんなところに頭をぶつけるのは上田さんしかいませんから…」
「何を言ってる、YOU!普通の奴でも子供とか肩車してたらぶつけるぞ!」
「…それもそうですね」
 まったく…というような表情で、上田は再び鴨居に目を見遣った。

「あ、上田!」
 突然奈緒子に呼ばれ、ぼーっとしていた上田は我に返った。
「…なんだ?」
「ちょっと、しゃがみ込んでくださいよ」
 何をしようとしているのか、奈緒子は上田のシャツの袖を軽く引っ張りながら言った。
「なんだよ、何をする気だ?」
「いいから早く…しゃがめっ」
 何がなんだか訳がわからずしゃがみ込むと、奈緒子はポケットから何かを取り出し、上田の額に何かを貼った。
「ん?」
 すぐに絆創膏だと気付いた。
「いつも持ち歩いてるのか?」
「上田さんといると生傷が絶えませんから」
 そういえばいつも少しばかり危険な目に合っているな…そう思いながら、手を額に遣って、奈緒子の貼った絆創膏にふれてみた。
「上田さんは頑丈ですよね」
「そうか?」
「そうですよ、滅多に怪我もしないじゃないですか」
「それもそうだな。久々に自分の血を見た」
「怪我する前に気絶しますもんね」
「…」
 いけしゃあしゃあと言ってのける奈緒子を少し睨みつけ、ぼんやりと再び鴨居に目を遣った。
「上田さん、ちょっと先に行っててもらえませんか?」
「もう帰るとこだぞ」
「ちょっと野暮用が…車で待っててくださいよ」
 そう言うなり奈緒子は、上田の返事を聞く前に廊下を小走りで渡っていった。
「何がしたいんだ?」

 少しして車で待っていると、奈緒子が変わらない笑顔で戻ってきた。
「何をやってたんだ?」
「秘密ですよ」
「なんだよ…」
「いいじゃないですか。さ、帰りましょう」
 頭を捻りつつ、分からないのはいつもの事かと思いつつ、上田は車を走らせた。
「上田さん、着いたらちょっと、うちに上がっていきませんか?」
「えっ?」
 その言葉に一瞬どきりとしながら、上田は奈緒子を横目で見遣った。全くいつもと変わりない表情だ。
「何だYOU、俺を誘ってるのか?」
「違いますよ、着けばわかります」
 少しがっかりしながらも、池田荘の前に車をつけ、階段を奈緒子と上田は二人で上がった。
「あら、上田センセー」
「あ、どうも」
 奈緒子の部屋の前で大家のハルさんに遭遇し、なぜか上田が今月分の家賃を払い、二人は奈緒子の部屋の中に入った。
「何をする気なんだ?」
「ちょっと座っててくださいよ」
 奈緒子はそう言って、奥の部屋の棚をあさりだした。手持ち無沙汰な上田は、とりあえずお茶を入れる事にして、棚から湯飲みを二つ取り出した。一つは元々奈緒子の部屋にあったものだが、もう一つは上田が自分用にと買ってきて置いたものだ。
「あ、あった。上田さん、そんな事してないでちょっと座ってください」
「お茶ぐらいいいだろ、別に…」
 戻ってきた奈緒子の手には、消毒液の容器が握られていた。
「何する気だ?」
「消毒ですよ、さっきの傷の。それ以外で消毒液の使い道ってありましたっけ?」
「俺は知らん」
「いいからちょっと動かないで下さい!」
 奈緒子に怒鳴られ、上田は固まったまま動けなくなった。奈緒子の白く細い、華奢な指が、上田の額から絆創膏をはがした。そのまま傷口にそっと爪が当たる。
「いってぇ?!」
「あっ…ごめんなさい」
 突然の痛み。奈緒子の爪が、傷口のかさぶたに引っかかって剥がれてしまったようだ。
「おまっ、山田!お前、俺に何か恨みでもあるのかっ?」
 あまりの痛みに怒鳴りつけると、奈緒子はふいっと顔をそらし、小さく口を開いた。
「たくさんあります」
「おいっ!」
「まぁまぁ、落ち着いて…」
 ひりひり痛むその傷口に、奈緒子はさっと消毒液を吹きかけた。
「うおぉぅ!しみるっ!YOU、それいつのだ!使用期限切れてるんじゃ…」
「消毒液ってのは染みるものですよ、もう…大人なんですからそんなに痛がらないで下さいよっ」
「痛いものは痛いんだから仕方ないだろうがっ!」
 子供のように癇癪を起こす上田を見て、奈緒子は小さくため息をつきながら、勢いよく上田の額に絆創膏押し付けた。
「だっ?!」
「新しい絆創膏です!」
「もっと優しく出来ないのか…」
「上田が暴れるからだろっ!」
 本当に子供みたいだと、奈緒子は今度は大きなため息をついた。
「いいのか?YOU…」
「何がですか?」
「ため息一回つくと、一回分の幸せが逃げるんだぞ」
「は…?」
「さっきからため息ばかりついてるじゃないか。あぁ、そうか。だからYOUはいつまで経っても不幸なんだな」
「う、うるさいっ!お前のせいだろっ!」
「は?何で俺のせいなんだ?ため息つくのはYOUの勝手だろう」
「それは、上田さんがっ…」
 奈緒子は言いかけてやめた。言う必要など、どこにもない。こんな事を言われても、多分上田はその意味に気付けない。

 心臓が、止まるかと思った…

「何だ?気になるから最後まで言えよ」
「上田さんには関係ありません」
「んな訳あるか、俺の名前を言っただろうが」
「でも関係ないんですよ」
「なんだそりゃ…」
 いつもの遣り取りが出来るならまだマシだ。奈緒子はそう思いながら、消毒液を棚に片付けた。
「上田さん、もう帰って良いですよ。用も済みましたし」
「なんだよ、用って消毒だけか?」
「それ以外に何があるっていうんですか」
「いや…」
 急に態度が変わった奈緒子に、これ以上は逆らうまいと、上田は素直に立ち上がった。
「上田さん」
 玄関の戸を開ける直前に呼び止められ、訝しげに振り返ると、奈緒子は上田の方を見ずに口を開いた。
「安全運転で、気を付けて帰ってくださいね」
「お、おう…」
 上田は奈緒子が何を考えているのか、さっぱりつかめないまま帰路についた。

「血は、嫌い」
 池田荘の自分の部屋で、奈緒子は一人呟いた。
 上田の額から、血が出ているのを見た時、心臓が止まるかと思った。
「赤い血は、恐い…」
 上田と一緒にいると、なぜか事件に遭遇する。それでも人が死ぬのを見るのは、いつまで経っても慣れない。いや、慣れたくない。
 だから余計に恐い。
 血は、死を連想させるから。
 大切な人を失ったあの日を思い出させるから。

 電話が鳴った。
「はい、上田です」
 電話は、今日上田と奈緒子が訪れた日本家屋の主からで…
「え?傷?ああ、額の…」
 あの釘で、私の大切な人が怪我をしたと、凄い剣幕で怒鳴られてと、主は上田に言った。
「え、山田がそんな事を?」
 申し訳ないと、主は電話の向こうで何度も頭を下げているようだった。






 どんな小さな傷でも、どんな少しの血でも、見たくないんです。
 だからいつも絆創膏を持ち歩いて、貴方の傷を覆い隠して。
 だってほら、
 貴方に赤い血は似合わないし…







なんだこりゃ…
やっぱ時間空けて書いたからなー、途中おかしくなってますね(汗)
気にしないで下さい…(泣)

2004年1月6日完成




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