何度も何度も、生きている限り願いつづけるよ。





 「 流星群 」





 いつになったら帰るのだろう…奈緒子は自分の向かいに座って、テレビを必死な様相で見ている男を見遣った。
「ん…何だ?俺の顔に何かついてるのか?」
 視線に気付いた上田は、目が疲れたのか…眼鏡を外し、目元をこすりながら口を開いた。
「別に…何でもないです」
 言ってもどうせ、すぐには帰らないだろう。このところ、ほぼ毎日上田は奈緒子の部屋を訪れていた。そして遅い時間に帰っていく…
「何だよ、気になるじゃないか、言えよ」
「どーでもいい事ですから」
 テレビでは、連続ドラマの予告が丁度終わったところで、これから今日のニュースがはいる。昨日と同じような…今日だった。
「上田さん、私、そろそろ寝たいんですけど」
「おう、先に寝てていいぞ。帰る時は鍵を郵便受けに入れておくからな」
「いや、うち郵便受けなんてないですし…ってか今帰れ」
 手紙はいつも、大家のハルさんから直接受け取っている。
「そうか…じゃ鍵は預かっておいて、明日返すよ」
「だから帰れよっ」
 聞く耳持たずといった感じで、上田は再びテレビの方に顔を向けた。諦めた奈緒子は、奥の部屋に布団を敷きはじめる。
「上田さん…じゃ、私は寝ますから」
「おう」
 上田は前の方に体を屈ませ、テレビの音量を少し下げた。
「そんな事に気を遣うぐらいなら早く帰ればいいのに…なんでうちでテレビ見てるんだ?」
 布団の中にもぐりこみ、奈緒子は小さく呟いた。

 顔が見れればそれでいいのだ、それでとりあえずは安心できる。だが困った事に、顔を見ればそれだけじゃ済まなくなる。声を聞きたい、肌に触れたい…欲望はどんどん増えていく。
「…吉宗っ、ふぉ〜えばぁー!」
「もう寝たのか、早いな」
 隣の部屋から奈緒子の寝言が聞こえ、それを知らせる。こんな風に無防備な姿を見せる奈緒子が、愛しい。
 自分には気を許していると感じられて、嬉しい。けれどいつも、不安になる。気を付けていないと、霞みのように消えてしまうんじゃないかと…そんな不安が胸をよぎる。
『…今日のニュースです。皆さんこんばんわ…』
 ニュース番組が始まった。テレビで若い女子アナウンサーが、能面のような顔でニュースを読み上げていく。ここ数日の日課だ。
 いつも、どこにいても、唐突に不安は押し寄せてくる。大学で、自宅のマンションで、移動中の車の中でさえもだ。だからせめて、時間の許す限り、奈緒子の側にいたいと思う。
「どうすればいいんだか…」
 奈緒子をもっと小さくして、ポケットにでも入れて持ち歩ければいいのに…某猫型ロボットの出てくるアニメを見ながら、そんな事を思った事もある。実際には不可能だろうが。
「水戸黄門…月面着陸…」
「どんなシチュエーションだよ、おい」
 いつもの意味不明な寝言に突っ込みを入れつつ、テレビの電源を切った。

 どうすればいい?何度も自分自身に尋ねた。その度に、思い出したかのように不安になる。だから車のハンドルを握る。
「どうすればいい?」
 声に出す事もしばしば。大学内で口にしてしまって、周りにいる人間に訝しがられたものだ。
「また来たんですか…」
 ため息と共に奈緒子が言った。
「YOU…ちょっと、顔を見にな」
 苦し紛れに、言葉を搾り出す。
「顔なんて毎日見てるじゃないですか…まぁ、どうぞ」
 こんな言葉じゃ、奈緒子はいつになっても気付かない。とりあえず招き入れられ、上田は靴を脱いだ。
「これ…大学の同僚からの土産だ、一緒に食おうかと思ってな」
 これは事実だ。研修で長崎に行っていた同僚…上田と同じく教授として弁を振るっている人間が、チーズの詰め合わせをくれたのだ。
「なんですか?あ、チーズじゃないですか。やった」
 嬉しそうに紙袋の中を覗く奈緒子に、上田はひとまずほっとした。
「ワインでもあればいいんだが、YOUの家にはないだろうな」
「ええ、ありません」
 即答に参りつつもいつもと同じように、小さなテーブルをはさんで、二人は向かい合って座った。
「俺にも一つくれ」
「どうぞ」
 本当に一つ(ひとかけら)しか渡さない奈緒子に、上田は思わず苦笑を浮かべた。
「スモークチーズ…うん、ウマイ」
「チーズは栄養がたくさん詰まってるんだ、ありがたく食えよ」
「ええ、そーひまふ」
 口をもごもご動かしながら、奈緒子は笑った。
「まるで餌付けしている気分だ」
「ひつれいれすね!」
「食いながら喋るな、幼稚園児か、君は?」
「む〜」
 可愛い…奈緒子の一連の動きを見ていて、ふと思った。
「うえらはん…」
「口の中身が無くなってから喋れ」
 珍しく素直に言う事を聞いた奈緒子は、しばらく口を動かし、飲みこんで一息つき、口を開いた。
「上田さん」
「なんだ?」
「そろそろいつも見てる再放送の深夜ドラマが入る頃じゃないですか?」
「おぉぅ、そうだった。テレビつけるぞ」
 いつも、何となくつけているチャンネルで放送されるドラマ…どうやら奈緒子は、上田がそれを目当てにここに来ているのだろうと思っている節があるようだ。
「面白いですか?」
 そういう奈緒子は、いつも手品の小道具作りに専念している為、内容をほとんど知らない。
「ん?あぁ、そうだな…なかなか深くて面白いぞ」
 上田の方は、興味がないとはいえ、さすがに毎日見ているのでストーリーからキャストに至るまでしっかり記憶している。
「ふぅーん…」
 安っぽい、ありきたりなラブストーリー。複雑な人間関係と、悲しいほどに不器用な主人公。
 昔はあり得ないと思っていたが、恋愛感情が絡むと、人はこんなにも情熱的に、不器用になるのだと、自分がその存在に立たされてみて初めて分かった。
「恋と変って、似てますよね」
「ん?」
 突然、奈緒子が口を開いた。
「字ですよ、ほら」
 何をしているかと思えば、何かのチラシの裏に、大きく二つの漢字を書いていた。
「確かに似てるな。下半分が微妙に違うくらいだ」
「でしょう、それに…意味もちょっと似てると思いませんか?」
「そうか?全然違うと思うが…」
「似てますよ。このドラマの主人公とかも、そうじゃないですか」
「何がだ?」
 上田には、奈緒子の言いたい事がイマイチ伝わっていないようだ。首を捻る上田に、奈緒子は笑いながら言った。
「恋をした主人公は、今までとは全然違う行動をするようになる。つまり変になる」
「ん?」
「例えば、甘いものはあんまり好きじゃなかったのに、恋の相手が働いているケーキ屋に通ったり」
「おぉ、なるほど…そう言われるとそうだな」
「でしょう」
 なるほどと重いながら、はっとした。もしかして、自分も今、変な行動をしているのだろうか?
「ゆ、YOU…?」
「あ、終わっちゃいましたね、ドラマ。来週最終回じゃないですか」
 もしかして奈緒子は、全て気付いた上で、そ知らぬ振りをしているのだろうか?
『俺と、星を見に行こう』
 ドラマの予告で、主人公が恋の相手に言った。
『しし座流星群を、見に行こう』
「流星群…?」
 思わず奈緒子からテレビへと視線を移した。
「上田さん?」
「流星群…流れ星か」
「どうしたんですか?上田さん」
「ん?あ、いや…ちょっとな。それよりYOU、流星群の詳細を知ってるか?」
「は?なんなんですか、いきなり…そんなの知りませんよ」
「無知め、俺が教えてやる。毎年決まったころ、一定の星座から放射状に現れるたくさんの流星の事をそう呼ぶんだ。彗星が崩壊した名残、または彗星がその軌道の上にまき散らした物質と考えられている」
「そんな風に説明されると、ロマンのかけらもないですね」
 鼓動が早くなる。馬鹿げた事だと思いながらも、やらなくてはという衝動にかられる。
「流れ星も似たようなものだな」
「あーぁ、聞かなきゃよかった」
「なんでだ?」
「だって、流れ星も似たようなものなんでしょう?それじゃぁ壊れた星の欠片に願い事するのも、馬鹿馬鹿しく思えるじゃないですか」
 その言葉に、胸がズキッと痛んだ。
「YOU、星を見に行くか?」
「何ドラマのセリフ、パクッてるんですか…」
「例え星の欠片でも、願えば叶うかもしれないだろう?」
 上田は立ち上がり、窓の方へと歩いた。カーテンを少し開け、窓の向こうに目をやる。
「違いますよ。人は流れ星に願うんじゃなくて、決意するんです」
「なんだ、それは…」
「上田さんの説明聞いてて思ったんですよ。流れる星の欠片に願うのは、自分の切実な願いでしょう?だから自分の手で、願いを叶えると決意するんですよ」
「星の欠片にか?」
「ええ」
「…それもありだな」
 自分に相応しい言葉だ。
「ね、ピンと来るでしょう」
 微笑む奈緒子を見る。こんな遣り取りをするのは、いつもの事だ。
「次の…しし座流星群の季節にでも、二人で星を見に行くか」
「まだ言ってるし…」
「YOUの貧乳は今更どうにもならんが、貧乏から脱出するという決意を星に表明した方がいい」
「余計なお世話だっ」






 二人で流星群を見に行こう
 そうして二人、ずっといっしょにいられるように、僕は星に願うよ。
 一緒にいられるように、努力を惜しまないと
 降り注ぐ星たちに誓う…







危ない危ない、途中でお題とは全然違う方向に行ってしまいそうであせった。
上田はああ見えて、ロマンチストでしょうね。
なんかそんな感じがする。

2004年1月11日完成




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