お守りだ。





 「 キング 」





 自分のマンションに帰宅した上田は、部屋着に着替える為に上着を脱いで、顔をしかめた。
「なんだ?」
 どこかから、ひらりと何かが落ちたのだ。身をかがめて手を伸ばすとソレが何か分かった。
「トランプ…山田のか?」
 今日も上田は、大学で講義を終えた後、奈緒子に会うべく池田荘に向かっていた。確か、奈緒子はトランプを何枚もテーブルの上に並べ、手品の小道具を作っていた。その一つが紛れ込んだのだろう。
「明日返すか」
 そう呟きながら、上田はそのカードをリビングのテーブルに置き、着替えを続けた。
「ふんふんふふーん♪」
 鼻歌交じりに着替えを済ませ、リビングのソファに腰を下ろすと、リモコンに手を伸ばしてテレビのスイッチをオンにした。
「お、引田テンコウじゃないか…イリュージョンが見られるな」
 テレビの画面には、世界でも超有名な日本人奇術師が、満面の笑顔で舞台を歩く姿が映っている。
「テレビで見られるとは…珍しい事もある」
 普通、マジックのショーは舞台でしか見られないものだ。テレビだと、その雰囲気が味わえなかったり、奇術の種が見えてしまったりする恐れがあるからだ。
「引田テンコウ…美しい女性だ。山田もこのくらい美しければ、もうちょっとだけ有名になれるんだろうがな」
 そう呟きながら、上田の頭の中に、大きな舞台でマジックを披露する奈緒子の姿が浮かんだ。
 奈緒子には才能がある。だから、そんな日が訪れてもおかしくなはい。
「…ありえないありえないありえない」
 自分の頭に浮かんだその様子を、一気に否定するように呟き、頭を左右に揺らした。
『これから、カードマジックを披露します』
 テレビで、奇術師が口を開いたのに、上田は反応して視線を移した。奇術師が持っているのは、トランプの束。
(カードマジック…山田が得意なヤツだな)
 ぼんやりと思いながら見ていると、奇術師は一枚だけ伏せたままの状態でカードを取り出し、残りを観客席から選んだ数人の子供達に配り始めた。
『では、君たちはその中から、一枚だけ好きなカードを選び、残りはこの箱の中に捨ててください』
 子供たちは言われた通り、一枚選び、他のカードを差し出された箱の中に入れた。
『私には、君たちがどのカードを選んだか分かりませんが、あるカードがどこにあるか…それを私の持っているのこのカードが教えてくれます』
 伏せたまま台紙に乗せたカードを奇術師は手に取り、くるりと回した。
『スペードのキング。キングの探しているのは、恋人である、ハートのクイーンです』
 面白い展開だ…上田はそう思った。カードの種類で恋人同士を定め、片方に片方を探させる。緊張した表情の子供たちがまたいい演出だ。
『さぁ、恋人はどこにいるのでしょう…』
 奇術師はまず、いらないカードを捨てた箱に、スペードのキングをかざした。くるくるくると、何回かカードを回し、首を左右に振った。
『ここにはいないようですね』
 次に、子供一人一人の頭上にカードをかざし、同じようにくるくる回した。『おや?キングが微笑んでいます』
 一人の子供の頭上でカードを回した後、奇術師は言った。そのまま目線を子供と同じ位置に移動させ、カードを裏返すよう指示を出した。
『キングはやっと、恋人のクイーンと再会しました』
 子供が裏返したカードは、紛れもなくハートのクイーン。観客席から微笑ましい歓声が上がった。
「ほう、さすがテンコウ!山田には絶対に真似できないだろうな」
 さっきから奈緒子の事ばかり口にしているのに気付き、上田は苦笑した。
『私の持っているこのトランプは、魔法のトランプです。特にスペードのキングとハートのクイーンは、強い絆で結ばれているのです』
 テレビの画面に映る奇術師は、二枚のカードをこちらに向け、にっこりと微笑んだ。その時、上田は「おや?」っと思った。
 おもむろに立ち上がり、テーブルの上に置いてあるカードに手を伸ばした。
「同じタイプのカードじゃないか…ん?」
 よく見ると、それはスペードのキング。
「ふ…ん」

「上田…」
「よう、おかえり」
 翌日、上田は奈緒子の部屋でわらび餅を食べていた。
「よくもまぁ、毎日毎日…暇なのか?」
 奈緒子は呆れながら、ちょこんと腰を下ろした。
「暇なわけがないだろう、忙しい合間を縫って、わざわざ来てやってるのに」
「来てくれなんて頼んでませんし…」
 はぁ。と、奈緒子は大きなため息をついた。
「それはさておき、昨日な、家に帰るとトランプが一枚、出てきたんだ」
「あ、それってスペードのキングじゃないですか?やっぱり上田さんのところにあったんだ…探してたんですよ」
 ホッとしたように、奈緒子は上田の顔の前に、手を出した。その手の上に、上田は黙って食べ終わったわらび餅の容器をのせた。
「って、おい!ト・ラ・ン・プ、返せ!」
 容器を脇に放り投げ、奈緒子はちょっと怒った表情で再び手を出した。
「あぁ。その事なんだがな、すまん。持ち歩いている内に無くしてしまってな…代わりに新しいトランプを一式買ってきたから」
 鞄をごそごそを漁り、取り出した長方形の、カードが一式入った箱を奈緒子の手の上に置いた。
「無くしちゃったんですか?あ〜、また一から仕掛け作らなくちゃいけないじゃないですか…」
 とりあえず受け取ったカードを箱から出し、奈緒子を中身を確認しながら口を開いた。
「すまんな」
「…もういいですよ。一式で弁償してくれましたし…」
「それで、だ」
「まだ何かあるんですか?」
「一枚たりないんじゃ意味がないだろう?だから俺に、たりない方のカードを一式くれないか?」
 上田には、とある考えがあって、だが奈緒子はそれには全然気付かず、首をかしげたまま奥の部屋に向かった
「昨日、ちょっと仕掛け作ってたんでくっついてるのもありますけど…」
「あぁ、いいんだ。悪いな」
「いえ…」
「じゃ、俺は帰るよ。またな」
 にこにこと愛想のいい上田を不審気に見つめてから、奈緒子は上田を見送るべく立ち上がり、玄関に向かった。
「いや、ここでいい。邪魔したな」
「いつもの事ですから…」
 上田が帰った後、奈緒子は再び首をかしげた。
「一枚足りない上に、仕掛けの細工してあるトランプなんて何に使うんだ?」

「よーし、あとはコレを…」
 車に乗り込んだ上田は、池田荘の前にパプリカを停めたまま、車内でトランプをいじっていた。助手席には布の切れ端やら両面テープやらが散らばっている。
 何かの作業を終えると、車を降りて奈緒子の部屋に向かった。
 ─ピンポーン…ピンポンピンポンピンポーン…
「なんですかっ!」
 部屋のインターホンを軽快に鳴らすと、奈緒子が不機嫌そうにドアを開けた。
「よう」
「上田さん、何か忘れ物ですか?」
「ああ、そうだ」
 ずかずかと部屋の中に入り、きょろきょろを辺りを見渡した。
「何を忘れたんです?」
「ん…ちょっとな」
 奈緒子がいつも持ち歩いている籐のトランクを見つけると、その近くでしゃがみ込んで奈緒子に背を向けた。
「ありました?」
「おぉ、あったあった、やはりここにあったか…」
 わざとらしく呟きながら、トランクに手を伸ばすと素早く開けて、底に何かつけた。
「すまんな、じゃ、俺はコレで!」
「さっさと帰れ!」
 笑顔でそう言う奈緒子に笑顔を返し、早々と上田は車に乗り込んだ。
「よしっ!」
 得意満面の笑顔で、ハンドルを握るのだった。
「…変なヤツ」
 奈緒子は部屋で、上田の持ってきたトランプをいじりながら小さく呟いた。その奈緒子の部屋の片隅に置かれている籐のトランク…
 そのトランクの内側の、底のところに、上田は細工したトランプを一枚貼り付けた。目立たないよう内張りの布と同じような布でカバーした、そのカードは、ハートのクイーン。






 どこにいても、見つけ出せるように。
 君にはハートのクイーン、
 僕にはスペードのキング。
 君がどこか遠くに行ってしまったとしても
 きっと
 僕の持つキングが探し出してくれる。
 君と、君の持つクイーンを。
 だからコレは、僕のお守り。







嘘です。引田テンコウさんはあんな事しません。
ってか、あんなマジック(?)は存在しません(多分)
やっぱちょっと甘めになるなぁ…ギャグも書きたいんだけど、ちょっと難しいです。

2004年1月19日完成




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送