一生消えない、そんなようなものだから…





 「 火傷 」





 いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。奈緒子は、自分の手に仰々しく巻かれた包帯を眺めながら、今の状況を確認するべく起き上がった。
「帰ったのかな…」
 小さく呟きながら、部屋を見渡す。ふと、テーブルの上に何か置いてある事に気付いた。
「これ…」
 綺麗な字が、飛び込んでくる。見覚えのある、綺麗な字。
 ──薬と新しい包帯を買ってくる。スープは俺が作っておいたから、でも先に食べるなよ。YOUは大人しく待ってろ。   上田──
「へぇ…」
 紙を持ったまま、流しの方に足を向けた。ガスコンロの上に、使い古した鍋がある。包帯の巻かれていない方の手で、奈緒子は鍋の蓋をとった。
 野菜が沢山入った、コンソメスープ。
「美味しそう…でも先に食べるなって書いてあるし…」
 ──クグゥ…ぼんやりスープを眺めていると、奈緒子のお腹が控えめに鳴った。
「…ちょっとだけなら、いいよね」
 小さく呟き、奈緒子はお皿とおたまを掴んだ。

 池田荘の、奈緒子の部屋のドアをノックしようとした時、小さく「きゃっ!」と叫ぶ声がして、上田は慌ててドアを開けた。
「や、山田?!」
「え?」
 見ると、流しの床に、奈緒子がしゃがみ込んでいた。
「上田、また来たのか?」
 あっけらかんと言う奈緒子だったが、顔はしかめていて、左手で右腕を抑えていた。
「それはいいから…今の声はどうした?何があったんだ?」
 持っていた袋を放り、慌てて駆け寄り聞いたが、傍らに落ちているひっくり返った鍋や、こぼれた液体を見て何となく予想はついた。
「お腹すいたから、八百屋さんで貰ったくず野菜でスープ作ろうかなっと思って…そしたら手が滑ってお湯が…」
 おさえている腕が、じんわりと赤みを帯びているのが見て取れる。
「っ、バカかYOUは!早く冷やさないとっ!」
 強引に立たせ、流しに腕を突き出させ、蛇口を捻って出した水にあてた。
「冷たいっ…」
「YOUはそれでもプロか?火傷はすぐに冷やすのが鉄則だぞ、痕が残ったりしたらどうするんだ!」
「…すみません」
「俺に謝ってどうする」
 妙な沈黙が流れた。
「…傷薬や包帯はあるか?」
「え?」
「応急処置、してやるから」
「あ、あぁ…奥の部屋の棚に、消毒液と包帯があります」
「消毒液か…まぁいいだろう。そのまま水で冷やしてろよ」
 奈緒子の腕を放し、上田は奥の部屋へと救急箱を取りに行った。すぐに戻ってくると、奈緒子を座らせて、慎重に手当てをはじめた。
「痛くないか?」
 真っ赤に腫れた肌に、脱脂綿で消毒液を塗りながら上田は聞いた。
「ちょっとだけ、痛いです」
「そうか、ちょっとだけなら我慢しろ」
 返事を聞いてからは、より一層慎重に、消毒液を塗る。そして丁寧に、包帯を巻いた。
「…ありがとうございます」
「いや、気にするな」
 次に上田は、流しを片付け始めた。ひっくり返った鍋、こぼれた野菜…そして来る時に持ってきた袋を見つけ、自分が何の為にここに来たかを思い出した。
「山田、これ…」
 声をかけたが、すぐに口をつぐんだ。奈緒子は、腕をかばうように横になって、すやすやと寝息を立てていた。
「この状況で寝るか…?」
「う…ん、おなか、すいた…」
 寝言が聞こえ、上田は手にした袋を握り締めた。

「おい、YOU…何してる?」
 今まさに、お皿に注いだスープをスプーンで口に運ぼうとしたその時、上田の冷たい声が聞こえ、奈緒子は手を止めた。
「えっと…エヘヘヘ」
「エヘへじゃないだろ、先に食べるなって書いておいたのに…」
 上田はじとーっとした目つきで、流しの上にある窓から奈緒子を睨んだ。そして、すぐに部屋に入ってきた。
「おなか空いてたもので」
「先に腕を出せ。ちゃんと火傷用の薬を買ってきたから…痕が残らないようにしないとな」
「…はい」
 割りと素直に、奈緒子は上田の前に腕を出した。上田は満足そうに、奈緒子の腕の包帯をほどく。
「上田さん、このスープ…」
 突然奈緒子が口を開いた。
「俺が作った」
「そうじゃなくて…具。私が八百屋さんで貰ってきたヤツは、こぼしちゃいましたよね。量も沢山だし、しかも貰ってない野菜まで入ってました」
「…前に、俺が受け持ってた生徒が、実家で農園やっててな…こっちにくる用事があったとかで挨拶にきてくれたんだ。その手土産に貰った。一人じゃ食いきれないし…YOUの事だからどうせろくな物食ってないだろうと思ってな」
 奈緒子の腕に、丁寧に火傷の薬を塗りながら、上田は努めて淡々と言った。
「私…上田さんがいなかったら、どうなってたんでしょうね」
「ん?」
「今日の事とか…火傷して、とっさに腕を押さえちゃったけど、本当は上田さんがやってくれたように、すぐに冷やさないと痕が残っちゃうんですよね」
「…あぁ」
「だからきっと、上田さんがいなかったら、私の腕には大きな火傷の痕が出来ちゃってるだろうし…」
 上田は薬を塗り終え、新しい包帯を巻き始めた。
「具沢山の野菜スープも食べられないで、ひもじい思いしてたんでしょうね」
「そうだな。だからYOUは、俺に大いに感謝すべきだ」
 包帯を巻き終え、上田は小さく「よし…」と呟いた。
「してますよ」
「ん、何がだ?」
「今、上田さんが言ったじゃないですか」
「俺が?」
「だから、感謝してますよ、大いに」
 にっこり微笑む奈緒子に改めて礼を言われ、上田は少し赤くなった。
「…スープ食うか」
 照れ隠しに、話題を変えてみる。奈緒子をそこに座らせたまま、上田は立ち上がってコンロに火をつけた。
「いただきまーす」
 後ろから奈緒子の声。
「まだ食うな!今あたためたやつ入れてやるから」
「まだお預けなんですか?もう限界近いんですけど…」
「ったく…」
 火を大きくし、なるべく早く、上田は新しいお皿を用意し、奈緒子の為に注いでやった。そして奈緒子の目の前にあった、冷めてしまったものをさりげなく自分の前に移動した。
「ほら、いいぞ。思う存分食え」
「いただきますっ!」
 やっと許しが出たので、嬉しそうに奈緒子はスプーンを口に運んだ。
「熱いから気を付けろよ」
「はひ、あふいれす」
 何も言わず、上田は水の入ったコップを用意する。
「うまいか?」
「おいひいれふ…ん、あれ?これ、お肉が入ってる!」
「野菜だけじゃ元気でないだろ?その肉は俺のポケットマネーで買ったものだからな」
「ほーなんれふか、ありあほーごまいまふ」
「…食いながら喋るなよ」
「はひ…」
 嬉しそうに、笑う奈緒子を前にして、上田もスプーンを口に運んだ。






 貴方の優しさが染み込んでくる。
 きちんとした処置をしないと、火傷の痕は残ってしまう。
 私の心に、処置をしなかった火傷のように、貴方の痕が残る。
 さりげない優しさという薬を塗りこんでも
 それは多分、消えませんから…
 一生ずっと、付き合っていくしかないんです。







火傷は嫌じゃ。水ぶくれとかなっちゃうと厳しいよね。
ってか、何か最近短いなぁ。あ、分かった。
最初の方が長いんだ…問題解決!万事オッケー!
連載はじめたから、こっちのUP遅くなりそうだ…

2004年1月22日完成




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