そんな簡単には行かない。





 「 掃除機 」





 ──ガーガーガー。やかましい…そう思いながら、奈緒子は横目でそこにいる人物を見遣った。
「上田さんのそういう格好…なんだか笑えますね」
 そこにいるのは掃除機をかけている上田で、ここは上田のマンションだ。
「YOUのせいだろ」
 不機嫌そうに呟き、床に丁寧に掃除機をかけている。
「と言うか、普通YOUがすべきだろうが」
「ここは上田さんの家なんだから、上田さんがするのでいいんですよ」
「ったく…汚したのはYOUだろうが」
「それは謝ります」
「ふんっ…」
 床には、奈緒子が誤ってこぼしてしまったお菓子のくず…
「上田さんが驚かすから、こぼしちゃったんですよ」
 この日は、上田が懸賞でお菓子を大量に当てたと電話で自慢してきたので、おすそ分けを貰おうと、奈緒子は思ってここに訪れたのだ。
「YOUが勝手に袋を開けて食べるからだろ」
 部屋を訪れて、珍しく上機嫌にお茶を入れる用意をしていた上田をよそに、奈緒子はさっさと懸賞で当たったという箱を見つけて開封したのだ。
 ──ガーガーガー。お菓子の袋を開けようと、袋のマチを引っ張った。その時、その様子に気付いた上田が…
「YOU!」
 と…まぁ、いつもの調子で怒鳴ったから、びっくりして力が入りすぎ、余計なところまで破け、中身が全部飛び散ってしまった。

「あーあぁ〜…こぼれちゃった」
 床一面に散らばったお菓子…
「何やってるんだYOU!あぁ、俺の部屋が…」
「…」
 後ろで唸り声を上げる上田をよそに、どうしても諦めきれなくて、落ちているお菓子の欠片に手を伸ばした。
「…おいっ、拾って食うな!今片付けるから」
 上田は慌てて奈緒子の手から拾ったそれを奪い取り、素早く奥の部屋から掃除機を持ってきて、掃除をはじめた。
「あーぁ、勿体無い…」
「YOUは動くな!そこに座って大人しくしていろよ」
「…分かりました」
 テーブルの上に置かれたお茶をすすりながら、上田の様子を眺める事にした。

 そういう訳で、奈緒子は今暇を持て余していた。
「上田さん…」
「何だ?」
 不機嫌そうな声、こっちをちらりとも見ようとしない。
「お…」
 ──怒ってますか?そんな言葉が、喉のところでひっかかった。
「何だよ?」
「お菓子食べてもいいですか?」
 けれど口をついてくるのは別の言葉。上田は呆れた表情で奈緒子の顔を見た。
「…っはぁ、ったく…しょうがない奴だな」
 大きなため息、全く…といった表情で、少し微笑んでいるような顔。
「お腹すいてるんですよ、私」
「またクビになったのか、バイト」
「またって言うな」
 図星だから、それを言い当てられるとムカムカして、奈緒子はキッときつい目つきで上田を睨みつけた。
「…ほらよっ」
 ポスン…と、目の前にお菓子の袋が飛ばされてきた。赤いパッケージの、さっき奈緒子が開けようとして散らかしてしまったものと同じお菓子だ。
「いいんですか?」
「次はこぼすなよ」
「…サンキュー、上田」
 にこっとぎこちない笑顔を向けてから、すぐに袋のマチを引っ張った。さっきよりも慎重に、今度はこぼさないように。
「ありがとうございます、上田様…だろーがっ」
「頂きまーす」
 今回は綺麗に開いた。だから奈緒子は中に手を入れて、中身をつまみ出し、口の中に運んだ。
 ──フンワリ、サクサク。そしてすぅっととろける、甘い、キャラメルの味。
「うん、ウマイ」
 キャラメルコーン。すごく久しぶりに口にしたような気がして、なんだか嬉しくなって、次々と口の中に運び入れる。
「うまいか?」
「今ウマイって言ったばかりですよ」
「それもそうだな」
 ──ガーガーガー。奈緒子はふと、上田がまだ掃除機を必死にかけていることに気付いた。
「なんでそんなに時間かけてるんですか?」
「あ?何がだ?」
「掃除機ですよ。みたところ、お菓子はもう全部吸い取ったように見えますけど」
「ついでに全体にもかけようと思ってな」
 なるほど、そうきたか。確かに、奈緒子がお菓子をこぼした床以外にもかけている。
「何日ぶりの掃除機ですか?」
「この頃忙しくてな、二週間ぶりだ」
「じゃぁ、逆に私に感謝してくださいよ。機会を作ったんですから」
 上田は何も言い返さなかった。呆れているのだろう、それぐらいはすぐにわかった。
「あ…」
 いつの間にか、袋の中のサクサクのお菓子は尽きていた。
「上田さん、もう一つ食べてもいいですか?」
 上田が応える前に、奈緒子はもう箱をあさっていた。
「勝手にしろ」
 同じお菓子の、苺ミルク味だ。

 六つ目の袋の中からキャラメルコーンがなくなった頃、上田はやっと掃除機の電源を切った。
「お疲れ様です」
 テーブルの上には、カスしか入っていないお菓子の袋が幾つも置かれている。
「少しは手伝えよ」
「大人しく座ってろって言ったのは上田さんですよーだ」
「そうだった…」
 疲れてがっくりきている上田を見遣り、ちょっと悪かったかな?と奈緒子は首をかしげた。
「…上田さん」
「ん?」
 お菓子の袋片手に、奈緒子はそっと上田に近付いて、名前を読んだ。上田は訝しい表情で、顔を向ける。袋の中から、サクサクではないものを数粒取り出し、そっと上田の口に運ぶ。無意識的にあけた上田の口の中に、それが入る。
「おすそわけ〜」
 奈緒子の指先が、上田の唇に触れた。
「ぐ…なんだこれ、豆じゃないか!っつうかおすそわけって…俺のだろ!」
「えへへ」
 奈緒子のぎこちない笑顔にはっとして、上田はテーブルに駆け寄った。その上にあるお菓子の袋の中身をのぞく。どれも豆ばかり残っている。そして箱の方に目を遣る。
「おい!全部食ったのか?何で豆ばかり残してるんだよ」
「えーっと、そうですね、全部食べました。で、豆は上田さんの為に残しておいたんですよ。どーぞ」
「嘘だろ、おい…キャラメルコーン好きなのに!」
「子供みたいだな、上田。豆やるから泣くなよ」
 幾つかまとめて豆を取り出し、奈緒子は自分の口に運んだ。こうして食べるのが好きなのだ。
「泣くかっ!豆はいらん!」
 少し拗ねたように、上田は奈緒子を小突こうとしたが、奈緒子はそれをひらりとかわした。
「好き嫌いするな、ほらほら」
 無理やり上田の口に運ぼうと、お菓子の袋を上田の顔に近づけた。
「しつこいぞ!」
 上田がそれを払おうとして、手がぶつかった。
「あ…」
 奈緒子の小さい声。
 ──バサッ、ガサ…バサバサ。中身が床に散らばり落ちた。
「や、山田ー!お、お前…」
「あ、上田…」
「う?ぅおお?!」
   あまりの状況に、上田はフラフラとよろけ、テーブルに手をかけたのだが、ころころと転がってきた豆を踏んでしまい、ずるりと滑った。テーブルの上についた手も、ヅヅヅと滑り、その上に置いてあった袋も全て、床に散らばった。
「あっ、あー…」
 慌てて目を逸らした奈緒子、そっと視線を戻し、唖然とする上田の表情をうかがった。
「な…?」
 状況が把握できないと言わんばかりに、目を大きく見開いて、眼鏡が少しずれた。
「あの…今度は私も、手伝いますんで…」
 笑いをこらえつつ、言葉を搾り出した。






これは、私の失敗じゃないですよね?
世の中そんなに、うまくいくようなものじゃないって、言われたような気がした。
でもせめて、あなたに手を貸す事ぐらいは出来るんで、言ってください。
掃除機だって、たまには私がかけてあげますよ。







何でこんな微妙なんだろう?
しかし出ました、キャラメルコーン…実は私がはまってます。
美味しいです、あれ。

2004年1月27日完成




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