拒めない、その瞬間。





 「 接吻 」





 フワリ…奈緒子の髪が風に揺れた。
「貴女のことが、ずっと好きだったんです」
 奈緒子の目の前に、さらりとした黒髪の青年が立っていて、青年は奈緒子の肩を優しく掴んだ。
 顔を近付けて、青年は目を閉じた。
「…っ、やっ!」
 青年の顔が、奈緒子の顔の間近になった時、奈緒子は思わず腕を前に出した。
「う…わっ」
 突き飛ばされた青年は、バランスを崩して後ろ向きに倒れてしまった。
「はい、カーット!」
 遠くで声が聞こえ、ばたばたと数人の若者が駆け寄ってきた。
「ご、ごめんなさい」
「いいって、気にしないで」
 慌てて転んだ青年に、奈緒子は頭を下げた。
「奈緒子さん、大丈夫?」
 ポン…と、グレーのセーターを着た青年が、奈緒子の肩を叩いた。
「ごめんなさい、私、緊張しちゃって…」
「最初は誰でもそうだよ、頑張って。じゃ、テイク7いくから、スタンバッて」
「はい」
 セーターの青年の声に、まわりの若者たちが返事をし、バラバラと散っていった。そこに残っているのは、奈緒子と黒髪の青年二人。

「あのー、ちょっといいですか?」
 ぼんやりと道を歩いている時、奈緒子は突然呼び止められた。声のした方へ顔を向けると、グレーのセーターを着た青年が、ニコニコと頭をぺこりと下げた。
「えっと…誰でしたっけ?」
「初対面ですよ。はじめまして、僕、佐原 武っていいます」
「あ、はじめまして…」
 あまりに爽やかに笑うので、奈緒子はつられて頭を下げた。
「僕、大学の映研で監督やってるんですけど、あなた出演してくれませんか?」
「え、えぇっ?」
 あまりに突拍子もない事を言われ、奈緒子は目を丸くした。
「驚かれるのも無理ないですよね。ちょっとだけ…話だけでもいいので聞いていただけませんか?お茶奢りますから」
 奢るという言葉に弱い奈緒子は、ついつい青年に誘われるがままに、近くの喫茶店に入った。
「何でも好きなもの頼んでください…って言っても安いものしかないですけど。あっ、安くても味は保証しますから」
「じゃぁ、ジャンボチョコレートパフェ」
 武はニコニコと注文をマスターに告げた。どうやら二人は知り合いらしい、挨拶と談笑のあと、奈緒子の座った席に戻ってきた。
「うちの大学でも探したんですけど、イメージに合う子が見つからなくて…それなら一般の方で探そうって事になって、僕がスカウトマンをする事になったんですよ」
 運ばれてきたパフェを食べながら、奈緒子は武の言葉に耳を傾けた。
「でも、私、演技とかって苦手なんですよ」
「あ、大丈夫ですよ。もともと口数の少ない女性って役だし、動きもそんなにないですし」
「でも…」
 武自体に不審な感じはしないが、いつもの事もあるし、どうしても気は進まない。
「あ、もちろん、少ないですけど謝礼の方も用意してるんで、軽いアルバイトだと思って、お願いします」
「しゃ、謝礼?それってお金?」
「ええ、本当に少ないんですけど。あと、うちの大学の食堂のタダ券もつけますよ」
「出ます!頑張ります、よろしくお願いします!」
 謝礼と食堂のタダ券に惹かれ、奈緒子はとうとう承諾してしまった。そしてこの日、そのまま大学まで案内されて、少し撮影もしようという事になったのだ。
「あの、これ…」
 台本を渡されて、奈緒子は唖然とした。何度目かのシーンに、キスシーンがあるのだ。
「あ、大丈夫ですよ。軽く触れるだけですから」
「はぁ…」
 今更断るわけにもいかず、奈緒子はそのまま流されていった

 黒髪の青年の顔が近付いてくるが、奈緒子は顔をそらしてしまった。
「や、やっぱ駄目!」
 幾つかのシーンをとり終えた後、例のキスシーンが回ってきて、この状況と言うわけだ。
「カット〜、じゃぁ、ちょっと休憩とろうか」
「ごめんなさい、本当に…」
「奈緒子さん、もしかして、キスの経験ないの?」
 休憩中、ペットボトルのドリンクを渡され、奈緒子は校庭にあるベンチに武と座っていた。
「え?あぁ、うん、まぁね」
「そっか、じゃぁ緊張するよね。嫌だったらいいんだよ?無理に頼んどいてあれなんだけど…」
 武は申し訳なさそうに奈緒子を見た。
「う〜ん、やっぱり私には、こういうの合わないのかな」
「奈緒子さん綺麗だから、カメラ映えすると思ったんだけどな〜」
「え、綺麗?」
 あまり言われない事を言われ、奈緒子はポッと顔を赤らめた。
「最初、前の方から歩いてくる奈緒子さん見て、ビビッときたもん。この人しかいないって」
「そんな、私…」
「草原の少女って感じが、役にぴったしだったし」
「え〜、そうなんだ…」
 照れに照れまくっている奈緒子。
「おーい武、そろそろ休憩終わり〜」
 映研のメンバーの一人が、遠くから声をかけた。
「どうする?」
「ん…じゃぁ、もう一回だけ、やってみてもいいかな?これで駄目だったらやっぱり私…」
「そうだね、それがいいよ」
 ペットボトルに蓋をし、二人は皆の元へと歩いた。
「ちょっと変更いいかな?このキスシーンなんだけど、ぎりぎりのとこで止める。奈緒子さんもその方がやりやすいと思うんだ」
「そうだな、撮影ポイントずらせば、大丈夫だろうし」
「皆、ごめんね」
 映研のメンバーは、皆爽やかに笑って、奈緒子によくしてくれた。
「じゃぁ、本番いくよ」
 指定位置に立ち、奈緒子は深呼吸をした。
「奈緒子さん、じゃぁぎりぎりで止めるから」
「うん、よろしくね」
 黒髪の青年とも打合せをし、いよいよ本番。
「テイク8!」

「いやぁ、素晴らしい演説でした」
「いやいやいや、それほどでも」
 とある大学の一階の教室から、二人の男性が笑顔で出てきた。背の高い、髭眼鏡の男性と、背の低い、小太りの男性。
「しかし、上田教授にお会いできて、本当に良かった」
「いや、ははは」
 この日、上田次郎は他の大学から、超常現象についての公演依頼がきて、こうしてこの大学に来ていたのだった。
「ん?あれは…なんですか?」
 ふと目にした中庭に、人が集まっているのが見えた。
「あぁ、あれは映研のメンバーでしょう。なんでしたっけね、ミニシネマだかなんだかを撮影してるんですよ。コンテストに出すだとか頑張っていましてね」
「ほぉ、青春ですね…」
 目を細め、もう一度それを見つめた。人垣の向こうに、見覚えのある人物の姿が見えた。
「あれは…」
 長い黒髪、端正な横顔。
「上田教授、どうかしましたか?」
 紛れもなくその姿が自分の知っている人物だと確証した。だが次の瞬間、上田は窓を開けて飛び越え、ものすごい俊足で駆けていった。
「う、上田先生っ?どこへ〜…」
 後ろから聞こえる小太りの男性の声などそっちのけで、上田は走った。上田の目に映ったのは、肩をつかまれ、今まさに口付けされようとしている奈緒子の姿だ。
「っだぁ!」
 もう口付けをされてしまったように見えたが、上田は構わずに黒髪の青年から奈緒子を引っぺがした。
「えっ?あ、上田!」
「うわぁ?!」
 上田は青年を軽く突き飛ばしたようで、彼はまたバランスを崩して倒れてしまった。
「あっ!何するんですか!」
「ちょっと!あなた誰ですか?邪魔しないでくださいよ」
 他のメンバーと共に、武も駆け寄ってきた。
「それはこっちのセリフだ!YOU、こっちを向け」
 上田はそう言うなり、奈緒子の顔を手をやり、自分の方に向けさせた。
「なっ…お?上…」
 そして、さりげなくさりげなく、自分の顔を奈緒子に寄せた。
「だ…んっ」
 ──ちゅ…。数秒で顔は離れたが、奈緒子は真っ赤になって動けないでいた。
「よしっ」
「な、何がよしだ、ばか上田!何するんだいきなり!」
 はっとして、奈緒子は上田を突き飛ばそうと腕を伸ばしたが、でかいだけあって今日はびくともしない。
「上田?上田って、もしかして日本科技大の上田教授ですか?」
 その様子に唖然としていた武が、思いついたように叫んだ。
「ん?そうだが」
「うわっ!僕教授の大ファンです、どん超となぜベスも買いました!」
「え、うそ…」
 あんなに爽やかそうな好青年なのに上田のファンなのか?と奈緒子は唖然とした。
「そうか、私のファンか。じゃ…これをあげよう」
 上田はニコニコと、懐から自分のポートレートを取り出し、武に手渡した。
「ど、どうもありがとうございます!あ、そうだ、僕ら映画を撮ってるんですけど、教授、是非出演していただけませんか?」
「え!佐原君、それはやめた方が…」
「いやー、すまないが忙しくてな。帰るぞ、YOU!」
 奈緒子が言い終わるより先に上田が早口で言い、奈緒子の腕を掴んで歩き出した。
「え?ちょっ…上田…」
 連れて行かれる奈緒子を、武は呆然として見ていた。
「奈緒子さん、上田教授の彼女だったんだぁ…」
「武、残念だったな。お前、彼女に一目ぼれしたから声かけたんだろう?上田教授が相手じゃ勝ち目ないぜ」
 後日、この日の事を謝ろうと大学に足を運んだ奈緒子だったが、結局映画のヒロインは別の女性を見つけたようで、武は奈緒子にそっけなかった。






 他の人には拒めたのに…
 顔をつかまれていたとはいえ、あの時だけは拒めなかった。
 近付いてくる上田さんの顔が少し赤くなっていたのにも、これから何をしようとしているのかも分かっていたのに、私は拒めなかった。








いえーい、キスネタだ〜(笑)
これこそ甘くかけよ!と自分にツッコミですね(汗)
結局こんな出来具合ですが、見捨てないでください…
キスネタは実は激甘なものがあるのですが、結構長いのでお題では出しません。
その内小説でUPさせますです

2004年1月29日完成




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