初心者も同然って事だろ…





 「 若葉マーク 」





「一生の不覚…」
 上田は階段の下で横たわった状態で、小さく呟いた。痛みに顔をしかめ、体を丸める。遠くから足音が聞こえて顔を上げると、廊下の角を曲がって見覚えのある女性が現れた。
「うわ!…って、上田さん?そんなとこで何してるんですか?」
 ロングスカートを翻して、奈緒子が口を開いた。
「YOUがなぜここにいる…」
 質問を質問で返しながら、上田はまた一層顔をしかめた。
「なぜって…お金回収に来たんですよ」
 横たわったままの上田に向かって、奈緒子は右手を出した。
「なんで俺がYOUに金を回収されなくちゃいけないんだよっ」
「とぼけないでくださいよ。ほら、この間の事件の時、家賃五か月分くれるって言ったじゃないですか」
 上田はふと思いを巡らせた。この間の事件というのは…アレだろう、霊能力で人を殺すとか言う女性を矢部が連れてきた事件だ。結局嫌な形で事件は幕を閉じたのだが、事件が起きる直前、女性と二人きりになるのを拒んだ上田は奈緒子に一緒にいてもらう事を契約したのだ。家賃五か月分を現金で払うという契約の元。
「あぁ、あれか…」
「今すぐって言ったのに、結局持ち合わせが無くて後日にしてくれって言ったの、上田さんじゃないですか」
「そうだったな…」
「そうですよ…で、そんなところで何やってるんですか?」
 上田の様子を見ながら、奈緒子は首をかしげた。その様はなんとも可愛らしいのだが、それを楽しむ余裕が今の上田には無かった。
「これがニュートリノを捕まえているようにでも見えるのか?YOUは…」
「知りませんよ、そんなの。新しい趣味ですか?」
「違うっ!」
 ため息をつきながら答える奈緒子を、上田は思わず睨みつけた。
「何を怒ってるんだ?上田…」
「階段から落ちて足を捻ったんだよ。すまんが肩を貸してくれ、医務室に行きたい」
「え!上田さんでも怪我する事あるんですね〜、どうせ本でも読みながら歩いてたんじゃないですか?」
 傍らに落ちている科学関係の分厚い本を手にとりながら、奈緒子は物珍しそうに体を丸めている上田を見遣った。
「いいから早く肩貸せ!」
「えー、上田さんでかいから重そうなんですもん、嫌だなぁ…」
「少しは心配しろよっ」
 グチグチ言いながらも、奈緒子は上田に肩を貸し、立つのを手伝ってやった。
「心配して欲しいんですか?」
 痛そうに顔を歪ませる上田を見るのがおかしくて、奈緒子は顔を覗き込みながら言った。すると上田は、カッと顔を赤らめたのだ。
「うるさいっ、YOUに心配されるほど落ちぶれちゃいないぞ」
「あ、そーゆう事言っていいんですか?手、離しますよ」
「あっ、すまん、俺が悪かった」
 奈緒子の言葉に今度は青くなり、上田は妙な体勢で慌てて頭を下げた。
「冗談ですよ…」
 妙に素直な上田が気持ち悪くて、奈緒子は苦笑を浮かべた。

「捻挫ですね」
 医務室のベッドに横たわった上田に、医務員の女性がスラッと言ってのけた。彼女の名は平塚はるきと言う、恰幅のいい中年女性で、医師免許を持っているという。
「やっぱり…この痛みは捻挫だろうと思ってたんですよ」
 小さくため息をつく上田の足に包帯を巻きながら、はるきがケラケラと豪快に笑った。
「上田教授が怪我するなんて、まぁ珍しい事もありますね。生徒たちも驚きますよ」
「笑い事じゃぁありませんよ、これじゃ移動が大変だ」
 今度は大きくため息をつく上田に、奈緒子は冷たい視線を投げかけた。
「本読みながら階段下りたりするからですよ」
 医務室にある補助椅子に腰掛け、はるきに入れてもらった紅茶を飲みながら、これまた冷たい一言だ。
「YOUには関係ない事だろ」
「あ、酷い!ここまで来るのに肩貸してあげたのに…」
「まぁまぁ、ここで喧嘩なんてしないでくださいよ」
 むくれる奈緒子と偉そうに胸を張る上田の言い合いを、はるきが遮る為に口をはさんだ。
「とりあえず、上田教授…今日はもう講義ないんですよね。帰って休んだらいかがですか?」
「ん…そうですね。YOU、すまんが車までまた肩を貸してくれ」
「本当にすまないと思ってるのか?」
「あ、上田教授、分かってると思いますが、車の運転は止めてくださいね」
「え!」
 はるきが言った言葉に、上田がまさか!と言わんばかりの驚愕した顔を向けた。
「え!って…上田さん大丈夫ですか?もしかして頭も打ったんじゃ…」
 奈緒子が脇でクスクスと笑いながら言った。
「そうですよ、上田教授。捻挫してるのに車の運転するなんて無謀な事、まさか考えてらしたんじゃないですよね?」
 どうやらはるきと奈緒子は気が合いそうだ。
「い、いやぁ、まさかそんな、ははは」
「考えてたくせに」
「YOUは黙ってろ」
「本当に仲がよろしいですね、お二人さん」
「「とんでもない!」」
 上田と奈緒子の遣り取りを見て言ったはるきに、二人は声を揃えて反抗したが、これじゃむしろ逆効果だ。
「…で、どうします?タクシーでも呼びましょうか?」
「ったく、平塚さんは何か誤解してますよ。え、タクシーですか?」
 うーんと、上田は急に唸りだした。
「何悩んでるんですか、上田さん」
「次郎号を大学に残すのがちょっとな…」
 何を悩んでいるかと思えば、そんな事かと奈緒子はため息をついた。
「じゃ、代行に頼みます?私の方で電話しますよ」
 はるきもため息をつきながら、それでも電話に手を伸ばしながら言った。
「俺の次郎号を赤の他人に運転させるなんてっ!絶対に嫌だ!」
「だだっこじゃないんだからそんなに力いっぱい言わなくても…ってか、大人気ないぞ、上田!」
「なんだと、アレはだな…」
「亡くなられた柏崎教授から頂いたものなんですよね。じゃぁ、どうしますか?」
 話が長くなりそうだと踏んだはるきが、すかさず上田の話を早口で続けて、話を元に戻した。
「そうですよ、早く決めてください。そして早くお金くださいよ」
「うるさいな、さっきからYOUは…ん?そういえば、YOUは免許を持ってるんだったな」
「えぇ、まぁ…ペーパーですけど」

「えーと、確かこの辺に…」
 科技大の駐車場の、次郎号の前で、奈緒子とはるきが立っている。上田は車内を何やら漁っている。
「早くしろ、寒いんだから」
「まぁ待て…お、あった」
 片足を引きずりながら、上田が顔を出した。その手に持っている物は…
「あーぁ、なんで私が運転しないといけないんですか。面倒くさいなぁ」
「いつも送ってやってるだろ、文句言うな」
 そう言われて、奈緒子は無言のまま上田の手からそれを奪うように受け取り、次郎号の前と後ろに貼り付けた。
「じゃ、お二人さん、気を付けてね」
 運転席に乗り込む奈緒子に、はるきが声をかけた。
「紅茶、ご馳走様でした」
「今度遊びにでも来てね」
「はい」
 ドアを閉め、はるきに手を振ったのち、奈緒子はキーを差し込もうと手を伸ばしたのだが、なぜか上田がそれを制止した。
「なんですか?」
「運転しやすいように椅子とハンドルの位置を変えるのが先だろ」
 何だかイライラしているようだ。
「あぁ、そうですね」
 言われて奈緒子もはっとする。背も足も腕も長い上田がいつも乗っているので、奈緒子じゃペダルに足が届かない。ガチャガチャと位置を変更し、今度こそと手を伸ばすが、またも上田に止められた。
「次はなんですか?」
「バックミラーだよっ」
 もう随分乗っていないので、言われるまで気が付かなかった。慌ててバックミラーを見やすく動かす。
「他に何かありますか?」
「いや、大丈夫だ」
 上田の満足そうな声に、やっとキーを差し込む。が、エンジンがかからない。
「アレ?」
「クラッチ…」
 マニュアル車だ、エンジンをかけるのも色々手順がある。上田に先導されながら、奈緒子はやっとエンジンをかける事が出来た。
「じゃ、いきますね〜…」
 ついぞアクセルを踏みすぎて、車がガクンと動く。慌てて足を離すが、その拍子にエンストを起こしてしまった。
「…やっぱり常備しておいて良かったな」
 あくせくする奈緒子の横で、青くなりながら上田が呟いた。
「何がですか?」
「若葉マークだよ、YOUの運転じゃいつになったら公道に出るやら…先が不安だ」
「だから嫌だったんですよ…」
 少し進んではエンストで止まる次郎号を見ながら、はるきが小さく呟いたのを、二人は知らない。
「いいカップルだこと…」

 数時間後、通常の4倍の時間をかけて上田のマンションに到着したのち、今度は肩を貸して部屋まで行く事になり、ぐったりと上田のへ屋のソファに倒れこんだ。
「つ…疲れた」
「悪かったな、YOU。助かったよ…ほら、家賃五か月分…YOU?」
 上田が声をかけた時には、既に夢の中に旅立ってしまったようで、寝言も言わずすやすやと寝息を立てていた。
「…次郎号は、あんまり他人に運転させたくなかったんだよ、疲れさせてゴメンな」
 いつになく素直に感謝の気持ちを述べる上田だが、当の奈緒子は夢の中だ。いや、むしろ、聞こえないから言えたのかもしれない。






 ゴメン、アリガトウ。スキダヨ?
 全部、本当の気持ちなのに、伝えられないのは多分
 俺も、初心者だからだろうな。
 恋愛の、若葉マークがどこかに張ってあるから…






こりゃまた微妙な出来具合ですわ。なんざんしょ…(汗)
BGMが悪いのか?椎名林檎とかMyLittleLoverじゃあかんのか?
うーん、謎。

2004年2月4日完成




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