単純にも、程があります。





 「 催眠 」





「上田さんって、単純ですよね」
 科技大の上田の研究室でフランスパンを丸ごとかじりながら、奈緒子は唐突に口を開いた。
「な、何だ?いきなり」
 上田はというと、いきなり声をかけられたもので、きょとんとした表情のまま顔を上げた。
「ちょっとした事ですぐ気絶するし、インチキトリックのエセ霊能力者のいう事信じるし…」
 続ける奈緒子に何も言い返せず、むっとした顔で作業を続けようと下を向いた。生徒の論文を読んでいるのだ。
「おどおどビクビクしてるかと思えば、すぐに態度豹変させるし…ちょっと綺麗な女の人に会うと目の色変えるし、わっかりやすいですよね」
 そこまで言われて黙っていられないのが上田だ、眼鏡をキラリと光らせ、睨むような目で奈緒子を見つめた。
「なんだ、YOU…妬いてるのか?好きなのか?俺が」
 随分前に聞いたことのある台詞だったので、唖然と口を開けたまま、奈緒子は上田の顔を見た。そして一言。
「ばーか…」
「年上に向かって馬鹿とか言うなよ」
「年上に感じないんですよ、上田さんって。子供みたいなトコあるし」
「YOUに言われたくない…ってか、そのフランスパン、ここの冷蔵庫あったやつだろ?よく素で食えるな…」
 フランスパンにかじりつきながら、うっと言葉に詰まる。かと思えば、突然ポケットからがま口の財布を出し、小銭をテーブルの上に出した。
「…おい、別に金取ったりしないぞ?」
「上田さん、賭けしましょう、賭け」
 不審がる上田に五円玉を見せながら、奈緒子が言った。
「は?」
「上田さんが単純か単純じゃないか…ね」
「五円玉で何しようって言うんだ?しかも賭けって…」
「催眠術ですよ。上田さんが単純だったら催眠術にかかるだろうし…かからなかったら単純じゃないという事で」
「…YOUはどっちに賭けるんだ?」
「もちろん単純な方で。私が勝ったら、今日の夕食奢ってくださいね」
「俺が勝ったら?」
「上田さんのいう事何でも、一つだけ聞きます」
「その言葉、忘れるなよ」
「いいんですね?」
「望むところだ」
 上田の返事に奈緒子はにっこり微笑み、五円玉の穴に糸を通し始めた。
「何奢ってもらおうかな〜、焼肉、ラーメン、ハンバーグ…」
「勝つつもりなのか?」
「もちっ!」
 キラン、と嬉しそうに目を光らせる奈緒子に、上田は何か恐いものを感じた。

「じゃ、定番ですが、この五円玉をじっと見てください」
「凝視っ!」
「掛け声はいいから…」
 上田が口をつぐんだので、奈緒子は早速五円玉を揺らした。
「アナタは段々眠くなる、眠くなーる」
 上田は自分の掛け声どおり、左右に揺れる五円玉を凝視している。
「体中の力が抜けていって、もう眠くて眠くてたまらない…」
 ふと、まぶたが重そうに下がっていくのに気付いた。奈緒子は内心ガッツポーズで、言葉を続ける。
「さぁ、アナタはもう夢の中です」
 ──ガタンッ!奈緒子がそう言った途端、上田は顔面から机に突っ伏してしまった。
「うわぅ…早っ!」
 いとも容易く催眠術にかかってしまったらしい。
「えーっと…どうしようかな」
 成功したものの、上田の事だから、きっとおおいに否定する事間違いないだろう。奈緒子は上田をのままにし、室内を物色し始めた。
 数分後、机の引出しから、録音再生の出来るテープレコーダーを発見した。
「いいもの見っけ」
 テープを巻き戻し、きちんと録音できるかどうか確認し、そのレコーダーを上田の傍らに置いた。
「さぁ、顔を上げてください」
 上田はゆっくりと、目をつぶったまま起き上がった。おでこが少し赤くなっている。
「これから質問を幾つかするので、嘘偽りなく答えてください。いいですね?」
 黙って頷く上田。
「よし…えーっと、何聞こうかな…」
 前日見ていたTV番組で、催眠術の特集をしていたのだ。そこでとりあえず、似たような質問をしてみる事にした。
「好きな動物は何ですか?」
「牛」
「早っ、解答早っ」
 あまりの即答に思わず突っ込みを入れてしまったのだが…
「…」
 催眠に陥っている上田は無反応なので、気を取り直して質問を続ける事にした。
「あ、これ聞いておかなくちゃ…今催眠術にかかってますか?」
「かかってる」
「よしっ、今夜は焼肉だ♪」
「好きな食べ物は?」
「米」
「好きな飲み物は?」
「牛乳」
「…なんか知ってる事ばかりだな」
 ──コンコン、ガチャ。突然の物音に驚いて振向くと、そこに見覚えのある男がいた。
「上田センセーこんにちわぁ!」
 妙に明るい声、矢部だ。
「うわっ、びっくりした…よぉ、矢部!」
「なんじゃ、またお前か…なんでこんなとこおんねん」
「矢部さんには関係ないですよ」
「それもそうやけどな…あれ?上田センセー何してんですか?」
 室内にずかずかと入り込んだが、目を閉じたまま無反応の上田を見て首をかしげた。
「今上田、催眠術にかかってるんですよ」
 おかしそうに言うと、矢部は信じられないというように目を丸くした。
「なんで催眠術?」
「ちょっとかけをしていて…で、今深層心理を探ってるとこなんですよ」
 と言っても大した質問はしていないのだが…
「はぁ〜…」
「今なら何でも正直に答えますからね、例えば…上田、昨日の夕飯のメニューは?」
「生姜焼き定食、ご飯大盛」
 即答する上田の様子を見て、矢部は再び目を丸くした。
「おもろいな〜、オレも聞いてみてえぇか?」
「どうぞどうぞ」
 正直これ以上質問する事が思いつかなかったので、内心助かったと思いながら、奈緒子は食べかけのフランスパンに手を伸ばした。
「ん?何やねん、このテープレコーダー」
「ああ、それ…上田さんが催眠術にかかってるっていう証拠の品ですよ」
「ふーん…まぁえーわ。そんじゃぁ、上田センセー、ズバリ答えてください…」
 矢部が面白がって出す質問に、上田は淡々と答えていった。

 奈緒子がフランスパンを食べ終えた頃、矢部も質問する事がなくなってきたのか、うーんと唸りながら腕を組んで考えるようになっていた。
「もういいですよ、証拠はこれで十分ですし」
 机に近寄って、催眠術をとく用意をしようとした時、矢部がパッとそれを遮った。
「まぁ待て、最後にもう一つや」
「あぁ、どうぞ」
「センセー、センセー…正直にお願いしますよ」
 何を質問するのかと、奈緒子はぼんやりと眺めていた。
「センセー、正直このヤマダの事、どぉ思ってはるんですか?」
「なっ、何聞いてるんだ矢部!」
 びっくりして矢部と上田の方に目をやったが、上田はまだ何も答えていないようだった。
「あれ?おかしいな、さっきまで即答やったのに」
「や、矢部さんが変な事聞くからですよ」
「えーやないか、別に。お前かて気になるやろ?大体、上田センセーはもっと自分に正直に生きるべきやで」」
「な、なるかっ!ってか、もう…余計な事言うな、矢部っ!」
 顔を赤らめて、慌てて上田の前に立った。
「何や?」
「もう術ときますよ、上田!今から三つ数えて手を叩いたら、術はとけて眠りから覚めるから、いいなっ1、2、3!」
 ──パンッ!早口でまくし立てるように奈緒子は言って手を叩いた。
「うおぅ?!」
 すると上田は、突然立ち上がって目を開けた…かと思うと
「山田…」
 矢部がいるのにも気付かず、じっと奈緒子を見つめている。
「上田さん、今日の夕食、上田さんの奢りですからね」
 奈緒子がそう言った途端、ガバッと突然奈緒子を机越しに抱きしめた。
「うわっ?!何するんだ、上田…離せ!」
「山田、好きだ!」
「なっ…何寝ぼけた事言ってんだ!」
 じたばたもがきながら、隣で呆然とその様子を眺めている矢部に助けを求めようとして、はっとした。
「上田さん、まさか…」
「まだ催眠術かかったまんまなんとちゃうか…」
 矢部もはっとして小さく呟いた。
「なっ…」
「よ、良かったな、ヤマダ。上田センセーにこんなに好かれて。じゃ、オレ帰るで」
 ドローン…とか言いながら、矢部は早足で研究室を後にしようとした。
「ま、待て矢部!お前が変な事言うから…」
 真っ赤な顔で、上田に抱きつかれたままの状態で、奈緒子は矢部を怒鳴りつけた。
「さもありなん…センセーも単純やな」
 研究室を出た矢部は、ボソリと呟いて、さっさと大学を後にした。






 あんな簡単な術にかかるなんて、単純。
 でも催眠術にかかってるから言ってくれたの?
 私の事、好きって。
 かかってない時は、言ってくれないの?







毎回途中から壊れてますね(汗)
上田は絶対自分から好きとか言わなさそうです。頑固。

2004年1月6日完成




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