ずっと、さわっていたい。





 「 ストレートパーマ 」





 サラサラと揺れる長い黒髪を、上田はぼんやりと眺めていた。
「ん?上田さん、何やってるんです?」
 視線に気付いた奈緒子は、振り返り上田の顔を見た。
「見てたんだよ」
「何を?」
 ただじっと、その黒髪に目を向けたまま、上田は口を開く。
「髪」
「かみ?かみって…」
 うーんと唸りながら、奈緒子は辺りをキョロキョロと見渡し、その視線は壁にかけられた鏡で止まった。映っているのは自分の顔。
「あ、私の髪ですか」
「そうだよ」
「でもそんなの、いつも見てるじゃないですか」
「ちょっと気になったんだが、YOUの髪はどうしてそんなにまっすぐなんだ?」
 あまりに突拍子も無い問いを投げかけられて、奈緒子は固まった。どうしてと言われても…
「知りませんよ、そんなの。生まれつきですから」
「生まれつき?ふーん、そうなのか…」
 そう呟いたかと思うと、上田は立ち上がって奈緒子の方に歩いてきた。
「な、なんですか?」
「ちょっとさわらせてくれ」
「え?!」
 奈緒子が返事をするよりも先に、上田は素早く奈緒子の髪に触れた。思ったよりずっと柔らかくて、サラサラしている。
 奈緒子は上田の思いがけない行動に、固まったまま動けずにいる。
 この日、二人は池田荘に奈緒子の部屋にいた。さもありなん、上田が勝手に居座っているという方が正しいだろう。ただでさえ狭い部屋なのに、二人の距離は一層近くなり、奈緒子は一人でドキドキしていた。
「そういえばっ!」
 緊張していると言う事を悟られないように、奈緒子はくるりと振り返り、上田の手をさりげなく振り払った。
「ん?」
「学生の頃、ストレートヘアーが流行ってた時期があったんですよ」
「ほぉ?」
「皆、結構くせっ毛だったから、私なんか羨ましがられて、実は人気者だったんですよ」
「YOUがか?」
 目を丸くする上田に、奈緒子は少しムカッとした。
「何ですか、その信じられなそうな顔は!本当なんですよ!皆みたいにストレートパーマかけに行かなくていいから、お金もかからなかったし…」
「結局それか…」
 むっとする奈緒子を余所に、上田はまたも手を伸ばして髪に触れた。

 柔らかい、すべるような手触り。ずっとこの髪に触れてみたいと思っていた。いつも一緒にいるのに、その機会はなかなか訪れなくて…
「う、上田さん…どうしたんですか?」
 髪を触られながら、奈緒子は身を縮こませ、小さく呟いた。
「ん?」
「や、だって…髪なんて、いつでもさわれるじゃないですか」
 下を向いたまま、奈緒子は上目遣いで上田を見ている。可愛い…
「いつでもさわっていいのか?」
「え、あ…う…」
 しまったという表情になり、奈緒子は視線をずらした。
「好きな時にさわっていいのか?ん?」
 その様子がおかしくて、上田は意地悪そうに、奈緒子の髪を自分の指に絡み付けた。
「ど、どうぞ御勝手に!」
 真っ赤になっている。
「ははっ、じゃぁ勝手にさわるとしよう」
 そう言いながら、上田は根元から髪を梳いて、何度もその感触を楽しんだ。奈緒子としてはどうにもくすぐったい。
「く、くすぐったい!やめろ、馬鹿上田!」
 堪えきれずにその手を振り払うと、奈緒子は立ち上がって流しの方へと向かった。
「勝手にさわれと言ったのはYOUの方だろ?」
「さわりすぎだ、バーカ!」
 水をグラスに注ぎ、奈緒子はそれを飲みながら上田を睨みつけた。何を考えているのか、今日はよくつかめない…
 少し緊張する。
「YOUの髪は、綺麗だな」
 穏やかな微笑みを浮かべたまま、上田が口を開いた。
「どーも…」
「YOU、そこにいるついでにお茶をいれてくれ。喉が渇いた」
「…いいですよ」
 何で私が上田にお茶をいれないといけないんだ…と思いながらも、奈緒子はやかんに水を注ぎ、火にかけた。
「お茶請けは羊羹がいいな、棚の一番下の開き戸開けたら入ってるから」
 隣の部屋でテレビをつけ、上田は奈緒子に声をかける。黙って言うとおりに引戸を開けると、そこには確かに羊羹が…
「いつの間に…」
 人の家に勝手に私物を置いて…だが一応食料を持ってきてくれていると言う事で、そのまま包丁を入れた。
 しばらくして、お湯が沸いたので急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。急須を回し、湯飲みにそれを注ぐ。
「どうぞ」
 お盆に湯飲み二つと、羊羹を載せた小皿二つを載せ、ちゃぶ台に移動。それを見て上田はため息をついた。
「おい、YOU…」
「上田さんはこっち、私はこっち」
 1cmくらいの幅に切られた羊羹の小皿を上田の前に置き、5cmくらいの幅に切られた方を自分の前に置き、奈緒子はにっこりと微笑んだ。
「俺が持ってきたんだぞ、何で俺のはこんなに薄いんだ?」
「うちにあるからもう私の物ですよーだ」
「ちっ…」
 小さく舌打ちして、上田は1cm幅の羊羹を口に運んだ。奈緒子も目の前の羊羹をまず半分にして、満足げに口に運ぶ。
「美味しい」
「良かったな」

 しばらくは二人とも黙ってテレビを見ていた。番組が終了し、ニュースが入る。上田はふと自分の腕に目を遣った…11時だ。気付くと隣では、奈緒子がちゃぶ台に突っ伏したまま眠りこけている。
「YOU、そのままだと風邪をひくぞ」
「う〜ん…」
 声をかけるが、起きる様子は見られない。どうしようかと思い悩んでいると、髪がさらりと揺れた。
「…勝手にさわっても、いいんだよな?」
 小さく呟きながら、手を伸ばす。柔らかい髪。こうしていると、不思議なくらい穏やかな気持ちでいられる。
 サラリ…何度も梳いて、指に絡め、感触を楽しむ。
「YOU…」
 いつも、本心は隠したまま。やっと髪にさわる事は出来たけれど、他の望みはまだ言えていない。
「綺麗だよ、YOUの髪…」
 そっと、髪に唇を落とす。そばにいて欲しい、ずっと…けれど、そんな事を言っても、奈緒子は笑って、真面目に聞いてはくれないだろう。
 上田の指に絡められていた髪の毛が、しゅるりと落ちた。学校や街中で、長い黒髪の後姿を見つけると、どきんとする。でもすぐに違うと気付く。こんなに綺麗な髪は、奈緒子だけ…
「ずっと…」
 再び髪に唇を落としながら、上田は小さく呟いた。






 ずっとこうしていたい。
 君の髪に触れて、君のそばで…
 ずっと、一緒にいたいから。







頑張ったさ、今日は!(苦笑)
わりかし甘めな方なんじゃない?とか言いつつ、微妙な出来具合に自己嫌悪。
誰かタスケテー…

2004年2月16日完成




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