いい夢、見られるかな…?





 「 膝枕 」





「おいっ!」
「ふあっ…?」
 突然肩を掴まれて、はっとする…目の前には上田の顔。
「うわっ、上田…」
「うわっ…ってなんだよ」
「気にしないでください」
 ふい…とそっぽを向き、奈緒子は自分の髪の毛先をいじり始めた。
「まぁいい。ほら、そろそろ始まるぞ」
 上田がそう言ったので、奈緒子は視線をずっと前の方へと移した。二人は今日、都内にある大きな劇場に来ていた。
 それというのも、例によって超常現象の謎を解明してくれと上田のところに依頼があって、いつものように上田は奈緒子を連れて依頼された山奥の村に赴いたのがきっかけであった。
 なぜかそこでまたも殺人事件が発生し、どこからともなく現れた矢部らに事件を引っ掻き回されながらも、奈緒子の冴え渡る推理によって謎は解明された…
 で、上田は今回、ボランティアの域を脱せず、報酬を依頼者に請求する事は出来なかったのだが、事件の解決を喜んだ依頼者が、お礼に芝居の特等席のチケットを二枚くれたのだ。
「私、こういう場所でお芝居見るの、初めてなんです」
 舞台に目を向けながら、奈緒子はボソリと呟いた。
「だろうな。YOUのような貧乳には本来、縁のないようなものだし」
「貧乳は余計だ」
 むすっと返すと、上田は頭を揺らしてにやにやと笑った。
「上田さんは…大きいから後ろの席の方がいいんじゃないですか?」
 そんな上田の様子でさらにムカッときた奈緒子は、大きいという単語に力を入れて意地悪そうに返した。
「なっ、大きくて何が悪い…」
 案の定、上田は大きいの意味を違う風に受け取り、小さな声で落ち込みながら呟いた。
「背ですよ、背。身長!」
「む?」
「背がでかいと、後ろの人の迷惑になるじゃないですか。頭邪魔なんですよ」
「邪魔だと?崇高な知識の詰まったこの頭に何て事言うんだ、失礼な奴だな」
「もういいですよ…」
 このままじゃ堂々巡りだ…そう思った奈緒子は自分が引く事で場をおさめようと、投げやりに言って、パンフレットを開いた。

 正直、この芝居のチケットを貰った時、やった!と拳を握り締めた。
「これ見る限り、面白そうなお芝居ですねぇ」
 隣でパンフレットを開いて見ている奈緒子が言った。そう、かなり面白いはず。この劇団の芝居はいつも好評をはくしていて、いつも見たいと思うのに、チケットは常に完売状態だった。
「だろうな…」
 奈緒子が熱心にパンフレットを読んでいるその横で、上田は賛同しながら、大きな欠伸をした。
 見たかったのは事実なのだが、眠い。ひどく眠い。それというのも、実は昨日今日と徹夜だったのだ。生徒のレポートを読んだり、テストの添削などで忙しくて。
「上田さん?」
 小さく囁かれてはっとした。いつの間にか場内は照明が落とされて、暗い。
「お、もうすぐ開演か…」
「違いますよ、今のアナウンス聞いてなかったんですか?」
「は?」
 アナウンスだと?そんなもの、いつの間に流れたんだ?不思議そうに表情を歪めていると、奈緒子は一呼吸置いて呆れながら言った。
「照明機器の故障ですって。今修理していて、開演、少し遅れるそうですよ」
「あ、あぁそうか。それなら俺も聞いていたさ、YOUを試しただけだ」
 本当は全然聞いた覚えがないのだが、聞いていないと言うと沽券に関るので、でたらめに答える。と、奈緒子は再び呆れたため息をつき、席を立った。
「どこへ行くんだ?」
「開演、1時間も遅れるって言ってたから、ちょっと購買に行ってきます」
「買う金もないのにか?」
 上田の言葉に、奈緒子はうっと詰まった。まぁ、いつもの遣り取りなのだが…
「上田、行くぞ」
「素直に買ってください上田様と言えないのか、YOUは…」
「誰が言うか」
 言い合いながら購買に向かうと、皆同じような事を考えているようで、そこは人でごった返していた。
「凄い人だな…」
「売り切れちゃうかも…」
「YOU、いっその事、外の喫茶店で軽く何か食ってくるか?」
「構いませんよ、私は別に」
「よし決定だ。俺も丁度、淹れたての濃いコーヒーが飲みたかったんだ」

 さっきから様子が変だ…奈緒子は上田に連れられて入った喫茶店で、オムライスとナポリタンを食べながら、ぼんやりとコーヒーをすする上田を窺った。
「上田さんは何も食べないんですか?」
「あ?」
 声をかけても、気の抜けた返事が返ってくるだけだし…
「だから、上田さんは、何も食べなくていいんですか?」
「あ、あぁ、大丈夫だ」
 何が大丈夫なのかさっぱりわからないが、もう3杯もコーヒーをおかわりしている…まぁ、そんな事、自分には関係ないと、奈緒子はデザートにチョコレートケーキを追加注文した。
「あぁ、食った食った。特にチョコレートケーキは絶品だったなぁ」
 劇場に戻る道すがら、奈緒子はニコニコと上機嫌で言った。
「この短い時間に、よくアレだけ食えたな…」
 あの後、奈緒子は別の種類のケーキを3個も追加注文し、綺麗に平らげていた。
「上田さんこそ、コーヒーばっかり6杯も飲んでましたよ」
「…のどが渇いてたんだよ」
 言い分け地味た口調で呟く上田の様子に、奈緒子はふと気付いた。さっきから何度も欠伸をしているし…
「眠いのか?上田…」
「そうなんだ、実は眠くて眠くて…って、いや!そんな事は断じてない!」
「何全否定してるんですか、変なの。あ、変なのは元からか、うひゃひゃひゃひゃ」
「うるさいっ、そうだよ、眠いんだよ。二日ほど忙しくて徹夜だったんだ、悪いか!」
 今度は開き直って、イライラと怒鳴りだした。
「悪いなんて誰も言ってませんよーだ。そんなに眠いなら、別の日にしたら良かったじゃないですか」
「日付が指定済みのチケットだぞ、無理だ」
「それでコーヒー何杯も飲んでたんだ…」
「そういう事だ」
 ふて腐れる上田の様子がおかしくて、奈緒子はクスクスと可愛らしい声で笑った。
「なんだよ…」
「何でもありませんよ。それより早く戻りましょうよ、10分前ですよ?」
「お、おぉ。それもそうだ、走るぞ」
「はい」
 いっぱい食べて少し苦しいが、なんだかお芝居を楽しみにしている上田が可愛いので、奈緒子は頑張って後に続いて走った。
 何とかぎりぎりの時間に間に合い、二人は場内の特等席に腰を下ろした。
「はー、横っ腹が痛い…」
「食い過ぎなんだよ、YOUは…」
 憎まれ口を叩きながら、上田は大きな欠伸をした。
「コーヒー…効いてないようですね」
「これからだ」

 そう、そもそもコーヒーの眠気防止と言うのは、摂取してから30分から1時間の間に効果が現れる…
 再び場内の照明が落とされ、開演のベルが鳴り響いた時、上田はふと気付いた。最初にコーヒーを口にしてから、まだ一時間も経っていない。正直今が、眠気のピークだと言う事に。
「ま…まずい」
 頭がぐらぐらして、幕が開いて芝居が始まったのに全然集中できない。そしてそのままカクンと、上田は眠りに落ちてしまった。
 ──膝が重い…目を開き、腕の時計に目をやって驚愕した。開演から半分以上過ぎている!しかもなぜか膝が重い。
「や、山田?!」
 声にならない叫び。上演中と言う事もあって慌てて自分の口を手でふさいだ。上田の膝には、奈緒子の頭が置かれていた。ぐっすり寝ている。
「お、おい…YOU?」
 小声で呼びかけるが、起きる気配はない。そういえば、人は満腹感によって眠気に襲われる事もしばしばある。まさにその状態なのだろう。
「おい!」
 あくまで小声で、なんとか起こそうと肩を揺らしてみたりするが、効き目無しだ。
「う〜ん、馬鹿上田…」
「ばっ、声を立てるな…」
 おまけに例の激しい寝言が始まりそうな予感に、上田は慌てて奈緒子の口を手で覆った。鼻で息ができるから、死にはしないだろう…
 それから終幕までの残り時間、上田は芝居に全く集中できなかった。なぜなら奈緒子が上田の膝に頭を乗せたまま、寝返りをうとうとしたり、寝言を言おうとしたりするので、それにばかり気をとられてしまったから。

「あー、よく寝た」
 劇場を後にして、次郎号の中で上田は不機嫌そうな顔をしていた。
「よく寝てたな…」
「上田さんが悪いんですよ、開演したとほぼ同時に眠っちゃうから」
「俺のせいかよ…」
 ええ、そうです。と続ける奈緒子に、上田は大きなため息をついた。
「お芝居、残念でしたねぇ」
「全くだ、芝居を見に行ったのに、全然見てない」
「勿体無い…」
「YOUが言うなよ」
「えへへへ」






 お芝居は勿体無かったけど、でも…
 上田さんの膝枕、
 寝心地良かったですよ。







物事を直接的に捉える事しか出来ないようです、最近の私は。
思ったように書けない、でも何か書きたい。それの繰り返し。
ある意味悪循環ですな。

2004年2月28日完成




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送