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約束じゃない、もっと形式的な事。





 「 契約 」





「遅い…」
 日暮里駅前で上田は、イライラと腕時計に目をやった。さっきから何度も何度も、繰り返している行動だ。
「何やってるんだ、あいつ…もう30分は立ってるぞ」
 待ち合わせの時間は11時半。そのまま一緒に昼食を取って、超常現象の依頼人に話を聞きに行こうと約束した。なのにもう12時だ。
「ったく…」
 イライラと携帯電話を取り出して、上田は短縮NO1に登録してある番号を出し、コールした。
 ──ルルルルル、ルルルルル、ルルルルル…空しく響くコール音。
「もう家は出てるのか…?」
 それでも切らずに、もう少しコール音を聞いてみる。もしかしたら居留守を決め込んでいるのかも。
 ──ルルルルル、ルルルルル、ルルルルル…10回目のコールで切ろうと決めて、再び腕時計に目をやった。
 ──ルルル、ガチャ。丁度10回目のコール音の、最後の方で、やっと受話器を取る音が聞こえた。
「おい!いるなら早く出ろよっ!!」
 怒りに任せて怒鳴りつける、イライラが一層強くなる。
『……』
 だが、受話器の向こうからは何も聞こえない。
「だんまりか?おい…」、
『…あぁ、上田さんですか』
 ボソッと、小さなかすれる声が聞こえた。
「声が変だぞ、どうした?」
『そういえば待ち合わせして…あ、もう12時だ、ごめんなさい…』
 上田の問いには答えずに、受話器からは再びかすれた声。
「YOU…?」
 首を傾げ、息を潜める。ふと、グスッという鼻をすする音が聞こえた。
「YOU…何だ?泣いてるのか?」
 そう思った途端、胸がキリキリ痛み出した。
『上田さん…』
 悲しみに満ちた、かすれた声。
「今行くから、ちょっと待ってろ」
 待ち合わせの約束なんて、もうどうでもいい。上田は電話を切って、駆け出した。

「YOUっ!!」
 ──バタンッと強引に玄関の戸を開けて、目を赤くした奈緒子を見て、上田の胸は一層キリキリと痛んだ。
「早いですね、上田さん」
 が、奈緒子から返ってきたのは、いたって落ち着いた言葉だった。
「大丈夫…なのか?」
「何がですか?」
「や、ほら…電話で、泣いてただろ?」
 あまりに普通に言うので、上田はしどろもどろと返す…
「あぁ、その事ですか。実は今朝起きたら、飼ってたハムが…」
「ん?」
 淋しそうに俯いてから、奈緒子はペットのハムスターが入っているはずのかごに目を向けた。それに反応し、上田も視線をずらす。
「一匹足りないな、逃げたのか?」
 小さく首を横に振り、奈緒子は息をついた。
「…死んだのか?」
 今度は時間を置いてから、こくんと頷く。
「そうか、小さい動物は寿命が短いからな…」
「分かってはいるんです、私よりずっと早く逝っちゃうって事は。でもやっぱり、割り切れなくて」
 悲しそうに視線を落とす奈緒子、再び何かがこみ上げてきたようで、一滴の涙をこぼした。
「YOU…」
 綺麗な涙だと思った。そのまま奈緒子の隣に場を移し、座り込む。
「ヒック…」
 小さくしゃくりあげる奈緒子の頭に手を伸ばし、自分の胸元に寄せた。
「にゃ…?」
「よしよし、悲しかったな。もう大丈夫だ、俺がここにいるから」
「う、上田さん?」
 頭を優しく撫でられて、奈緒子は戸惑いながらも、上田の優しさを感じとっていた。
「命の大切さが身に染みるだろうが、無理しなくていいんだぞ?泣きたい時は我慢して泣くのがいい」
 真面目ぶった太い声になぜか癒され、奈緒子は上田に身を預ける…
「上田さん、なんか優しいですね?」
「俺はいつも優しい」
 フン、と鼻を鳴らしながら言うので、くすくす笑いながら、目を閉じた。

 ──ドキン、ドキン、ドキン、ドキン…心臓の音が聞こえる。
「上田さん」
 奈緒子は上田の胸に頭を寄せたまま、小さく口を開いた。
「何だ?」
 ──ドキ、ドキ、ドキ、ドキ…高鳴りが早くなる。
「ハムは寿命が短いから、皆私より早く死んじゃうんです」
「…だろうな」
「でもハムは私の友達だから、また新しい仲間のハムが増えると思うんですよ」
「…思ったんだが、買う金はどこから出てくるんだ?」
「バイト先に複数で飼ってる人がいて、増えたらくれるんですよ」
「そうか」
 妙に納得したような声が、頭上から聞こえた。
「それでですね、またハムが死んじゃった時…私はきっとまた、悲しくなると思うんです」
「おう…」
 ──ドキドキドキドキ…早鐘のように、どんどん早くなる心臓の音。奈緒子は閉じていた瞼を上げ、上田の顔を見るべく首を捻った。
「そんな時、上田さん…またこうして側にいてくれますか?」
 涙に濡れた瞳で見つめられて、上田はドギマギと奈緒子の髪を撫でた。
「お、おぅ…」
「ホントに?」
「おぅ」
「ホントにホントに?」
 しつこく返事をせがむ奈緒子を見ながら、上田は小さくため息をついて続けた。
「ホントのホントだ」
 上田がそう言うと、奈緒子はパッと離れ、部屋の片隅に置いてあるチラシを拾い、小さなテーブルの上に置いた。
「約束ですよ、ここにちゃんと書いてください」
 ペンを上田の方に差し出しながら、奈緒子は言う。上田はその意図がつかめずに首を捻った。
「何を書けというんだよ?」
「でかくて弱虫ですぐ気絶をする私上田次郎は、山田奈緒子が悲しくて泣きそうな時、側にいます。って、書いてください」
「そりゃ契約だろ?ってか最初の方は余計だ」
「いいから書いてください!」
「分かったよ、仕方ないな…」
 奈緒子からペンを受け取り、上田は綺麗な字で書き始めた。
「ほら、書けたぞ。これでいいのか?」
 上田は文字を連ねたチラシを奈緒子に渡した。
「…日本科学技術大学教授であり、世界が誇る大天才である私上田次郎は、貧乳で貧乏な山田奈緒子が悲しくて泣きそうな時、いつでも必ず側にいます」
 奈緒子はそれを読み上げ、眉をひそめた。
「どうだ?」
「これはいりません」
 上田の手からペンを奪い取り、日本科学〜大天才までと、貧乳で貧乏なの部分を消し、奈緒子は満足そうに微笑んだ。
「いつでも必ず、側にいてくれるんですね?」
「書いただろ」
「えへへ…」
 にこっと微笑み、奈緒子は上田の背中によしかかるようにして座り込んだ。
「何だ?」
「上田さん、さっきドキドキしてたでしょ?」
「し、してない」
「駄目ですよ〜、嘘ついたって」
「いーや、嘘じゃない。ドキドキなんて断じてしていない」
「そ〜ぉですかぁ?」
 さっき上田の胸に頭を寄せていた時に聞こえた心臓の音。上田の、心臓の音。
「ま、そーゆう事にしておいてあげましょう」
「何だよ、側にいてやってるのに」
 むすっとしたまま、上田はさっきのチラシを手元に持ってき、ペンで何か付け足し始めた。
 一番上に『契約書』の文字と、一番下に『有効期限・永遠』の文字。
「あ、上田さん、そういえば大丈夫ですか?」
 突然奈緒子が、何かを思い出したように口を開いた。
「何がだ?」
「また超常現象の依頼があって、今日、会いに行くんじゃなかったんでしたっけ?」
 その言葉に慌てて上田が立ち上がったので、背中によしかかっていた奈緒子はコロンと後ろに転んでしまった。
「にゃっ?!」
「そーゆう事は早く言え!約束の時間まで…あと10分しかないじゃないか!飯は後だ、すぐ行くぞ!!」
「はいはい」
 何もないところで躓いて転びながら、慌てて玄関の方に向かう上田の後姿を見ながら、奈緒子はテーブルの上のチラシに目をやり、嬉しそうに微笑んだ。






 いつか、あの契約書に付け足してもらおう。
 悲しい時だけじゃなくて、嬉しい時も、どんな時も
 私の側にいてくださいって…
 約束じゃなくて、もっと絶対的な事として。







契約ってなんだよ!こーゆう風にしか表現できないのよ、私って…クスン
こーゆうのは奈緒子視点がいいな、うんうん(苦笑)

2004年3月3日完成




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