見つけたのはキラキラしたもの
「 喜怒哀楽 」
喜
「YOU、新しいバイキングレストランが近くに出来たらしいが、行ってみたか?」
すっかりくつろいでいるが、ここは池田荘の、奈緒子の部屋だ。
「は?行ける訳ないじゃないですか…」
「なぜだ?凄く近いじゃないか」
奈緒子は不機嫌そうにため息をついて、上田を睨みつけた。
「近いからって行けるお金があるとは限りません」
「それもそうだな」
「上田さん、喧嘩売ってるんですか?」
「売ったって買う金ないだろ」
「余計なお世話だ!」
ケラケラ笑う上田に、奈緒子は持っていた発泡スチロールの玉を投げつけた。
「こんなもんぶつけられても痛くねーよ」
「あーもう、うるさい!」
投げ返された玉を受け取り、奈緒子はそっぽを向いてしまった。
しばらくの間は、上田も黙っていた。黙って奈緒子が手品の道具を作るのをただぼんやりと眺めて。
「YOU、腹減ってないか?」
けれど黙っていられなかったのか、ボソリと訊ねる。奈緒子の手の動きがピタッと止まった。
「YOU?」
「考えないようにしてたのに…」
カクンと頭を下げて奈緒子が呟いたので、上田はにやりと笑みを浮かべた。
「さっき言ってたバイキングレストラン、行くか」
「上田さんのおごりですか?!」
今度はガバッと顔を上げる奈緒子。
「YOUがおごってくれるのか?」
「そんな金ないって言ってるじゃないですか」
「よし、じゃぁ今日は俺のおごりだ」
「やったー!わーい」
上田の言葉に、嬉しそうにはしゃぐ奈緒子。にこにこ笑顔のまま、立ち上がって玄関の方へと向かう。
「おい、YOU!頼むからその格好で行こうとするのはやめろ」
「え?」
奈緒子が着ているのは、部屋着の赤いジャージとTシャツ。
「せめていつもの…草原の少女風のにしてくれ。そのジャージは一緒にいるのも躊躇われる」
「躊躇ってないじゃん」
「今は別だ、他に誰もいないからな」
「分かりましたよ。じゃ、着替えます」
「うむ」
奈緒子は玄関から奥の部屋に移り、着ていく服を物色し始めた。
怒
「上田さん…」
「ん?」
「いつまでそこにいるつもりですか?」
「は?」
服を選び終え、奈緒子は上田を見下ろす形で立っていた。上田は何の事かまだ気付かない。
「着替えるんだから出てけよ」
「お?おぉそうだった」
「そうだったじゃない、馬鹿上田!覗く気か?」
「色気も胸もないYOUの着替えなんか誰が覗くかっ」
憎まれ口を叩きながら、上田は慌てて外に出た。あんまり慌てたものだから、靴を履くのを忘れた。
「よし、行くぞ、上田!」
少しして奈緒子がいつもの服に見を包んで出てきた。
「ちょっと待て」
「は?」
上田が玄関に入り込んで靴を履いてるのを見て、奈緒子は首をかしげた。
「なんで靴履かずに出てるんだ?」
「暑かったからだよ」
「変な上田さん」
靴を履いて、鞄を持った上田が先を歩いた。
「あれ?車で行くんじゃないんですか?」
上田がパプリカの横を通り過ぎたので、奈緒子はまたも首をかしげる。
「オープンして間もないから、駐車スペースもないだろ、どうせ」
「あ、そっか」
てくてく二人は歩き始めた。
哀
「あれ?」
バイキングレストランの前にきて、今度は上田が首をかしげた。なんだか騒がしい、人だかりも出来ている。
「うわー、混んでますね。入れるかなぁ?」
奈緒子は上田のおごりと言う事もあって、早く中に入りたいようだ。
「何だかおかしいな?」
「何がですか?」
上田は奈緒子の問いには答えず、たかっている人ごみの中から一人選び出し、声をかけた。
「何かあったんですか?」
「小火ですよ、小火。中にいた客も全員外に出されちゃって…今日はもうこれで終わりでしょうねぇ」
その人は物珍しそうに、店の方から視線をずらさず答えた。
「えぇ!終わり?!」
奈緒子の悲痛な叫びが響くが、丁度到着した消防車のサイレンに掻き消された。
「久しぶりに腹いっぱい食べられると思ってたのに…」
今にも泣き出しそうな奈緒子に慌てて上田は手を伸ばし、頭を優しく撫でた。
「ゆ、YOU、泣くな。ほら、消防車だ!」
「消防車で腹が膨れるか!」
悲しそうな、恨めしそうな顔で上田と消防車を睨みつけ、奈緒子はその場にしゃがみ込んでしまった。
「YOU、そんなとこで…」
「バイキング、バイキング…焼肉、寿司、中華…食べたかったな」
「YOU、ほら立って…ここにいると他の人達の邪魔になるだろうが」
「もうお腹ペコペコ、動けません」
いじけた様子で小さく呟くので、上田は意を決して、奈緒子を抱きかかえた。
「うにゃっ?!な、何するんですか!」
「動けないんだろ?」
「そ、それとコレとは話が別だ!」
腕の中で暴れる奈緒子を余所に、上田はその場を離れた。
楽
「にゃー!離せー!ひとさらい!おろせ〜!」
「人聞きの悪い事を叫ぶなよ」
しばらく歩いたところで、上田は奈緒子を木の椅子に座らせた。
「あにゃ?」
奈緒子の目に映ったのは、暖簾と、いっぱいの湯気。
「いらっしゃいませ〜」
湯気の向こうには、人の良さそうなおじさんが笑顔を向けてたっていた。
「おじさん、とりあえずちくわとはんぺんと、がんもとこんにゃくとたまごをこいつに。俺は大根とこんにゃくとはんぺん」
上田も奈緒子の隣に腰をおろし、おじさんにそう声をかけた。
「はいよ」
そして奈緒子の前に置かれた…おでん。そう、ここはおでんの屋台だ。
「頂きます!」
奈緒子はそれだけ言うと、凄い勢いでがっつき始めた。
「ははは、お嬢ちゃん、いい食べっぷりだね」
おじさんが嬉しそうに笑う。上田も苦笑いを浮かべ、前に出された大根をかじった。
「美味しい!上田さん、美味しいですね!」
「食ったら他にも頼んでいいぞ」
「本当ですか?じゃ、これとこれと…あとその白いやつも!」
「はい、毎度!」
目の前に再び出されたおでんの具に目を輝かせ、奈緒子は上田の顔を覗き込んだ。上田の眼鏡は湯気で曇ってしまっている。
「ねぇ上田さん」
「なんだ?」
「これ、屋台ですか?」
「それ以外にどんな名称があるんだ?」
「確認してるだけですよ。うわ〜、コレが屋台かぁ」
はんぺんをかじりながら、上田は曇った眼鏡越しに奈緒子に目を向けた。
「YOU…屋台初めてか?」
「ええ!楽しいですね!」
眼鏡を外してみると、ぼんやりとだが、楽しそうにおでんの具をつつく奈緒子の笑顔が見えた。
「そうか…ま、バイキングはまたの機会にして、今日はこの美味い屋台で美味いおでんをたらふく食えよ」
「そうします」
奈緒子は本当に楽しそうだ。
喜んだ顔
怒った顔
悲しみに歪む顔
楽しくて笑う顔
君の喜怒哀楽は、いつだってどれだってキラキラしてる
僕の、宝物。
調子がいいんだか悪いんだかよく分かりません。
しかし…久しぶりにちゃんと書いてるような気がする。
まぁ、頑張れよ、頑張るよ、うん(自分に言って自分で返事)
2004年3月5日完成
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