いつでも構わないから。





 「 体脂肪 」





「YOUは細いな」
 池田荘で、いつもの青いジャージにTシャツを着た奈緒子を見て、上田がボソリ、呟いた。
「は?今、何か言いましたか?」
 だが奈緒子の耳に、それは届かなかったようだ。髪を揺らして、牛乳を飲んでいる。それも1リットルの紙パックに入ったものを、ラッパのみで。
「…YOUは、もやしみたいだと言ったんだ」
「もやし?もやしってあの…野菜の?」
 ゴク、ゴク、ゴク…と、一通り飲んだ後で、会話のキャッチボールが始まる。
「野菜以外にもやしなんてないだろう」
「そりゃそうですけど…なぜもやしなんだ?」
 白くて、半透明で、細いもやしを思い浮かべ、奈緒子は首をかしげた。
「ひょろっとしてる。胸もないし…」
「もやしに胸があってたまるか」
 奈緒子がムッと膨れたので、上田はククッと声を立てて笑った。
「つまり、YOUはひょろひょろして細いというわけだよ」
「それが何か?」
 まだ怒っているようで、奈緒子は牛乳に続き、上田の持ってきたバナナを貪りながら、そっけなく言った。
「もう少しくらい、太ってもいいんじゃないか?」
 ──ペシッ…上田がそう言った途端、奈緒子は持っていたバナナの皮を上田に投げつけた。
「何するんだ…ゴミはゴミ箱に、だろ」
 ぶつけられた皮をゴミ箱に向かって投げながら、上田は黙っている奈緒子に言う。
「上田さん…」
「なんだ?」
 奈緒子は、今度は袋の中から林檎を取り出すと、それにかじりつきながら、口を開いた。
「今日、何しに来たか分かってますか?」
 シャリシャリと林檎をかじる奈緒子に、上田は視線を戻した。そのまま、奈緒子の両脇を見つめる。大きなビニール袋が二つ。
「分かってるぞ。YOUが餓死するのを防ぐために、忙しい中わざわざ来てやったんだ」
 ──バシッ…今度は、林檎の芯が上田に投げつけられたが、上田はそれをナイスキャッチした。
「YOU、ゴミ箱はYOUの方が近くにあるんだから…いちいちこっちに投げるなよ」
「うるさい!来るんならこんな野菜とか果物じゃなくて、もっと元気が出る物持ってきてくださいよ!」
「例えば?」
「例えば…肉とか」
「ほうほう、あとは?」
「あとは…肉とか」
「肉ばっかかよ」
 突っ込む上田をヨソに、袋から、今度は苺の入ったパックを取り出し、洗いもせずに口に運び出した。

 朝、大学の研究室で、自身の論文を書いていた上田の元に、一本の電話がかかってきた。
「はい、もしもし?」
 この忙しい時に…苛々と受話器を耳に押し当てて、電話の向こうの人物に冷たい声を投げかけた。
「…もしもし?」
 だが、返答はない。
「もしもし?誰だ?」
『…さん』
 か細い声が聞こえた。
「誰だ?」
 そのか細い声は、聞き覚えがあった。
『う、上田さん…』
「YOU?何だ、どうした?」
 奈緒子の声だと気付くのに、しばらくかかった。
『助けてください、上田さん…』
「は?どうしたんだ?」
 弱々しい、か細い声に、何事かと眉を顰めた。しかも、奈緒子が自分に助けを求めてくるなんて…、不安が押し寄せてくる。
『お腹すいて…動けないんです…』
「は…?」
 自分の耳を疑った。
『このままじゃ…』
 ──ガチャン…会話の途中で通話が途切れた。
「え?なんだって?おいYOU…どうした?」
 ──ツー、ツー、ツー…受話器からは、虚しい音が聞こえてくる。
「腹減って、動けないだと?またバイト、首になったのか?」
 今日はまだ講義も残っているし、帰りにでもコンビニ弁当を幾つか買っていってやろうと、上田は思っていた。
 だが、どうも気になる。
「今までも、何度か空腹で苦しんでいる事はあったじゃないか」
 だが、上田に電話してきてまで現状を打破しようとはしない。というか、電話してくるのなんて、初めてじゃないか?
「だめだっ、気になって講義どころじゃない!」
 自分の頭をグシャグシャを掻きたて、そのまま財布と車の鍵だけ掴んで大学を後にした。
 途中大きなデパートに立ち寄り、すぐに口に出来る果物や栄養価の高い野菜などを買い込んだ。

「で、一体何日くらい絶食してたんだ」
 苺を食べ終え、次に大きな赤いトマトをカプッとかじる奈緒子に、上田は言った。
「ひっひゅうひゃんひゃふ」
「は?」
 口一杯に物を入れているので、何を言っているのかさっぱりだ。聞き返す上田に、奈緒子は人差し指を立てて見せた。
「一週間…か?」
「はひ」
 二つ目のトマトに手を伸ばしながら、コクンと頷く。
「あのなぁ、YOU…こんな生活続けてると、本当にいつか餓死するぞ?」
 講義を休講にしてまで食料を持ってきて良かったと、上田は心からホッとしながら言う。上田が池田荘に到着した時、奈緒子は電話の近くに突っ伏して倒れていたのだ。
「だいひょーふれすよ」
 だが当の奈緒子は、上田の心配をヨソに、突如起き上がって持っていた袋を漁り出したのだ。
「顔色も悪い」
 いつの間にか両手で二つのトマトを持ってぱくついている奈緒子の頬に、上田は手を伸ばした。
「うひゃっ?!な、何するんですか?」
「何って…トマトのツブツブが付いてるから取ってやったんだよ」
「あ、そうですか…」
「それとなぁ、もう少しゆっくり食え。一週間も空っぽだったんだ、胃袋がびっくりして吐くぞ?」
「あ、それは大丈夫です。慣れてますから」
「慣れるなよ」
 上田には構わず、奈緒子は再び、袋の中の物を口に運び出した。
「YOU、体脂肪はどのくらいだ?」
「さぁ」
「さぁって…」
 チーズやらチョコレートやらを見つけたようで、にんまりと笑みを浮かべ、食べつづける奈緒子。
「そんなの、計った事、ありませんから」
 そうか、体脂肪計を買う事も出来ないんだった、このド貧乏娘は…呆れつつ、上田はフッと微笑んだ。
「なぁYOU…」
「なんれすか?」
「頼むから、せめて動けなくなる前に言えよ。俺だって一応名の売れた大学教授だ、本の印税もある。YOUの一人や二人に飯を施すくらい、わけないぞ?」
 テーブルの上に散らばったドラーフルーツの欠片を一つ、口に投込みながら上田は言った。奈緒子は、少し驚いた顔で上田を見遣り、首を横に振った。
「や、家賃とかも上田さんに払ってもらってるのに、その上食費まで出して貰おうなんて…いくら私でも、そこまでは」
「しおらしいYOUは気持ち悪いぞ、そんな事、気にするな」
「じゃぁ…」
 奈緒子も散らばったドライフルーツの欠片をかき集め、まとめて口の中に運んだ。
「ん?」
「明日でいいんで、焼肉、食べに連れて行ってください…」
「よし、いいぞ」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ、またあんな…今にも死にそうな電話がかかってくるよりずっとましだ」
「えへへ」
 上田の優しい言葉に微笑み、奈緒子はまた袋の中の食べ物にかじりついた。

「じゃぁな、とりあえず今日はそれで、腹を膨らませておけ」
「すみません、上田さん。ホント、助かりました」
 玄関で上田を見送りながらも、奈緒子はチョコレートにかじりついていた。
「もう少し、時間かけて食えよ。じゃないと体重も激増するぞ」
「大きなお世話だ!」
 はははと、声を立てて笑う上田。ふと、奈緒子は上田のベスとを握り締めた。
「ん?なんだ?」
「え?あ、いえ…あっ、明日、焼肉、忘れないで下さいよ」
「おぅ、武士に二言はない」
「武士じゃないだろ」
「まぁ気にするな、それよりYOU…」
「はい」
 ベストから手を離した奈緒子の頭に、上田は手を伸ばす。くしゃくしゃっと撫でて、上田は何も言わずその手を戻した。
「何ですか?上田さん」
「いや、なんでもない」
 そして池田荘を後にする。愛車、次郎号の運転席に乗り込むと、池田荘の、奈緒子の部屋に目を向けて、小さく呟いた。
「もうちょっとくらい、頼ってくれても、全然構わないんだがな」
 それでも、ギリギリのところで頼ってくる事に変わりはない。それだけでも、良しとしようと、上田は優しく微笑んだ。






 時間をかけて、築いていこう。
 君がもっと、自分を頼ってくれるように…







体脂肪ってなんだよっ!(いきなりキレる)
随分前に、友人の家の体重計で量らせてもらった記憶があるけど…覚えてないなぁ。
標準とかも分からないし。成人女性の標準体重すら分からないよ、ってか興味ないよ。
なんか途切れ途切れ書いたから内容も微妙です…はぁ、いやんなるなぁ(自分が)

2004年3月14日 完成




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