懐かしい、そしてせつない。





 「 シャボン玉 」





 突然目の前に、虹色に揺らめく大きな透明の球体が現れ、はじけた。
「にゃっ?!」
 思わず声を上げる。
「あー、一番おっきぃのこわれちゃったぁ…」
 まだ驚いている奈緒子の後ろから、子供の声。振向くと、小学校低学年くらいの男の子が立っていた。その手には、小さな細い筒とピンク色のプラスチックの容器。
 あぁ、今のはコレか…フッと、男の子に笑みを向ける。
「シャボン玉、してたの?」
 しゃがみ込んで静かに声をかけると、男の子はコクンと頷いた。
「おねーちゃんもする?」
 そう言って、男の子は奈緒子に細い筒を差し出した。
「え、いいの?」
「うん、いいよ」
「じゃぁ、ちょっとだけさせて貰おうかな」
 筒とピンクの容器を受け取り、立ち上がる。筒の先に容器の中の液体をつけて、静かに息を吹き込んだ。
「わぁ〜…」
 大き目の球体の後に、小さな球体が続けて出てくる。男の子が歓声を上げたので、奈緒子はもう一度、先の行為を繰り返した。
 あたり一面に、沢山のシャボン玉が揺らめいた。
「おねーちゃん上手!」
「えへへ、そう?」
「うん、上手!もっとやって!」
 男の子があんまり喜ぶものだから、奈緒子は何度も、筒を吹いた。

 突然目の前に現れたそれに、上田は目を丸くした。
「なん…だ?」
 目の前に、日の光を受けてキラキラ揺らめく透明の球体が、大量に現れた。風にのってフワフワ上の方に上がっていく。
「シャボン…玉?」
 よく見ると、すぐ横の公園から流れてきているようだった。
「わぁ〜、綺麗!綺麗!おねーちゃん、もっとやって!」
「もっとやってー!」
 子供たちの歓声が聞こえた。何をしているのだろうかと首をかしげながら、上田は公園内に目を向けた。
 数人の子供たちが、誰かを囲んで集まっている。その中心にいるのは髪の長い女、上田からは後ろ姿しか見えなかったが、すぐにそれが誰だか分かった。
「YOUじゃないか」
「え?」
 髪を揺らして振向くその姿に、心臓が大きく跳ね上がった。
「なんだ、上田さんじゃないですか」
 キラリ、キラリ。
 小さなシャボン玉が、日の光を受けて輝く。その中に、奈緒子が立っている。
「おねーちゃん、もっとやってよぉ」
「え?あぁ、うん、いいよ」
 何も返さない上田を気にも止めず、奈緒子は再び筒を吹いた。沢山のシャボン玉。
「きれーい、キラキラしてる!」
 一人の小さな女の子が声を上げた。それを見て、息をつく。

 確かに、綺麗だ。

 素直にそう思った。ただ子供たちと違うのは、シャボン玉ではなく、奈緒子を見てそう思ったと言う事。
「おじさん、おねーちゃんの友達?」
 ぼんやりたたずんでいると、奈緒子の足元にいた男の子が声をかけてきた。
「あ、あぁ、まぁ…そうだな」
 小さな子供は苦手だ、何を言い出すかわからないし、行動も読めない。けれどそんな事を思っているとは悟られぬよう、上田は男の子に笑みを向けた。
「おねーちゃん、シャボン玉つくるの上手なんだ。ぼくね、シャボン玉好きなんだけど、お父さんみたいに上手くつくれなくて。ここで練習してたの」
「そうか…」
 男の子は無邪気な笑顔で上田に向かって喋りつづける。
「あのね、そしたらおっきなシャボン玉が出来て、ぼくソレを追いかけてたの。そしたらおねーちゃんの前でこわれちゃったの」
「それは残念だったな…で、上手につくれるようにはなったのかな?」
 少し戸惑いながらも、上田が目線を男の子に合わせながらそう言うと、男の子は困ったようにはにかんだ。
「ん?」
「練習、やめちゃった」
 悪戯っ子のようなはにかんだ笑顔で男の子は続けた。
「シャボン玉ふくおねーちゃんを見てる方が、ずっと楽しいんだもん」
「なっ…?!」
 自分と同じ事を思っている少年に、思わず対抗心を燃やす上田…
「少年!一度決めた事を簡単にやめるなんて、男らしくないぞ!」
 つい声を荒げてしまい、集まっていた子供たちと、奈緒子の視線が上田に集まった。
「上田、何でかい声出してるんだ?」
 ひとしきり楽しんだ奈緒子が、上田の側に立つ男の子に筒と容器を返しながら、呆れた表情で口を開いた。
「や、な、なんでもない」
 どもりながら答える上田とは逆に、男の子は受け取った容器を突っ返すようにして、満面の笑みで言った。
「おねーちゃん、もっとやって」
「「えっ?!」」
 なぜか、上田と奈緒子がほぼ同時に同じ声を上げた。思わず顔を見合わせる二人。
「え、どうして上田さんはそんな声上げるんですか?」
「え?あ、いや…それよりYOUは、どうしてそんな声を上げたんだ?」
 考えている事を悟られぬよう、上田は必死に矛先を奈緒子に向けた。
「私は、そろそろ帰ってご飯でも食べようかなと…」
 おなかを抑えている奈緒子を見て、上田は思わず苦笑いを浮かべた。
「そうか…」
 だが男の子がこの理由に納得するわけが無い。泣きそうに表情を歪ませ、上目遣いで口を開く。
「えぇ〜、ぼく、おねーちゃんがふくシャボン玉、もっと見たいよ!だって、とっても綺麗なんだもん!」
 困ったように、奈緒子はつい、筒と容器を受け取ってしまった。
「しょうがないなぁ…」
 でも、困りながらも、ふぅっと一回ふいた。小さな沢山のシャボン玉が風に流れていく。上田は一層ドキリとした。
「おねーちゃん、きれい!」
 やはりフリだったのだろう、男の子は手のひらを返したように喜んだ。上田はこの男の子への対抗心に加え、妙なやきもちを抱き、奈緒子の手から筒と容器を奪い取った。
「うわっ?!何するんですか?」
「YOU、この少年は、自分でも上手にふけるように練習していたそうだぞ。YOUがふいてちゃ、練習にならないだろう」
 上田がチラリと男の子を見遣りながら言うと、男の子はむすっとした表情になった。
「練習はもういいの、だっておねーちゃんがふいてるとこ見てる方がずっと楽しいんだもん」
「いーや、男が決めた事を、そんな理由で変えるなんてかっこ悪い。立派な大人になれないぞ!」
「だって練習しても上手にできないんだもん!」
 言い合う二人に、奈緒子はただただ呆気に取られるばかり。
「こぉやるんだ、よく見てろよ!」
 そして上田は何を思ったのか、筒の先を容器の中に入れて液体をつけ、出した。
「シャボン液をつける量は適量!」
 どうやら説明しながらふく気らしい…男の子は睨みつけるような眼差しで上田を見ている。
「筒を咥えたら、力はいれずにふーっと吹く!アツアツのうどんをすする時に、ふーっと冷ます為に息を吐くだろ。あーゆう感じだ!」
 そして筒に口をつけ、ふーっとふく。奈緒子がやったのと同じように、筒の先から沢山の小さなシャボン玉が、空へと向かって流れ出た。
「うわぁ〜…」
 男の子が感嘆の声を上げた。それは、肺活量の違いによって、奈緒子がふいた時よりたくさんの球体が現れたからだ。
「おじさん上手だね!」
「ははは、そうだろ。じゃぁおじさんたちは帰るから、あとは自分で勝手に練習したまえ」
 筒と容器を男の子に渡し、上田は奈緒子の腕を掴んで歩き出した。
「う、上田?」
「よし、YOU…うどんでも食いに行くか。奢るぞ」
「え、本当ですか?じゃぁうどんじゃなくて焼肉にしましょうよ!」
「いーや、今日はうどんが食べたいんだ、そういう気分だ」
 奈緒子の腕を握ったまま、上田はすたすた歩く。慌てて横に並ぶ奈緒子…その様子はまるで、手を繋いだ恋人同士のようだ。
「あ〜ぁ、おねーちゃん、行っちゃった…」
 あのおじさん、おねーちゃんのカレシだったのかな?…男の子はそう続けて、さっそく練習しだした。

「上田さん、なに子供相手にムキになってるんですか」
「ん?」
 しかたなくうどんで手を打った奈緒子は、クスクス笑いながら、上田の顔を覗き込んだ。腕はまだ握られたまま。
「さっき。ムキになって教えてたでしょう、何でですか?」
「あの少年が、簡単に諦めようとしていたのが気に食わなかっただけだよ」
「へぇ〜、変なの」
 言えるわけ無いだろ、あんな子供に嫉妬したなんて…上田は心の中で呟いて、つかんでいた腕を離した。






 キラリと揺らめくシャボン玉に包まれた君は、とても綺麗だった。
 久しぶりにふいたシャボン玉は、少し楽しかった。
 シャボン玉なんて…懐かしいな。
 そういえば、あれはもしかして、関節キスだろうか…?







最後の4行、何か変だ…
さて、久々に書きました、微妙なものを(微妙なのはいつもだけどさ・笑)
お題、どんどん難しくなっていく…

2004年3月21日 完成




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