血、故に…





 「 血 」





 私の中には、忌々しい血が流れている。ずっと長い間繋がれていた、その忌々しい因習の中で…
「んんっ…ふぁ…」
 大きく伸びをしてベンチに座り込んだ。
「っ疲れたぁ…」
 珍しくマジックの仕事が続いていた。つまり、腕が上がったと言う事だろう。
「う〜、手が痛い…」
 細かい仕掛けのマジックを幾つも、しかも素早く行っていたものだから、手首や手のひらまでだるさを伴う痛みが走る。
 ふと、腕をぶらぶらさせながら空を見上げた。今にも雨が降りそうな嫌な空模様だが、どこか懐かしい。
 あの日も、こんな空だった…父が死んだあの日だ。
「YOU?」
 ぼんやりと空を見上げているところに、突然呼ばれた。名前を呼ばれたわけではないのに自分の事だと分かる、もう慣れた…
「上田さん」
 髭面眼鏡の男が、物珍しそうに近付いてきた。
「珍しいところで会うな、その格好からするに、マジックの仕事か?」
 今日の奈緒子は、チャイナではないが少し派手な、民族衣装のようなものを着ていた。
「えぇ、まぁ」
 まじまじと見られて、少し気恥ずかしそうに肩をすくめた。
「どうだ、調子は。またクビにならないように頑張れよ」
「珍しいですね、上田さんがそんな風に励ましてくれるなんて」
「家賃の肩代わりをするのはもうごめんだからな」
 ククッと声を立てて笑う上田を軽く睨みつけ、柔らかく微笑んだ。
「今回は調子がいいんですよ、お客さんが消えたりもしないし」
「ほぉ、凄いな」
 えへへへ、と嬉しそうに笑みを浮かべた。

 彼女には不思議な血が流れている。それはとても魅惑的で、私は興味が尽きない。
「上田さんは、どうしてこんなところに?」
 嬉しそうな笑みを浮かべたままで、奈緒子は上田の顔を覗き込むように身ながら口を開いた。
「ん、あぁ、ちょっとな…」
 大学で、最近ここに可愛らしい手品師がいるという噂を聞きつけて、もしやと思って来たなんて、口が裂けても言えないと思った。
「私にとっては上田さんの方が、ここにいるのが珍しいですよ?」
 にこっと白い歯を覗かせて笑う奈緒子に、上田はつい苦笑いで返した。
「あ、あぁそれより、手、どうかしたのか?」
「え?手?」
 さっきからブラブラ揺らしている手に、慌てて話の方向を変える。
「手だよ、さっきから揺らしてるだろ」
「ちょっとだるくて、ショーで酷使しすぎたかな?」
 チッ、と小さく舌打ちし、上田は奈緒子の腕を取って歩き出した。
「上田さん?」
「だるいんだろ?そう言う場合は、冷やしたり暖めたりするのがいいんだ」
「あ、そうなんですか?」
「そうなんだよ」
 半ば強引に手を引き、上田は水呑場へと向かった。掴んでいる奈緒子の手は、少し熱を帯びている…それなら冷やす方がいいだろう。
「何か上田さん、優しいですね」
「俺はいつだって優しいだろ」
「いつっていつですか?」
「いつもだよ」
 そんな遣り取りをしながら、上田は奈緒子の腕に水をかけた。
「うひゃぁ、冷たいっ」
「でも気持ちいいだろ?」
「えぇ、まぁ…」
 しばらく黙って、奈緒子の腕に水をかけていた。熱を帯びた腕は段々と冷たくなっていく。
「白いな…」
「は?何がですか?」
 上田は奈緒子の腕をじっと見つめたままで小さく呟いた。
「YOUの…肌は白いな」
 それにすべすべしてる…そう思いながら、奈緒子の腕に指をツツツっと滑らせた。
「うぁっ、こそばっ!!」
 妙な感じ慌ててその手を振り払う奈緒子だったが、場所が悪かった。
「あっ、YOU…!」
「っつ…?!」
 ガッ…と、水道の蛇口の部分に手をぶつけてしまったらしい。

「っつー…」
 ズキンと痛む。
「大丈夫かっ?」
 上田に手をとられ、痛むところに目を向けた。赤いものが滲んでいる。
「うわっ、上田さん、血!血が出てる!」
「落ち着けYOU、ちょっとかすっただけみたいだ」
 普段、あまり怪我などしない奈緒子だが、ガラにもなく自分の血で少しパニックになりかけていた。が、それはすぐに治まった…代わりに心臓が、大きく跳ね上がった。
「う、うえ、上田、さ…」
 奈緒子の腕を掴んで、上田は血の滲んだところに口付けていた。ペロッと舌で傷を舐める。
「消毒だ」
「舐めるなっ!」
「あとでちゃんと消毒してやる、応急処置だよ」
「やめろってば」
 顔が熱い、多分赤くなってるだろう…気付かれないように顔を背けながら、上田の手を振り払った。
「人の親切は素直に受け取った方がいいぞ」
「でもっ、血なんか舐めて…気持ち悪くないですか?」
 私の中には、忌々しいあの島の血が流れているのに…
「…鉄の味がしたぜ」
「てっ、鉄の味って…」
「知らないのか?血液の成分は…」
「ウンチクはいいからっ」
 話を止められて、上田は不満そうに表情を歪めた。
「フン…ま、いいがな」
「っく…じゃ、私、午後のショーがあるんで」
「おう、ミスするなよ」
「言われなくてもしません、私を誰だと思ってるんですか!」
「…貧乳マジシャン、だろ?違うか?」
 ギッときつく睨みつけ、いつの間にか掴まれた腕をまたも振り払った。
「うおぉぅっ?!」
「天才美人マジシャンだ!」
 勇んで見せるが、なぜか上田は嬉しそうに微笑んで、奈緒子の肩をポンッと軽く叩き、歩き始めた。
「う、上田?」
「午後のショーがあるんだろ、手、無理すんなよ」
「あ、はい…って、なんだアイツ…変なの」

 最後の方、奈緒子が小さく呟いたのは聞こえないフリをし、大学へと戻るために歩き出した。
「鉄の味…か」
 自分で言っておきながら、少し違うような気がした。
「おかしいな、血液には鉄分が多く含まれているから、鉄の味でいいはずなのに…」
 どちらかというと、柘榴に近い味かな?とつい首を傾げ、柘榴を口にした事がないことに気付く。
「クッ…馬鹿だな、俺も…ん?」
 ズキン、と手の甲に痛みが走った。見ると、細い赤い線…先ほど奈緒子に手を払われた時についたのだろう、引っかき傷だ。
「あいつ…爪を切れよ、痛いじゃないか」
 なんとなく、さっきの奈緒子の血の味を思い出して、レロッとその傷を舐めてみた。
「…まずい」
 細い細い引っかき傷。血なんて出ていない、だからするのは、肌の味。
「血の味、鉄の味、柘榴…」
 柘榴は、人の血肉の味がすると、何かで聞いたような気がする。
「柘榴…食ってみたくなってきたな」
「上田さん、知ってましたか?」
「何がだ?」
 後ろから声をかけられて、いつものように答えた。
「柘榴がどうして血の味がするか…それは柘榴の木の下には、死んだ人が埋まって…」
「やや、やめろっ…っておい、なんでYOUは俺の後に付いてきてるんだ?これから午後のショーがあるんじゃ…」
 そこにいたのは、先ほど別れたばかりの奈緒子だった。
「これ」
 驚く上田の目の前に、奈緒子はしれっとした表情で手を突き出した。
「て…?」
「指が思うように動かなくって、それを言ったら今日はもう帰っていいって」
 何ともいえない笑顔を浮かべて腕を上田の前でブラブラ揺らす。
「それ、クビって言わないか?」
「言いませんよ、だってしっかり休んで明日からもヨロシクって言われましたもの」
「そうか…ん、じゃぁ何で俺の後をついてくる?」
 なぜか妙にドキドキする。
「さっき上田さん、こっちの傷の方、あとでちゃんと消毒してやるって言ったじゃないですか」
「あ、あぁ、それか…分かったよ。じゃぁ大学で手当てしてやる」
「えぇ、お願いします」
 そのまま二人は、並んで歩き始めた。上田はなぜか早くなる自分の鼓動に戸惑いつつ、平静を装うので必死になってきた。
「あれ?上田さん、手の甲に傷が…それ、もしかしてさっき私が?」
「あ?あぁ、そうらしい…いっ?!」
 言い終える前に奈緒子は上田の手をとって、傷口をまじまじと見つめた。
「お、おい…?」
「血は出てませんね」
「あぁ…?」
「私なんかさっきの傷、着がえる時に引っ掛けちゃって、また血が出てきたんですよ!不公平だと思いませんか?」
 奈緒子が手を、傷のところを見せ詰めるように上田の前に突き出した。さっきは気付かなかったが、確かにまた血が滲んできているようだ。
「血…」
 あぁ、もう駄目だ。さっき舐めた時に、色々ヤラレてしまったらしい…上田はぼんやりそう思いながら奈緒子の腕を掴んだ。
「上田さん?」
 奈緒子が止めるより先に、さっきと同じように傷を舐めた。
「YOUの味がする…」
「吸血鬼じゃないんだからやめろ!」
 言われてそれもそうだがと思うが、なぜかやめられない。ドクドクと脈打つ心臓、自分に中に吸収される奈緒子の血…
「こ…の、エロ上田!」
 ゲシッ…と、勢いよく蹴られて正気に返った。
「おぉぅっ…何やってたんだ俺は…」
「バーカ!」

 ドクドクと脈打つ鼓動は、奈緒子も同じだった。
「エロいぞ、馬鹿!」
 忌々しいこの血に触れないで。舐めるなんて…なおさら嫌だ。
「おかしいな、YOUの血には麻薬効果でもあるんじゃないか?」
「あるわけ無いだろっ」
 ありえない、アナタがこの血に惹かれるなんて…
「おいYOU!何で血を舐めたぐらいでエロいんだ?エロって言うのはだな…」
「解説するなよ!」
 きっと全てを壊してしまう、醜い私に触れないで…
「でもYOU…不味くはなかったぞ」
「…そんな事、あるわけないじゃないですか!だって私のは、あの島の忌々しい島の血なんですよ!お腹壊すかもしれませんよ!」
 最後の一言は奈緒子自身首をひねったが、言ってしまったものは仕方ないだろう…言われた上田はキョトンとしている。
「YOU、大丈夫か?頭までどこかにぶつけたのか?」
「ぶつけてないっ!」
 額に触ろうと伸ばしてきた手を払いのけ、奈緒子は上田を睨みつけた。
「…YOUの血は忌々しくなんかないよ」
「忌々しいですよ」
「YOUには、美人で気立てのいいお母さんと、天才マジシャンのお父さんの血が流れてる…それだけだろ?」
 優しく言われて、はっと目を見開いた。
「あ、あの…」
「血なんて、そんなもんだろ」






あぁ、血ゆえに、彼女は苦しんでいる。
ならば俺が、全部舐めとってしまおうか?
彼女が安心できるまでずっと
何て言うか、もうむしろ
俺は君の血の虜だよ。







キショイ!キショイよ!誰か、タースーケーテー!(笑)
上田吸血鬼かよっ!あ、それはそれで面白いカモ(笑)
とにかくまぁ、何て言うか…ごめんなさい(とりあえず詫びる)

2004年4月14日 完成




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送