手作りがいいとは、限らないけど。





 「 ハンドメイド 」





 チク、チク、チク、チク。
「…あ痛っ?!む〜、刺さった…」
 パクン、と左手の人差し指を咥える。右手には、銀色の針。
「YOU、何やってんだ?」
「うぁっ?!う、上田…いつの間に」
 背後から突然声をかけられて、奈緒子は指を咥えたまま振り返った。
「今来たとこだ、インターフォン押しても鳴らなかったから、勝手に上がらせてもらった」
「切れてんですよ、電池。ジャーミーの奴が後で替えとくって言ってたんですけど…」
「ふぅん…で、何やってるんだ?」
 上田は奈緒子の手元に目を遣りながら、向かいに腰を下ろした。その手にはコンビニの袋。
「あっ!それ!何ですか?食べ物?」
 質問には答えず、上田の手からその袋を奪うようにして取り上げる。
「わらび餅だよ。じゃなくて、質問に答えろって」
「ちっ、またわらび餅か…仕方ない、食ってやる」
 空腹だったのだろう。質問に答えるよりも、食べ物を胃に収める事の方が奈緒子にとっては先決だ。
 それを分かっていながらも苛つく上田は、小さく舌打ちをして、わらび餅を貪る奈緒子を眺めた。
「コンビニで売ってるものにしては美味しいですね、コレ」
「そりゃ良かったな」
 機嫌が良くなった奈緒子とは逆に、吐き捨てるように、不機嫌そうに一言。ちらっと、手元のそれを再び見遣る。
 布切れ。それ以外の何物でもない。そして先ほどまで奈緒子の右手にあった銀色の針は、小さなテーブルの上に置かれた布切れの固まりのような丸い物に刺さっている。頭の穴から、糸を連ねて。
「YOU、裁縫してたのか?」
「ええ、そうですよ」
 聞かれた事にだけ答える奈緒子は、いつもと同じでそっけない。いつの間にか全てのわらび餅を食べきったようで、テーブルの片隅にはプラスチックの容器が積み重ねられている。
「何作ってるんだ?」
「上田さんには関係ないものです」
 会話が終わる。奈緒子は再び針を右手に持ち、チクチクと縫い物をし始めた。手持ち無沙汰な上田は、とりあえず自分の為にお茶を入れる事にした。
「YOU、お茶飲むか?」
「あ、はい」
 俯いて作業をしながら、短い返事。それでもつき返すような言い方ではない事に、少し救われる。
「ほら、熱いから気を付けろよ」
 コトン、とテーブルの上にお茶の入った湯飲みを置く。
「どうも」
 
 チク、チク、チク、チク。
 奈緒子は黙ったままで、作業を続ける。最初はコレといってする事もなく、意味もなく立ち上がってはお茶を入れ、後はじっと座って奈緒子の手元を眺めていた。しばらくすると、何だか楽しくなってくる。
 奈緒子の白い綺麗な手が、布の上を滑るように行ったり来たり。器用だなぁなどと思いながら、じっと見つめる。ついつい、口元が緩む。
「15」
 突然奈緒子が口を開いた。
「は?」
 何の事かもわからずに、固まった。奈緒子は顔もあげずに、そっけなく続ける。
「お茶、それで15杯目ですよ」
 ハッと自分の手元に目を遣る。知らずの内におかわりを入れていたようで、ぽかんと口を開けたまま、湯飲みを見つめる。
「…喉が渇いてるんだ」
 言い分けがましい事を…自分でそう思いながら、湯飲みを傾け中身を口に含む。
「お茶の葉、切れたら買っといてくださいね。上田さんが使い切っちゃうのはもう明白なので」
「お、おぉ…って、もともと俺が買ってきたものじゃないか」
「お土産…じゃないんですか?」
 手元でチクチク、顔もあげずに奈緒子が言う。
「俺が飲むように買ってきたんだよ、それをYOUにも施してやってるんだ」
「それをお土産って言うんですよ、素直じゃないですね」
「YOUには言われたくないよ」
 ボソッと言い返すと、奈緒子が顔をあげてクスッと笑った。
「な、なんだよ」
「いえ、上田さんらしい言い方だと思って」
「そう、か?」
「ええ」
 そう言って、また顔を伏せてしまった。一体何をつくっているのだろう…?

 チク、チク、チク、チク。きっかけは、財布。小銭入れ。なけなしの金で食料を調達しようと、鞄から取り出すと何故か中が空っぽ。
 三百円ほど、十円玉と一円玉が入っていたはずなのにと鞄の中を漁ると、小銭がジャラジャラ。そうして再び小銭入れに目を遣ると、豪快に破けていた。
「YOU、意外に器用だな」
「私を誰だと思ってるんですか」
「…貧乳マジシャンだろ?」
「貧乳は余計だっ」
 仮にもマジシャン、手先が器用なのは当たり前。そう続けながら、奈緒子は針を往復させる。
「よし、出来た…」
「ん?」
 上田が、興味深そうに顔を近づけて、出来上がったそれを見ようとした…が、それより先に、奈緒子は上田の前に、それを放る。
 ポト。
「それ、あげますよ」
「は?」
 自分の小銭入れは、とっくに直されていた。穴をふさぐだけなのだから、そんなに時間のかかるものじゃぁない。
「小銭入れ、あ、カードケースにもなりますから」
 長方形の、布を合わせただけのような簡素なもの。しかも余計な金具を買うお事も出来ないので、止め具は使い古したボタン。
「小銭、入れ?俺にか?」
「ついでですよ。私の小銭入れが破けちゃったんで直してたんですけど、布とか余ってたから」
 上田は渡されたそれをじっと見つめ、フッと顔を緩ませた。
「ちゃちいな」
「うるさいっ!いらないなら返せ!」
「ははは、嘘だよ。嬉しいよ、ありがとう」
「なっ…」
 妙に、素直に礼を述べる上田に、奈緒子は戸惑う。
「だ…大事に使えよっ!」
「破けたらYOUに直してもらうさ」
「一回百円」
「金とるのかよっ」
 笑い声が、部屋に響く。

 一通りからかった後、上田は自分の財布を取り出して、カード類をその小銭入れに移し始めた。
「あ、使ってくれるんですか?」
「ああ、YOUが折角作ってくれたものだからな」
 免許証、銀行ATMのカード、クレジットカード…
「あっ!あ、あそれってもしかして、ゴールドカードってやつですか?」
 ちゃぶ台の上に広げられた一枚を、奈緒子はさっと引き寄せた。
「おいっ!」
「見るぐらいいいじゃないですか!はー、上田さんって、やっぱり結構お金持ちなんですね」
「当たり前だっ」






 チク、チク、チク、チク。
 ねぇ、上田さん。
 今回はそんなちゃちい小銭入れでしたけど、私、本当は他にも色々作れるんですよ?
 帽子とか…
 ネクタイとか…
 シャツとか…
 裁縫の他に、編物も得意なんですよ?
 …もし、もしも上田さんが貰ってくれると言うのなら、私、作ってあげてもいいですよ?
 おーとくちゅーる…っていうんですよね?







 ひさっびさのお題です。難しかったです、泣きそうです(笑)
 しかも奈緒子さん、何か勘違いしてます(笑)

2004年8月6日 完成




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