繊細で、触れたら簡単に壊れてしまいそうで…怖い。





 「 ガラス細工 」





「何やってるんだ俺は…あ、あんな事、するつもりじゃなかったのに」
 顔を真っ赤にしたまま、ふらふらとマンションへと向かって歩く…が、ここからマンションまで、結構な距離だと言う事を思い出す。
「…何をやってるんだ俺は」
 同じ発言を繰り返し、辺りを見渡す。一台のタクシーが見えた。
「タクシーで帰るか」
 自嘲気味にポツリと呟いて、手を上げる。
「どちらまで?」
 止まったタクシーに乗り込むと、人の良さそうな丸顔の中年男性が口を開く。住所とマンション名を伝え、シートに身体を預けると、上田は目を閉じた。
 熱い。
 それは顔とか、腕とか。あと…唇。

 少し前の事。酔って池田荘を訪ねた。
 奈緒子はじゃーじにTシャツで、もしかしたら寝ていたのかもしれない。あんな時間に尋ねていったのに、自分を迎えてくれた事が嬉しくて、自分の身を奈緒子に預けた。
「重っ!」
 奈緒子のそんな声がして、あぁ、可愛いなぁ…なんて思いながら、奈緒子の唇に自分の唇を押し付けた。
 おかしい事じゃない、口付けは生物特有のコミュニケーションの一つだ…が、尋常な人間は、普通、見知った顔だからってそんな事はしない。多分。
 分かってるんだ…相手が奈緒子だから、したいと思ったって事。でも、酒の勢いを借りてするなんて…
「お客さん、相当酔ってますねぇ」
 運転手の声で、ハッと我に変える。
「あ、ええ、まぁ…少し飲みすぎたようです」
「あれ?あ、もしかして上田教授じゃないですか?」
「え?」
 運転手は自分の本のファンだった。だからと言うわけではないが、マンションに着くまでの僅かな時間、彼と話をした。
 忘れたかったのかもしれない、自分が奈緒子にした行為を。
「…で、先日女房が小樽に行ってきましてね」
 話はいつの間にか、運転手の家族に関するものに変わっていた。きっと、普段あまり話を聞いてくれる人がいないのだろう…運転手はソレはそれは楽しそうに、家族の話をした。
「で、小樽にあるカラス工芸品店で、ガラス細工を買うんだって最初張り切ってましてね」
「ほう、いいですね」
「でしょう。でもホラ、ガラス細工って綺麗だけど繊細で、壊れやすいからやめろって私が言ったんですよ」
 繊細で、壊れやすい…その言葉に、ふっと意識がとんだ。

 綺麗だけど繊細で、壊れやすい。壊れやすそうで、怖い。
 奈緒子は綺麗だ、ふとした時に見せる表情は繊細で、弱々しげで、胸を打つ。
 それで、気が付いたら惹かれていた。

 惹かれていたけど、どうこうしようとは思えなかった。
 だって、触れてしまえば壊れそうで…恐かった。
 今の関係が壊れる事も、恐かった。

 そう、まるで奈緒子はガラス細工。
 なのに、触れてしまった。
 アルコールの力を借りて、強引に。
 忘れてほしい、あの事は。だから忘れてくれと頼んだけれど…きっと無理だ。
 もう壊れてしまった…

「教授、起きてください教授」
「ん?」
 いつの間にか眠ってしまっていたらしい…運転手がにこやかな声で上田を起こした。
「あ、申し訳ない…」
「着きましたよ」
「あぁ、どうも…すみません、話の途中に」
「いえいえ、聞いていただけて楽しかったですよ」
 話の途中で眠ってしまった上田に対して、運転手は終始機嫌の良さそうな笑顔を向ける。
「…ガラス細工」
「え?」
「奥さん、小樽では結局買わなかったんですか?ガラス細工」
 あぁ〜…と、運転手は楽しそうに笑った。そしてごそごそと、何かを探る。
「これ」
 取り出したソレを、上田に見えるように掲げて、今度は嬉しそうに笑った。
「私のお守りにって、ガラス細工のキーホルダーを買ってきたんですよ」
 きらりと、車内の明かりに揺らめいた。
「…壊れやすいって」
 運賃を渡しながら、上田は呟く。
「ええ、壊れやすいからやめろって何度もいったんですけどね。でも、意外にコレ、丈夫でしてね」
 ずーっと持ち歩いてるけど、欠けもしない。つり銭を寄越しながら、運転手は何度も笑った。
 きっと、自分の為に買ってきてくれたソレが嬉しかったのだろう。
「そうですか、意外に丈夫でしたか」
「ええ、お守りに、これからも大事にしていくつもりですよ」
 この言葉を最後に、タクシーを降りた上田と運転手は別れた。

「…そうか、意外に丈夫なのか」
 ぼんやりとマンションの、自分の部屋の当たり眺めて呟いた。
 ああ、そういえば奈緒子も、綺麗で繊細で、ふとした時に見せる表情は弱々しげだけれど、芯は強い。
「明日、電話してみるか…いや、焼肉に連れ出してみよう」
 ふっと、微笑む。そうだ、よくよく考えてみたら、二人の関係も、これで壊れるほどやわじゃない。大丈夫だ。

 きっと大丈夫だ。




 いつか、奈緒子を連れて小樽に行ってみよう。
 二人でガラス細工を眺めて…







何気に35番の続きです(笑)
あまりに酷い前作を誤魔化そうとしたのに、大差ないというこの事実は一体(汗)
ガラス細工は綺麗で繊細で、意外に丈夫。
奈緒子と上田の関係も、意外に丈夫だろう…

2005年4月3日




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