外灯に照らされた路地を歩く矢部。 「あー…きょおも一日、キャリアの子守…疲れる」 大きくため息をついて、小さく伸びをした。背中が痛い… 「にゃあ」 「あ?」 腰や背中をバキバキ言わせながら歩く矢部の足に、何かがまとわり付いてきた。 「にゃーあ」 暗い闇の中に、黒い小さな塊。 「…猫?」 目を凝らすと、二つの青いビー玉が矢部を見つめ返してきた。 「にゃあ♪」 深い海の底のような、暗い、けれど澄んだ青色。屈んで手を伸ばすと、ぱちぱちと瞬く。 「よっと…エラいちっさい猫やなぁ」 矢部の掌の上に乗るくらい、小さな猫。夜を身に纏ったかのような毛艶で、その小さな体躯には合わない長い尻尾。 「にゃ」 矢部の掌の上で、猫は前腕を舐め顔を洗った。 「お…」 その仕草は、はっきりいってとても可愛い。瞬時に矢部の心は奪われた。 「かわえーなぁ、オマエ…ん?」 そこで気が付いた。小さな、か細い体躯…弱々しげな泣き声。 「腹、空いてんか?」 そっと、首元を撫でると目を細めてグルグル喉を鳴らした。 「しゃぁないなぁ…家に魚肉のソーセージあってんか、食うか?」 「にゃ」 喉元を撫でる矢部の指を、猫は舐めた。よしよし…とその手で頭を撫でて、冷たい風からその身を守るように、矢部はコートの胸元に猫を抱き寄せ、家路を急いだ。 「にゃ、にゃ、にゃ…」 「あぁ、ほらほら、慌てんな。つっかえんぞ」 はくはくと、小さな口で、お皿に入れられたソーセージと温めたミルクをがむしゃらに食べる猫。明るいところで見ると、その毛艶の美しさといったら…貧相ではあるものの、まさに夜の闇。 「雑種…やろな、捨て猫か?それとも、野良かいな」 「にゃ、にゃ」 猫は、一通り食べ終えると真っ直ぐに矢部を見つめて、鳴いた。 「にゃーあ」 と。 「オマエ…ホンマかわえぇなぁ…」 うりゃうりゃ、と首元を撫でる。 「なあオマエ、行くアテもないんやろ?そやったら…しばらくココ、おるか?」 ぴん、と、矢部のその言葉に、猫は耳を立てて、グルグル鳴らしていた喉を止めた。 「にゃ…」 うん、と言うように。 その夜、猫を構いながら矢部は、一緒に眠ってしまった。時折長い尻尾が、頬をくすぐった。 そして、朝… 「にゃべ、にゃーきろ」 矢部の耳元で、何だか聞き覚えのある声がした。 「んー…」 目を閉じたままで身じろぐと、ふわふわした長いものが瞼をくすぐった。 「ん?」 ああ、そういえば昨夜、猫を拾ったんだった。そんな事が頭をよぎって、ぼんやりと重い瞼を上げ… 「あ、おきにゃ」 キラリ。矢部の目の前に、深い海底の、暗く澄んだ青い眼。 「あ?」 ぴんと立った真っ黒な毛艶の耳。 「にゃーべ、おあよ」 白い…肌? 「…っ!!!!」 ガバッ(起き上がる音) ズザザザーッ(座った状態で手と足を使って後ずさる音) ズ…(勢いつけすぎてベッドから…) 「だっ?!」 ドタッ(落ちた音) 「にゃべ?!」 ベッドの影に消えた矢部を、黒い尻尾が慌てて追いかけてきた。 「お、おおおおお、おまっ、おまえっ?!」 ベッドから落ちた拍子に腰を打ったのか…痛々しそうにゆがめた表情の、目だけがぱちくりと飛び出しそうなほど見開かれている。 「だいりょぶ?」 「おっ、お…お?山田?」 「にゃ?」 矢部の目の前には、確かに猫がいる。昨日の夜に、寂れた路地で拾った小さな黒い猫。だが、何だか違う。その姿は、黒い毛艶のぴんと立った耳に長い尻尾、そして長い黒髪。 そう、長い黒髪と白い肌の、人間の体。 「にゃ?」 首をかしげて矢部を見つめるその姿は、小人サイズの見慣れた人間…あの貧乳ど貧乏の手品師小娘にそっくりだったのだ。 「おま、え?えぇ〜?」 矢部は何度も自分の目をこすって、その姿を確認した。山田奈緒子をそのまま小さくして、少し デフォルメして、猫耳と尻尾を装着させたような姿だ。 着ている服は黒い、マントのようなもの。 「にゃべ、いちゃい?」 ふと、違和感。 「あ?」 今コイツ…喋った? 「ぶつけた、いちゃい?」 喋…った。 「夢…か?いや、何であのかーいらしい猫が山田やねん」 ガシガシと頭部を掻いて、挙動不審に矢部は、そっとその猫みたいなちび奈緒子をつついてみた。 「にゃぁ」 何となく首元をなでると、嬉しそうに喉をグルグル鳴らす。 「猫…やな」 自分の目がおかしいのかもしれない… 「にゃべ、おなかちゅた」 グルグル鳴らしていた喉を、急に止めて猫は口を開いた。 「ああ、飯か…」 とりあえず、騒がれても困ると、昨夜と同じく温めたミルクと残りのソーセージを皿に入れて前に置く。と、昨夜と同じように、猫は小さな口ががっつき始めた。 「…なんなんやろ、ホンマ」 この状況は一体何を意味しているのだろうか…ぼんやりと猫の食事風景を眺め、矢部は考えを巡らせた。 「ま、えーか。あとで考えよ」 「にゃべ、おにゃかいっぱい」 と、ぺろりと口の周りを舐めて猫は矢部の膝に上がった。 「お?おぉ…」 口を利く、猫女…ミニサイズ。そんな事を考えながら、思わずクッと喉を鳴らして笑う。 「にゃーべ」 「なんや、もしかしてオマエ、それ…オレを呼んどるんか」 「うん」 いつも事件に首を突っ込んで、うざったいあの小娘と同じ顔をした…猫。だが、何だか妙に愛嬌がある。 「…猫、オマエ、名前はあるんか?」 口が利けるなら会話も成り立つだろう…ぼんやり思いながら聞いてみると、猫はにっこり微笑んで、答えた。 「にゃおこ」 「ぶっ…」 その答えに、思わず噴出した。 「名前まで山田と同じやないか…」 ま、それもまた一興か…と、今更驚いても意味が無いと自嘲気味に笑い、猫の頭を撫でる。 「にゃー」 猫は嬉しそうに、身じろいで笑った。 とりあえず、部屋に置いておくわけにも行かず、矢部はコートの懐ににゃおこをしまいこんで部屋を後にした。 「にゃべ、りょこいくの?」 ぴょこんっとコートから顔を出して、にゃおこが言った。 「わっ、ばっ、顔を出すな」 ぐいっと頭を抑えるが、一足遅かった。 「あれ?兄ぃ、懐に何を入れとるんじゃ?」 ひょいっと、肩越しに、金髪オールバックが覗き込んできた。 「うわぁぅっ?!」 突然の事に驚いたのと、その人物が見知った顔と言うことで、クセのように思わず腕を大きく振ってパンチをお見舞い。 「あーりがとうございまっす!!って…きょ、今日はいつになくキレが…」 矢部の元、部下であった石原が、殴られた左後頭部をさすりながら涙目になって礼を述べた。 「う、うっさいんじゃぼけ」 さっとコートの前を押さえるが、意外に目ざとい。 「おぉ、兄ぃ…それ」 矢部の胸元を指差して、いたずらっ子のように石原は笑った。 「かわいい黒猫じゃのー、どうしたんじゃ?」 「え?」 黒、猫。まぁ、確かに黒猫だ…が。気を緩めた瞬間に、にゃおこが再び頭を出した。 「にゃー」 長い黒髪を揺らしながら。 「おぉ、かわいーのぅ…」 石原は何かを気にするでもなく、人差し指でにゃおこの頭を撫でた。 「お前、石原…コレが、猫に見えるんか?」 「は?何を言うとんじゃ、兄ぃ。猫以外のなんにも見えんけんど…」 呆然とする矢部は、ハッとした。道行く人々が矢部の懐のにゃおこを指差したりして、可愛いだのなんだと囁いている。 「これは…」 どうやら、矢部以外の人間にはただの小さな黒猫に見えるらしい。 「兄ぃ?」 隣で不思議そうに首をかしげる石原をよそに、矢部は何が何だか、わからなくなってきた。 「…頭痛なってきたわ、あとで考えよ」 おもむろに、歩き出す。 「にゃべ、どこいくの?」 懐でにゃおこが小さく言った。 「仕事や、大人しゅしとけよ」 冷たい風に顔をしかめながら、コートの中ににゃおこを押し込む。懐で、にゃあと鳴いたような気がした。 つづく…かも? お遊びのクセに、長い(笑) しかも内容が変(笑) |
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