人物紹介

■上田次郎■
 この話の主人公、日本科学技術大学の教授。霊能力を全面否定してはいるが、単純で暗示にかかりやすい。態度がでかいが割りと臆病。
■山田奈緒子■
 売れない奇術師。黒門島出身のシャーマン・カミヌーリである母の血が流れている為に、霊能力があると言われては面倒に巻き込まれる。
 本人は上田と同じく、霊能力及び超常現象は全面否定しているがもしかしたら…
■山田里見■
 奈緒子の母。黒門島出身で、シャーマン・カミヌーリである。文字には不思議な力が宿ると言い、長野で書道教室を開いている。
 最近は何があったのか、黒い一面も見せる。
■矢部謙三■
 警視庁公安の刑事。趣味の悪い柄シャツを難なく着こなす中年男で、ヅラである。権威に弱く、下の者にはめっぽう強い。
 けれど人が良く、時には刑事らしい一面も。
■石原達也■
 警視庁公安の刑事。怪しい方言を使い、金髪オールバックで陣内孝則を崇拝し、矢部を兄ぃと慕っている。ごくたまに豹変する。
■菊池愛介■
 警視庁公安の刑事。東大理V、茶髪。あらゆる毒をなめるだけで判定できるという変わった特技を持っている。
■直子■
 この話の主人公である上田次郎の姉。



 [ プロローグ ]


 カンカンカンカンカン…踏切の音が鳴り響く。じりじりと照りつける陽射しに、眩暈がしそうなほど。
「暑いな…」
 ぼそり呟く。だが、呟いたところで状況が変わるわけでもない。小さく息をついて、彼は一度止めた足を動かし、歩み出した。
 カンカンカンカンカン…踏切の音は、まだ鳴り響く。蝉の鳴き声と同様に、妙に暑さを増幅させる音だ。彼はまた足を止めた。
「ちっ、この踏切か…」
 人通りの少ない道に、ぽつんとある踏切。二本の線路が通っていて、10分置きに黄色と黒の縞々模様の棒が降りてくる…いわゆる、開かずの踏切。一度棒が降りてきたら、少なくとも30分は足止めされる。
 この界隈に住む者ならば、まず敬遠する道なのだ。
「…随分前から聞こえていたな」
 ちらりと腕の時計に目を遣り、それからまた線路に視線を戻した。少しだけ体を乗り出して、左右を確認する。電車がやってくる気配はまだない。
「いやいやいや、それはまずい」
 頭を振りながら、彼は乗り出した体を元の位置に戻して小さく息をついた。構わず突っ切ろうかという考えが頭を過ったのだが、何かあった時の事を考えるとリスクは大きい。
「ったく…」
 こんな事なら、多少遠回りしてでも鉄橋の上に続く橋を渡れば良かった。眼下に二本の線路を見下ろして、すたすたと歩いて行けるのに。
「戻るか…?」
 だが、今更戻ったところでその移動距離を考えれば、ここで棒が上がるのを待っている方が僅かだが時間は早いだろう。再び大きく息をついて、彼は道の脇に据え置かれた古いベンチに腰を下ろした。
 その古いベンチは、先人達の知恵である。そんな言い方をすればなかなかかっこいいが、簡単に言えばぼうっと立ち尽くす自らの姿を滑稽に思った近所の大工が、まぁ、足腰の弱い老人たちの為にという多少いいわけがましい事を言って作った物。
 なかなかどうして、役には立っているのだからそれ以上は突っ込まないでおこう。
「座り心地はなかなかだな」
 小さく呟いて、彼は持っていた紙袋から一冊のハードカバーの本を取り出して、おもむろに開いた。そのページには、簡素なしおりが挟まっている。
「少し読み進めておこう」
 そのしおりをYシャツの胸ポケットにしまいこみ、目を伏せて読み出す。それは、物理学における高名な学者の書いたもので、彼にとっては人生のバイブルと言っても過言ではないほどの愛読書なのだ。
「うん、何度読んでもいいな」
 ぺら、ぺら、ぺら。一度は読破したものでも、回数を重ねれば違った見解も出てきて楽しい。ここはこういう意味合いもあったのか、あぁこれはあの話とリンクしている。上機嫌な様子で彼は読みふける。
 そこでふっと気づく。
「ん?おぉぅっ?!」
 いつのまにか、黄色と黒の棒が上がっている。踏切の警戒音も止んでいて、あたりには蝉の鳴く声と葉の擦れる音だけ。
「これで行ける」
 慌てて本を紙袋にしまいこみ、線路を渡る。丁度渡りきった時に、再度警戒音があたりに鳴り響いた。
「危なかった…」
 カンカンカンカンカン…踏切の音。降りてくる黄色と黒の棒。
「電車、いつの間にきたんだろうなぁ」
 きっと本に没頭していたから、気づかなかったのだという事にして、ふと振り返った。
「ん?」
 向こうから、誰かが歩いてくるのが見える。夏特有の、遠くの道が揺らいで見える現象の所為でよく見えないのだが…彼は何となく気になって、目を細めた。
 すらりとした体躯の、女性のようだ。彼に気づいたようで、手を振る。
「あ…」
 長い黒髪を揺らしながら、駆け気味に歩んでくる。
「次郎!」
 女性が口を開いた。踏切の前で立ち止まり、ハァハァと息を切らしている。ノースリーブの白いワンピースから覗く肩が、まぶしい。
「姉さん」
 カンカンカンカンカン…踏切の鳴る音が、少し五月蝿い。
「あ〜ぁ、間に合わなかったか」
 腰を曲げて息を切らしていたのだが、フィッと顔を上げると長い黒髪をかきあげて彼女は笑った。「一歩遅かったね、姉さん」
「本当よ、参るわね」
 プンプンと、少し拗ねたように言う彼女を見て、彼は笑った。
「まさか姉さんもこの道を通るとはね、結構似てるようだ、僕ら」
「そうね」
 カンカンカンカンカン…夏の、ある日。
「それにしても暑いわ」
「夏だからね」
「次郎、あなた、いつまでそこにいるつもり?」
 彼はもう踏切を渡っているのだ、そこに留まる必要は無い。
「姉さんをここに置き去りにするなんて、出来ないよ。一人じゃ退屈だろ?」
 そう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「あなたは優しいわね」
 照れくさそうに、彼は笑う。
「姉さん、そこのベンチに座ったら?木陰も出来てるし、少しは楽だよ」
「そうね、次郎もそっちの木陰に移ったらいいわ、今日は本当に暑いから」
 二人はお互いを気にかけ、それぞれに木陰に移動した。
 カンカンカンカンカン…踏切の警戒音と、蝉の鳴き声と。
「相変わらず、長いね」
「伊達に開かずの踏切と言われてないわね」
 二人の会話と、風が抜けた時にかすかに聞こえる、葉の擦れる音。
「ねぇ、姉さん」
「なぁに?」
 彼はまっすぐに、踏切の向こうにいる女性を見つめた。
「あのさ、姉さん…」
「うん?」
「あ…」
 彼が小さく口を開いた時、遠くの方から滑車の音が聞こえ、二人はその音の聞こえる方に目を遣った。
「電車がきたね」
「そうね」
 どうせ電車が通過するなら五月蝿くて聞こえないだろうと、彼は口をつぐんだ。
「次郎?どうしたの?」
「後で言うよ、ここで言うような事じゃぁないし」
「そう?」
 おかしな子ね。と続けて、女性は立ちあがった。軽くワンピースの裾を払い整え、踏切の前に立つ。彼女の予想では、この電車が通過すれば開くのだと、いう事なのだろう。
「あら?貨物列車だわ」
「またエラく長そうなのがきたね」
「ふふ。本当、いやんなるわね」
 ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン…鈍い音と共に、貨物列車がやってくる。
「でも、これでやっと帰れるね」
「そうね。私はこの少しの間だけだったけど、次郎はもっと待たされて、疲れたでしょう」
 ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン…どんどん近づいてくる。
「そうでもないよ、待つのは慣れてる」
 ククッと笑い、やってくる貨物列車に目を遣った。そして目の前を、通過する…
「きゃぁっっ!!」
「え?」
 ガガガガガガ…そんな音と共に目の前を通過していく貨物列車によって目前を遮られているため、すぐには気づかなかった。
「離しっ…て…!」
 通過音の合間に、わずかに聞こえる叫び声。
「姉さん?どうしたんだい、姉さん?」
 声を張り上げるが、なかなか状況がわからない。貨物の隙間からかろうじて向こう側が見えるのだが、彼は息を飲んだ。
 誰かの腕が彼女を捕らえている。
「姉さんっ!やめろっ、姉さんから離れろ!」
 出せる限りの声を張り上げて、彼は叫ぶ。
「やぁっ、やめ…」
 途切れがちに聞こえる悲鳴に、彼は蒼褪めながらも向こうの様子を探ろうと目を細める。煩わしいほどに、貨物列車は長くて…
「姉さんっ、姉さん!!」
 ガタン、ガタン、ガタン、ガタン…貨物列車が通りすぎて、彼は黄色と黒の棒が上がりきるのも待ちきれずに向こう側へと駆けぬけた。
「姉さんっ!」
 だがそこに、彼女の姿が見当たらない。
「姉さん?どこに…」
 ぐるりとあたりを見渡して、先ほどまで彼女が腰掛けていたベンチの脇に倒れている姿を見つけた。
「姉さん!大丈夫かい?姉さ…」
 抱き起こそうと頭に手を遣った瞬間、彼の表情は凍りついた。
「姉、さ…」
 ぬるりとした嫌な感触に、震えながら目を自分の手に遣る。赤黒い血が彼の手についていた。その血は、彼のものでなく、彼女の後頭部から流れているもの。
「ね…姉さんっ!しっかりするんだ姉さん!今救急車を呼ぶから…」
 何度も呼ぶが、全く反応が無い。かろうじて息はしているものの、彼女からは生気が感じ取れなかった。
 その後彼女は、彼の呼んだ救急車によって町で一番大きな病院へと搬送された。

「次郎、何があったんだ?」
 病院に到着した父が、詰め寄る。その隣には、心配そうに顔をゆがめた母もいる。
「分からないんだ…」
「分からないったって…」
 なおも詰め寄る父を制し、母が彼を覗きこむようにして声をかけた。
「次郎、ゆっくりでいいのよ?何があったのか、最初から話してごらんなさい?」
「母さん…本当に、何があったのか僕も分からないんだ。列車が通って向こう側がよく見えなかったから」
 泣きそうな顔で彼は言った。
「そう、か…」

 それは、遠い遠い夏の頃の記憶…


つづく


はい、そんなわけでさっさとはじめてしまいました。
乾いた月が終わらぬうちに…だって書きたかったんだもん!!(笑)
この話は色々と小難しく書いてみたい代物です。

2006年8月4日

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