「 白い月 」



 闇の中、一人でいる夢を見た。
 淋しくて、淋しくて、そのまま死んでしまうような気がした。
 ──ウエダさん…。
 淋しくて、淋しくて、一人のヒトの名前を呼んだ。
 フワリと、なにか暖かいものが、私の頬に触れた。優しく愛しそうに、頬を撫でる…

「上田さん…」
 目を開けると、そこには、上田がいた。私の頬に手を当てている、大きな手を。
「上田さん?」
 上田が何も答えないので、私はもう一度、名前を呼んでみた。
「YOU…何か、悲しい夢でも見たのか?」
 耳元で、低く囁く。
「え?」
「涙…頬が涙で濡れてる」
 言われて、自分でさわってみてわかった。確かに濡れている。
「上田さん…」
 そのまま腕を伸ばし、上田の首に絡めた。ギュ…と、抱きつく。
「何だ?」
「何でもありません」
 抱きつく腕に力をこめて、私は窓に目を向けた。
「今日はいつになく甘えん坊だな」
 上田は覆い被さるような体勢のまま、私を抱きしめた。心臓の音が、聞こえる。
「上田さん…」
 窓から、月が見える。
「何だ?」
「月が綺麗です」
「ん?」
 そのままの体勢で、上田は顔を捻って窓の方を向いた。中途半端に閉められた灰色のカーテンの隙間から、月が見えるはずだ。
「ね?」
「あぁ、綺麗な…白い月だ」
「白いお月様…」
「YOUみたいだな?」
「え?」
 私が月?首をかしげると、上田はクッと声を立てて笑いながら、続けた。
「色々な表情を見せるだろ?」
「表情?」
「黄色かったり、今日みたいに白かったり…赤く見える事もあるな」
 言われて、ふと思う。どうして月の色は、変わるのだろう…
「黄色い月は、いつものYOUみたいだ」
「赤い月は?」
「ん?そうだな…イカサマ霊能力者達の前で、勇んでる時かな?」
 上田はさも可笑しそうに笑いながら言った。
「じゃぁ…今日の白い月は?」
「今のYOUだよ」
 静かに答える。
「今の…私?」
「綺麗で、儚くて、消えてしまいそうなのに、輝いてる」
 あぁ…そうか。上田はそんな風に、私を見てるんだ。少し嬉しくなって、クスクス笑った。
「何で笑うんだ?」
「上田さん、顔に似合わずロマンチックな事言うから…」
 クスクス笑い続けていると、突然上田は、首に絡まっている私の腕をほどき、立ち上がった。
「上田さん?」
 不思議そうに見ていると、窓の方へと向かっていき、カーテンを全部開けた。
「YOU、こっちに来いよ」
 カラカラと窓を開けて、上田は笑いながら言った。
「嫌ですよ、今何月だと思ってるんですか」
 冷たい風が入り込んできたので、毛布を首まで引っ張って身を縮ませた。
「ほら、早く来いよ」
「イ・ヤ・で・す」
 部屋全体が冷たい空気に侵食されていく。
 上田は呆れたようにため息をついて、ベッドまで戻ってきた。
「YOU…」
「窓閉めてくださいよ、寒いじゃないですかっ?!」
 そこまで言った時、上田は突然毛布ごと私を抱きかかえた。
「ちょっ、何するんですか?!」
 毛布の隙間から冷たい空気が入り込むので、一層身を縮ませながら怒鳴りつけたが、上田は気にも止めずに窓の方へと私を運んだ。
「さむっ…」
「ほら、YOU、見ろよ」
「月はベッドからも見えましたよ」
「ここから見る方が綺麗だ」
「どこから見ても変わりませんよ」
 上田はベランダに出ると、毛布に包まったままの私を抱きかかえるような体勢で、座り込んだ。背中で上田の体温を感じる。
「窓一枚、隔ててるだろ?」
「エセロマンチスト」
「おいっ」
「えへへへ」
 空を見上げる。頭のすぐ上で、上田の息遣いが聞こえる。
「寒くないか」
 上田は、毛布を丁寧に折り込みながら囁いた。
「大丈夫…です」
「そうか」
 空を見上げる。自分と、上田のはく白い息が見える。
「上田さんは寒くないですか?」
「YOUが前にいるから、暖かいよ」
 空を見上げる。紺碧の夜空に、白い月が見える。そしてかすかに虚ろう星達が見える。
「綺麗ですね」
「そうだな」
 白い月。少し、上田に似てるような気がした。普段より、少しだけ優しい時の上田に、似てる。
「上田さん…」
「ん?」
「さっき、夢を見たんです」
「どんな?」
「私は一人で、暗い闇の中にいるんです」
「ほぉ」
「淋しくて淋しくて、そのまま死んでしまいそうな気がして」
「そりゃ大変だ」
「で、上田さんの名前を呼んだんです」
「で?」
「それで目が覚めたんです」
 そこまで言うと、上田は後ろから、私をギュッと抱きしめた。
「上田さん?」
「それで泣いてたのか?」
「わからないですけど…多分そうだと思います」
「そうか」
「でも、大丈夫ですよ」
「ん?」
 暗闇が恐かったのは、一人だったから。
「目を開けたら、上田さんがいたし」
「目の前にな」
「それに、暗闇じゃなかった」
「真っ暗闇なんて、最近じゃそう見ないだろ」
「それもありますけど、月明かりで部屋は暗くありませんでした」
「あぁ、そう意味か」
 暗闇の中で、静かに辺りを照らすのは、白い月。
「上田さんは、月明かりみたいです」
 優しい、月の明かり。
「月明かりか」
「ええ」
 これからも、ずっと側にいてください。
「YOU、寒くないか?」
「それ、さっきも聞いてましたよ。私は大丈夫です」
「そうか?」
「上田さんが寒いんでしょう」
 私の中に、真っ暗闇が出来ないように。
「それもある…中に戻ろうか?」
「もう少しだけ、月を見てましょうよ」
「…少しだけだぞ」
 ずっと、照らしつづけていてください。
「どうしてもって言うんなら、戻ってあげてもいいですよ」
 私の、白いお月様。



FIN




TFSが終わって少し淋しいので、ちょこちょこお題意外にもTRICK小説を書こうと決めた。
基本的に甘めになると思われる。いや、お題も甘いはずだろ?
いやいや、わからんわ(苦笑)

2004年3月5日


 
   


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