R E D




 赤い赤い赤い、希望の欠片。
 赤いもの、見えない赤いもの、よく見て。
 貴方と、私とを…



 ックン…足に何かが引っかかった。
「ふぁ…?」
 違和感に目を開けて、もがく。
「う〜…?」
 身じろぎながら妙に自由の利かない足元を見遣り、納得。
「うぁ…」
 眠い…重たい瞼をこすり、足に絡まるそれを解き、一息。
「どこから出てきたんだ、これ…」
 うにゅにゅ…と、何度も目をこする。ぼんやり窓の方を見て、小さくため息。まだ薄暗い。
「あー…眠、い」
 足に絡まっていたそれを手にしたまま、再びコテンと布団の上に倒れこんだ。眠さには勝てない。足に絡まっていたもの、それは毛糸だった。恐らく寝ている間に何かを蹴飛ばして、そこから出てきたのだろう。そしてそのまま、足に絡まりついたというわけだ。

 カタ…静かに明るみ始めた空が、カーテンの隙間から見える。そっと、玄関のドアが開いた。
「う、うぅ〜ん…」
 布団から少し離れた場所で、奈緒子は寝ている。その寝相の悪さは見慣れたもの。侵入者はゆっくり寝ている奈緒子に近づいて、優しくその身を抱きかかえ、布団へと運んだ。
「風邪引くぞ」
 掛け布団もかけてやり、一房の髪を梳いて笑う。
「…寝ているのを起こすのは可哀想か」
 今日から三日間、地方講演の為東京を離れる。だから三日間、会えない。
「にゃ…いえやすぅ〜」
「相変わらず妙な寝言だな」
 ここのところ、毎日顔を合わせている。それは、奈緒子が飯をたかりに大学を訪れたり、上田がバイト先に冷やかしに行ったり。だから…三日も会えないのは多分寂しい。
「…ん?」
 静かに何度も、髪を梳いていた手を止めた。視界に妙なものが映ったらから。
「何だ、これ」
 奈緒子の手に絡まった、細いもの。毛糸。その先には、丸く巻かれたものがある。
「…何やってんだ、YOU?」
 微笑みを称えて、解いてやる。朝日にそれが、赤い毛糸だと判明した。
「赤い毛糸か…」
 赤はコイツに似合う色だし、何か作るのかな?それとも手品の道具を作るのに使うのだろうか?そんな事を思いながら、解いた毛糸を巻いていく。
「毛糸、赤い毛糸、赤い…糸?」

 突然、動けなくなった。

 奈緒子が目を開けている。細くだが開けて、ぼんやり上田を見ている。吸い込まれそうな、黒曜石のような瞳。
「ゆ…」
 が、その目はすぐに閉じられた。
「YOU?」
「マツケン、サンバァ…吉宗…」
 寝ぼけていたのだろう…すぐに再び眠りに落ちて、寝言を言い始めた。ふっと、唐突に動けなかった身体に自由が戻ってくる。
「…なんだ、寝ぼけてたのか」
 心臓が、バクンバクンと大きく鳴る。

 離れたくないよ…

 頭の中に、声が響いた。
「YOU…」
 たった三日。なのに、三日も会えない…それが酷く、辛い。巻き終わった毛糸玉を手にしたまま、上田はそっと、顔を奈緒子に近づけた。
「YOU」
 低く囁く、小さく。だが奈緒子からは何も返ってこない、起きる気配も無い。
「たった三日だ、飢え死にするなよ?」
 そっと、そっと、顔を近づけて、額に静かに唇を寄せ落とした。
「ん〜…にゃぁ」
 心地良さそうに眠る奈緒子、顔を離して、愛おしそうに頬に手を遣る。
「赤い糸…って話があったな、確か」
 手にした毛糸玉をぼんやり見つめて、唐突に上田は辺りを見渡した。何かを探している。
「ああ、あった」
 雑貨が並べられている棚の上に、古びたデザインの鋏を見つけて腕を伸ばす。

 講演先に向かう飛行機の中で、上田は微笑む。時たま、自分の左手に目を遣って、にやりと笑う。満足気に。
「う…あ?」
 その頃、池田荘の自室で目を覚ました奈緒子の目に、異様なものが映った。
「なんだ、これ?」
 目の前に、全部ほどかれた赤い毛糸の山。
「…ん?」
 不審げにそれを眺めながら、ガシガシと無造作に頭を掻く…と、左手の小指に違和感を感じた。
「…なんだ、これ?」
 同じような問いを、誰に言うでもなく口にする。左手の華奢な小指に、クルクルと巻かれて結ばれた、毛糸。先が先ほどの毛糸の山に続いている。
 こんな妙な事を自分がするわけ無い。しでかすような人物の心当たりはあるが…ぼんやりと、奈緒子は小指に結ばれた毛糸をそのままに、少し先の辺りから解かれたものを巻き始めた。このままにしておくわけにはいかない。
「…上田さん、来たんだろうか?」
 ぽそりと口にしながら、クルクルグルグル巻いていく。それは果てしなく続くような気がしていたが、巻き終わるのに1時間もかからなかった。ほっと安堵の息を付き、巻き終える最後に気が付いた。
 毛糸の先に、結ばれたもの。
「…何?」
 茶色の、封筒。上の隅に穴が開けられていて、その穴に赤い毛糸が結ばれている。何だろう…?と手にして、上端を破り中を覗く。
「いち、にぃ、さん…四千、と五百円」
 四枚の千円札と、金色の五百円玉が一枚。締めて四千五百円、也。それと、一枚の紙。出して広げて、奈緒子の表情にふっと笑みが浮かんだ。
「一食五百円以内、三日分。地方講演に行ってくる、三日後まで、元気でいろよ」
 紙に書かれた、綺麗な字を指でなぞりながら読み上げて。
「糸の先には、俺がいるから…糸?」
 続きを読んで、奈緒子は自分の左手に目を遣った。小指に結ばれた、赤い毛糸。
「…あぁ、そういう意味か」
 奈緒子はクスリと喉を鳴らして笑うと、床に転がっていた鋏に手を伸ばした。
「同じ糸なら、繋がってるんですよね」
 小さく呟いて、小指に結ばれている毛糸の先を、少し残してチョキンと切った。
「さて、と。朝昼ごはんでも買ってこようかな」
 封筒の中身をがまぐちの財布に移し、立ち上がる。財布を玄関脇の棚の上に置いて、奈緒子は寝巻きを脱いだ。足元には、無造作に転がる赤い色の毛糸玉。

 赤い赤い赤い、希望の欠片。
 赤いもの、見えない赤いもの、よく見て。
 貴方と、私とを繋ぐ、運命の。
 毛糸はただの自己満足だけど、貴方が結んでくれたから、残しておいてあげる。
 切ってしまったけど、大丈夫よ。
 ね、だってそうでしょう?
 大事なのは、目に見えない赤い糸で、私たちは繋がっているって言う事。



 三日後、奈緒子に会った上田は思わずその身を強く抱きしめた。
「わっ?!何すんだこの馬鹿!」
 怒る奈緒子を、一層強く抱きしめた。奈緒子の左手の小指に、自分の結んだ赤い糸が残されていた事が、とにかく嬉しかったから。



 FIN


久々に、SS。乾いた月でヤベカエばかり書いていると、自分の根底はウエヤマだという事を忘れそうになってしまうから(汗)
いや、ヤベカエはすっごく好きなんだけど、やっぱ楓はオリキャラだから…ね。
で、何気にサイトカウンタ50000HIT用に温めていたんだけど、まだまだそれは先っぽいし、完成しちゃったから普通に短話としてUPしてみました。

2005年3月6日


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送