「 熱 病 」



 うだるような暑さ、むせ返るような湿気。肌にまとわりつく、重い空気。
「ん…あつ、い…」
 暑い、暑い、熱い。何もしていないのに、じっとりと肌着に汗が滲んでくる。
「ふ…はぁ」
 ぼんやりと虚ろに瞼を上げて、天井を見上げる。歪んで見えるのは気のせいだろうか…?


 熱に浮かされて、夢を見る。



 ピンポーン。
「ん…?」
 涼やかに響くインターフォン。けれど、だるさのあまり動けない。
 ピンポーン。数秒置いて、二度目のインターフォン。
「…めんどくさい」
 ちらりと玄関の方を見遣ったけれど、動けない事に変わりはない。瞼を下ろし、眠る事に専念しようと決めた。動けないのはきっと、疲れが溜まっているからだ。眠れば治る。そんな根拠のない自信を掲げ、小さく息をつく。
 ピンポーン。三度目のインターフォンが鳴ったが、気にする事もなく奈緒子は目を閉じたまま動かなかった。

 もしかしたら風邪を引いたのかもしれない。暑さは熱の所為…一瞬そんな事が頭を過ぎったが、だからどうしたというものでもない。医者にかかるお金もなければ、病に効く薬を調達する術もない。
 ただ、横になっていれば何とかなるだろうという考えしか浮かばない。
「はぁー…」
 息が漏れる。暑くて、暑くて、目が回りそうで。ふと、思い出したことがある。そういえばさっき、誰がきたのだろう?インターフォンは三度目以降鳴っていない。諦めて帰ったのだろうか?
「ま、いーか。どうでも…」
 何とか腕を動かして、額に滲む汗をぬぐいながら呟いた。

 カチャ…ガチャ。

 おや?と思った。玄関の方から、金属音。鍵を開けているらしかった。
「…あいつ、か」
 また大家さんに鍵を借りたのだろう…毎度毎度、何の嫌がらせだろうか。ぐらつく思考で奈緒子はどうでもよい事ばかり考えていた。
 ガチャリ…玄関の戸が開いて、見慣れた男がそっと隙間から顔を覗かせてきた。
「おぉぅっ?!YOU…いたのか」
 三度ものインターフォンに対して、何の反応もなかった。だから上田は、奈緒子は留守だと思い込んでいたようだ。布団に横たわる姿を見て、心底驚いていた。
「YOU?」
 窺うように呼ぶ声が、頭に響いてどうにも喧しい。
「上田…さん、声がでかい。煩い」
 呟くように、奈緒子はやっとの事で口を開く。
「どうした、YOU。バイト、またクビになったのか?」
 …それは確かに事実だ。二日前にクビになって、昨日は一日職探しをした。
「YOU?こんなに暑いのに布団しっかりかけて、苦しくないか?」
 腕を伸ばして、布団をそっとめくる上田。奈緒子は無言で、めくりかけた布団をひったくるように奪い首元に戻した。
「おっ?」
「眠いんです…寝かしておいてください」
「そうはいってもなぁ…って、何だよおい、凄い汗だぞ?」
 上田はやっと、異常に気が付いた。額から頬から、汗で濡れている。
「そうか…熱があるんだな?」
 奈緒子の返答を待たずに、大きな手のひらを額に当てた。汗でぬるりとしたが、体温が高いのはすぐに分かった。
「こんなに汗かいたままにしておくなんて…死ぬぞ?」
 奈緒子は上田の手を力なく払い避け、返す。
「だから…声が、でかい」
 頭に響いて煩いんです、そう続けながら瞼を閉じる。
「おい…ったく、世話の焼けるヤツだ」
 上田はやれやれと息をついて、流しの方に向かった。数少ない食器の中から大き目のコップを手に取り、なみなみと水を注いで戻ってきた。
「汗、かいた分だけ水分取らないと、本当に死ぬぞ?」
 耳元で囁くように言って、布団の中に腕を滑り込ませてきた。
「んっ…」
 背中に指が当たったかと思ったら、そのままゆっくりと抱き起こされた。ぐらり、視界が歪む。
「つっ…」
「だるいのは分かるが、横になってるだけじゃ治るものも治らない。ほら、水だ」
 唇にコップのふちが当てられて、口を開くと半ば無理矢理、水が流し込まれる。
「ぐ、んむ…ふ」
 少し水がこぼれたが、上田は気にも留めずにひたすら奈緒子に水を飲ませた。
「んくっ、はぁっ…、もう、いらない、です」
「そうか」
 横になりたい。そう思う奈緒子だが、上田はそうさせてくれない。
「上田、さん?」
「凄いな、汗で…」
 着ていた寝巻きは、僅かだか重みを帯びるほどに濡れていた。
「着替えた方がいい。あと、布団も汗で濡れてる」
「布団…」
 上田は立ち上がり、家捜しを始めた。一組しかないであろうと思っていたが、布団はもう一組あった。
「…なんで二組あるんだ?」
「それ…こないだお母さんが…」
 古くなってきたからと、新しいものを送ってくれました…濡れた布団から追い出された奈緒子は、タオルケットを身体にグルグルと巻きつけて壁にもたれていた。
「ああ、お母さんが送ってくれたのか」
 ホッとしたように息をついて、それを運ぶ。さっきまで奈緒子が横になっていた布団を足で邪魔にならない場所に蹴飛ばして、新たに敷く。
「YOU、布団敷いてる間に早く着替えろ」
 敷布団にシーツを合わせながら言うが、奈緒子からの返事はない。ため息と共に振り返ると、ぐったりとしていた。
「おい、YOU…」
「身体…重たくて動かない、んです」
 このまま寝るからいいです…そう続けるが、上田はお構いなしにどこかから新しい寝巻きを引っ張り出して奈緒子の前に置いた。
「そんな濡れた物着たまま寝たら、余計熱上がるぞ」
 ほら。と、奈緒子を包むタオルケットを引き剥がした。
「やっ…」
「やじゃない、ほら、着替えさせてやるから…」
「馬鹿上田」
「しょうがないだろう、不可抗力だ」
 そっと寝巻きの胸元の、ボタンに手をかける。
「上田っ…」
「分かったよ、じゃぁボタンは自分で外せ。それくらいは出来るだろ?」
 うー…と、唸る奈緒子。
「早く脱がないと、俺が脱がせるぞ」
「上田…さん、じゃぁ目、つぶってむこう向いてて、ください」
「分かったよ、はやくしろよ」
 上田は正直ホッとしながら、奈緒子に背を向けて布団敷きの続きをする事にした。後ろから衣擦れの音が聞えると、妙にドキドキする。
 ドサ…
「ん?」
 突然後ろで、何かが床に倒れ込むような音がした。
「YOU、どうした?」
 一応ふり向かないように、声をかける…が、返答はない。
「おい…YOU?」
 恐る恐るふり向くと…
「つっ…」
 慌てて背を向ける。思った通り、奈緒子はそこに倒れていた。寝巻きを途中まで身に着けて。上の前が少しはだけていて、白い肌が見えたのだ。
「ゆ、YOU?」
 返事はない。意識がないのか…?
「ったく…」
 このままにしておくわけにいかないので、とりあえず、見ないように顔を背けたまま上田は手を伸ばした。何とかしてボタンをかけていく。途中、手の甲が肌に触れて心臓が飛び出そうなほどドキドキした。
「よ、よし…なんとか着せたぞ」
 やわらかくて、すべすべとしていた…などと思い返しながら、慌てて首を横に振る。
「布団に、運ぶか」
 

 奈緒子は静かに眠っていた。たまに、高熱の所為でうなされてはいるようだったが、それ以外はただ静かに眠っていた。
「なぁ、YOU…どんな夢見てんだ?」
 小さく声をかけるが、返答はない。深い眠りの中で熱病にうなされて…見てる夢が、良い夢であればいいと思いながら、そっと髪に触れた。
 汗で額に張り付いた髪、一房をすうっと梳いて落とした。
「う…ん、上田…さ」
 寝言、か。ポツリと呟く。
「YOU?」
 夢の中に、俺はいるのか?

 その夢の中で、君はどんな顔をして俺をみているのだろう?
 その夢の中で、俺はどんな顔をして君を見ているのだろう?


 熱に浮かされるなら、俺にもうつしてくれないか?
 同じ夢を、見たい。




久々にピンでウエヤマー。
でも途中からなんか変だー。
何かちょっとエロ描写があった気がするのは気のせいだ、うん。
っつーか、もっと甘いものを書こうとしてたんだけどなぁ…全然、かすりもしないし汗
今度また書きたくなったら再挑戦だね。
頑張れ自分!(笑)

2005年7月3日


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