「 三歩あるいて振り向いて 」



 一歩、二歩、さーんぽ。振り向いたら、そこには貴方。



「上田さん、暑いです」
 ガチャッ…と、ドアが開く音に目を向けたら、そこには彼女がいて第一声がそれだった。
「は?」
 日本科学技術大学、そこは彼の仕事場で、彼女はごくたまに彼の元を訪れる。まるで引き合う磁石のように。
「暑いんです」
 同じ言葉を繰り返し、彼女はてくてくと部屋の中を進む。当然のように応接セットのソファに、どかっと座り込んだ。見れば、額には雫…汗の粒。
「…暑いか、外」
 ちらりと窓の外に目を向ける。うん、確かに暑そうだ。この陽射しは殺人的だな…などと考えていると、彼女の方からばさばさという衣擦れの音。
「暑いなんてもんじゃないですよ。あー…ここは涼しいですねぇ」
 服の胸元や、スカートの裾をばさばさぱたぱたさせて、汗を乾かしつつ冷気を取り込もうとしている…何というか、理想の女性像を抱く男を幻滅させるような仕草だ。
「冷房入ってるからな。そもそも頭を使う仕事をしてるんだ、暑さで脳の回転が鈍るのは困るだろう」
「ああそうですね」
 聞き流すように答える。こっちは真面目に答えてやっているのにと、彼は少し不機嫌そうに。だが、ふっと口元に穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。
「何か飲むか?」
「冷たいものなら何でもいいですよ」
 汗掻いたから喉もからから、彼女も笑みを浮かべる。
「生憎だがここにはあっつーい緑茶しかない…って言ったらどうする?」
「冷蔵庫開けながら下手な嘘言われても返答の仕様がありませんよ。てか、そんなもん出してきたら呪うぞ、本気で」
 冗談なのに…笑顔は消えてギッとにらみつけてくる。
「まぁそう言うな、ほらよ」
 バタン…冷蔵庫を閉めながら、取り出したものをひょいっと投げてよこした。缶ジュース。
「うわぁ〜い、冷たーい、きもちいー」
 受け取ったそれを、彼女はすぐさま自らの頬に引っ付けて、それはそれは嬉しそうに笑った。
 …ああ、うん、そうだな。やっぱり笑ったほうがいい。
「ありがたく飲めよ」
「ありがたく飲みまーす」
 カコン。プルタブを引いて開けて、グイッと缶を傾ける。いきなり一気飲みときた。
「くはー!生き返るぅ〜」
「そんなに暑かったのか?外」
 その様子に、彼は同じ問いを口にした。
「暑いなんてもんじゃないって、言ったじゃないですか。ちょっと外歩いてきたらわかりますよ」
 とぅっ…と、かわいらしい掛け声と仕草とともに、彼女は空になった缶を彼に向かって投げつけた。が、そのまま彼の横を掠めて見事ゴールへ。
 ガコン。
 ゴミ箱にシュート。
「ないっしゅー★」
 満足そうに、笑う。
「いい腕だな、プロになれるんじゃないか?」
「何のプロですか?」
「空き缶ゴミ箱投げ」
「まんまじゃんっ」
 ぷっ、くっくっく…こらえきれないように、笑う彼女。
「上田さんってたまにおかしい事言いますよね、あーおかしい」
「YOUには適わないがな」
「何かですか?」
「たまにおかしい事を言う」
「一緒にするな、ばーか」
 ケタラケタラ、楽しそうに。

 カシッ…

 唐突に、どこかで何かが響いた。
「ん?今の、何ですか?」
 最初に気付いたのは、彼女。汗がおさまって落ち着いたのか、少し乱れた胸元を手のひらでパタパタと仰いでいた時の事。
「どうした?」
「変な音が聞こえましたよ」
「変な音?」

 カシッ、カン…

 彼が息を潜めるのと同時に、先ほどと同じように何かが響いた。金属音のような、何か。
「何だ?」
「何でしょう?」

 カシッ、カシッ…カッ、キコン…

 重なるような、擦れるような…ぶつかり合うような?
「どこから聞こえてる?」
「さぁ…」
 ふっと、二人はおもむろに立ち上がった…その時。

 ガシュッ!!

「ひぁっ?!」
「おうっ?!」
 豪快に金属がぶつかるような音がしたかと思えば。

 ガッガッガッ…プシュゥ…ジュ。

 焦げ臭いにおい…はっとして、彼はある場所に目を向けた。彼女もその視線を追う。
「クーラーから煙りがっ!!」
「か、火事?!」
「違うっ、これは…」
 ああ何という事だ、予想だにしなかった…
「クーラーが壊れた!」
 彼がそう叫んだ時、急にむわっとした空気が室内に充満した。
「わっ、けほっ煙い…」
 と同時に、こもるのは…熱気。
「YOU!窓を開けるのを手伝え!」
「は、はいー!」
 珍しく素直に彼の言う事を聞き、彼女はあわてて窓際へ駆け窓を開けた。むわっと、外の熱気に眉をひそめる。
「うおっ、暑い?!」
 彼もまた、予想しなかった熱気に眉を八の字に歪めた。

 キン・コーン・カン・コーン…ゲホゲホと煙に咳き込んでいると、唐突に館内放送。

『ただいま、電気系統のアクシデントにより、全教室の冷房機器が故障いたしました。復旧には時間がかかると思います、どうぞご了承ください』

 キン・コーン・カン・コーン…無常にも放送終了の鐘。
「こ、故障?!」
「全教室?!」
 ばんなそかなっ!そんな事はありえない!一瞬寒気を感じたが、この暑さでそれはありえない。彼は頭の中で叫びながら部屋を飛び出すことにした。当然のように後を追う彼女の足音を聞きながら。
「う、暑い…」
 廊下に冷房機器はない…
「上田さん、上田さん。全教室故障ってのは本当みたいですね」
 早々と額にうっすらと汗を掻き始めた彼女が、廊下の先を指差して言った。目を向けると、他の部屋の学生たちがぞろぞろと出てきたのだ。
 時刻は15時…今日は土曜日で、いつもよりは人が少ない。
 が、それでも、なぜかいつもの土曜よりは多いような気がする。おおよその所は予想できる、恐らくこの暑さを何とかしようと、学内の涼しい場所に皆してたまっていたというわけだろう。
「上田さん…外、行きませんか?」
 彼女の言われ、彼は頷く。確かに、建物中は故障した冷房機器の発する熱によって、外よりも暑い状況になりつつあるのだから。

「ふあー…風がある分楽ですねぇ」
「そう、だな…」
 外に出た二人は、ふらふらと歩いていた。
「えーっと…」
 歩きながら、彼女は彼を見上げる。
「ん?何だ?」
 たんっ、たんっ、たんっ。首をひねる彼をよそに、彼女は唐突に、足を慣らして三歩踏み込んだ。
「YOU?」
「涼しいところに行きましょう」
 くるりときびすを返して微笑んで。
「…そう、だな」



 一歩、二歩、さーんぽ。



 それからしばらく、彼女は彼の元を訪れる事はなかったという。研究室のクーラーが直るまで。
 その代わり…二人で一緒に、涼しいところに逃げ込む事にしたらしい。

「アイスクリームとチョコレートパフェと…」
「おいっ、毎日毎日、そんなに甘いものばっかり食ったら太るぞ!かき氷にしとけ、おばさんカキ氷二つ!」
 大学の冷房機器が直るまで、近くの喫茶店で二人がじゃれあっているのを、見た人がいるとかいないとか…



 ──── FIN


久々にウエヤマー…
甘く書くんだー…と張り切ってみたものの、なんかこんな感じになりました。
うわぁ…なんだこれ(笑)

2005年8月9日


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