SPRING



 ドキドキ、そわそわ。この季節ってのはどうしてこう、感情が敏感に揺らぐのだろう。
 頬を撫でる風の、やわらかさとか。
 静かに降り注ぐ陽射しの、あたたかさとか。
 アスファルトから突き出た萌えぐ緑の、強さとか。

「あ、タンポポ。食べれるんだっけ…?」
 ギザギザの、緑色の葉っぱを見ると懐かしくなる。みよーんと伸びた茎の、根元からプチリと手折っててっぺんの、黄色い花に奈緒子は小さくキスをした。
 ちゅっと。揺れる様が可愛らしい。
「あ、いっぱいあるー」
 視線を移すと、道の反対側の、堤防にはタンポポ以外の季節の植物が沢山あった。
「つくしつくし」
 どうしても食べられるものに目が行く悲しいサガか…とは言いつつも、新しい季節の新しい緑は心地良くて、ついはしゃぐ。
「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ…えっと」
「すずな、すずしろ。これぞ七草」
 奈緒子の斜め後ろから、聞き覚えのある声。
「上田さん」
「春の七草か」
「全部はないですけどね」
 奈緒子が堤防の緑の上に腰掛けると、当然のように上田はその隣に腰を下ろした。
「春の七草がゆは絶品だよな」
「実家に居た頃、母が良く作ってくれましたよ。あの人、そういうのにはうるさいから」
「いい事じゃないか、季節を舌で味わう。YOUをよくわかってる」
「余計なお世話だ」
 ははは、と、上田の笑い声が青空に響く。
「ところでYOUは、こんなところまで七草観賞か?」
「そういうわけじゃないですけどー」
 上田が不思議がるのも無理はない、池田荘からは随分と離れた場所だった。
「食える植物でも探しにきたのか?まるでTV番組の節約生活だな…あ、YOUは常に節約生活か」
「だから余計なお世話だって」
 ぷぃっと拗ねるように顔を背けて、奈緒子は手にしていたタンポポに息を吹きかけ揺らす。
「タンポポか、確かこれも食えたな。食料探しなら手伝うぞ」
「いいですよ別に、くびちょーんぱ」
 親指の先で、幼い頃によくやった…タンポポの花の付け根部分を飛ばす。
「おい…」
「あ、ほらほら、見てくださいよこれ。ひょろ長くって上田さんみたい」
 何かの空気を悟った上田をよそに、奈緒子は手を伸ばして別のタンポポの茎を根元から手折って見せる。
「おい、YOU…」
「これもくびちょんぱ、えい」
 ぴょーん、と花の部分が遠くに飛ぶ。
「嫌味のつもりか?縁起の悪い遊びするなよ」
 おもむろに立ち上がり、上田は奈緒子に手を伸ばす。
「何ですか?」
「いいから、ほら」
 何となく、差し出された手を掴むと立ち上がらせられて。
「俺の小さい頃は、こうだったな」
 奈緒子の持っていた、タンポポの茎。それを五センチくらいに折り、両はじを適当に1センチほど裂く。
「それなら私もやりましたよ、川に浮かべるとクルクル回るんですよね」
「ああ」
 そっと川辺に行くと、上田はそれを川に流した。奈緒子の言葉通り、クルクルと回りながら流れていく。何となく顔を見合わせると、二人は口元に穏やかな笑みを浮かべていた。
「YOUは、小さい頃どんな事をして遊んだんだ?」
「そうですねぇ…花で首飾りを作ったりしましたよ」
「ほぉ、少女らしい遊びだな」
「悪いですか?」
「いやいやいや、悪くはない」
 父がまだ生きていたから…と小さく続ける奈緒子の横顔には、紛れもなく少女の初々しさが見えていた。上田はそんな横顔を見つめて、そっと手を伸ばして揺れる黒髪を一房、握り締めた。
「にゃ?!」
「今でもまだ作れるのか?」
「多分作れますけど…何で髪を掴む、離せ」
「いいじゃないか、少しくらい。それより、作って見せてくれよ、花飾り」
「えー、面倒くさい…今日は春の味覚を探しにきたのに」
 パシッと上田の手を振り払うと、奈緒子は膝を折って深いため息を付き、ちらりと見上げる。逆光の中で見る上田は少し父に似ているような気がする。
 少しだが。
「やっぱり食材探しか、思ったとおりだ」
「あーうるさいうるさい。わかりましたよ、作りますよ」
「そうか!」
 やれやれと、奈緒子はふらりと立ち上がり茎の長いタンポポや別の春の花を手折り始めた。
「手伝おう」
「そうしてください」
 心地良い風が、吹いていく。甘いようなくすぐったいような香りが、なんだかソワソワしてくるような不思議な感覚。
「気持ちいいな、風が」
「そうですね」
 暖かな陽射しが降り注ぐ、川沿いの緑野原を二人で歩いていく。足元の花を手折りながら。
「コレも使うか?」
「使って欲しいなら使いますけど」
 上田はなんだか、妙に楽しそうだ。
「コレは?」
「お好きなように」
 呆れながらも、奈緒子もだんだん楽しくなってくる。

 そうしている内に、奈緒子と上田は両腕に沢山の花を抱える事になった。はたから見ると何ともさわやかな光景で、青空にもよく映えている。
「もういいですよ、その辺座りましょう」
「そうか?」
 腰を下ろすと、流石マジシャンといわんばかりの手つきで器用に茎を編み込んでいく。
「うまいじゃないか」
「誰だと思ってんですか」
「誰だ?」
「…山田、です」
 何か言おうとして、奈緒子ははっとしてしどろもどろに口を開く。
「ははっ、何て言おうとしたんだ?YOU…やっぱあれか?美人マジシャンとかか?」
 クックと上田がこらえきれずに笑い出すと奈緒子は所在投げに、肩をすくめる。
「うるさいっ」
 ばさっと、何かが上田の頭に乗せられた。
「ん?おぉっ、早いな」
 タンポポやシロツメクサで作られた花冠だ。
「ああ、やっぱりちょっと小さかったですね。冠になっちゃった」
「いや、いいよ、ありがとう」
「素直にお礼言われると気持ち悪いんですけど…」
「じゃぁ春の味覚探しを手伝ってやるよ」

 奈緒子はその後、一回り大きな首飾りを作った。隣では上田が、見よう見まねで小さな花輪を作る。
「ほら、お礼だ」
 首飾りをかけてもらった上田が嬉しそうに、その小さな花輪を奈緒子の頭に乗せた。
「上田さんって相変わらずエセロマンチストですね」
「エセとか言うなよ…どうする?この後」
「春の味覚探しでしょ?」
 その後だよ、と上田は笑った。

 春は、ドキドキソワソワする。
 奈緒子はちらりと、上田の首と頭上にある花飾りに目をやって小さく微笑んだ。
「じゃあ焼肉でも」





久々にちゃんとウエヤマかも…甘くないけれど。
甘いのってどんな話だっけ?とか思ったり(笑)
春の穏やかな風は私も好き。早く北国にも、春よ来〜い★

2006年4月9日


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送