「 背 中 」



 見慣れた後姿に、つい頬が緩む。素直じゃねぇな、なんて。


「上田!ほら…早くしろ!」
 負けん気の強い声、長い黒髪を揺らしながら。
「上田?」
 見とれていた…わけではないが、返答せずにいたのが気になったようで、彼女はおもむろに振り返って歩みを止めた。
「ん?なんだ?」
 不思議そうな表情。大きな瞳は真っ黒、髪の毛と同じ、宝石のような輝きはなんだか妙に眩しい。
「なんだって…今の話、聞いてたのか?」
「え?」
 不思議、を沢山浮かべていた顔に、途端に僅かな呆れと怒りにも似たような表情が浮かぶ。
「え、じゃないですよ!二回も言う気ないですからね、私」
 ぷん、とそっけなく踵を返し、再び歩き出す。見慣れた背中…

 ぴんと背筋を伸ばして、揺れる髪の毛は軽やか。

「着いたらとりあえず、なんか食わせろよ」
 背を向けたままで彼女がポツリと言った。
「何度も言うなよ、耳にたこが出来るほど聞いた」
 にやりと笑みを、その背中に向け応えると奈緒子の肩が、小さく動いた。呆れたようなため息が聞える。
「だってさっきから、ちゃんと言ってくれないから…」
 小さな声で。
「ん?」
「…食べさせてくれるって」
 ぽつり、呟くように言う様が無性に可愛くて、上田は大きな一歩を踏み出して彼女の隣に、並んだ。
「う、上田?」
 こつん、と腕を頭に置くようにして、少しばかり寄りかかるような形になって笑って見せた。怪訝そうな表情とかち合うが、お構いなしに。
「心配すんな、うまいモン食わしてやるから」
 これからずっと。耳元で小さく続けると、奈緒子は本当に、びっくりした時の猫みたいに毛を逆立てたみたいになって、にゃっ!といつもの奇声を発して立ち止まった。
「おっと、どうした?」
 突然立ち止まったものだから、頭に寄りかかるようにして歩いていた上田は僅かにバランスを崩す。
「どうしたじゃなーい!寄っかかるなっ、重いっ!」
 てしっ、と腕を払いのけられたが、気にも留めずにその手で今度は髪の毛をくしゃくしゃとするように、撫でて笑う。
「はは、なんだ急に。機嫌悪くなったりして、面白いな」
「やめぃっ、子ども扱いするなってば!」
 じたじたと暴れて見せるが、諦めたのかどうか、しばらくするとぐったりと方を下ろしてされるがまま。
 上田は一向に、頭を撫でていて。
「私もう26なんですけど…」
「子ども扱いなんてしてないさ、なんだか可笑しくて仕方ないんだ」
 ふと、頭を撫でていた掌が長い黒髪の一房を、そっと梳いた。
「上田…さん?」

 どう言えばいいんだろう、この気持ち。うまい言葉が見つからない。

「うえ…」
「YOUと」
 奈緒子の言葉を遮るように、口を開く。顔を見合わせると、奈緒子は困ったように口をつぐんで下を向いた。
「YOUと、こうやって二人で並んで歩いてる事とか」
 そんな奈緒子を目を細めて見つめながら、続ける。
「同じ場所に向かってるって事とか」
 視線を空に移すと、びっくりするくらい澄んだ青空が広がっていて。そっと、奈緒子の手を握り締めた。
 息を呑むような音が、微かに響く。
「今まで何度だってあった事なのに、可笑しくて仕方ないんだ」
 ぎゅ、と、握る掌に力を込めると、何となくだが握り返してきたような気がした。
「何が可笑しいんですか」
 突っ張ったような声。
「ん?」
「またそれだ…はぐらかすつもりなら最初から言うなって」
「ああ、いや、悪い悪い」
 くっくと笑いながら、より手に力をこめると今度は、しっかりと握り返してきた。
「じゃぁ早く言えばいいじゃないですか」
「可笑しいのはな、それを当たり前みたいにやってたことだよ」
 歩き出すと奈緒子も、当たり前のように並んだまま歩き出す。上田の言葉に対して不思議そうに首を捻りながら。
「意味がわからないんですけど?」
「そうか?」
「ええ」
 だって、と奈緒子は続ける。
「当たり前って言うか今までのそういうのって全部、上田さんが強引に押し通してるからじゃないですか」
「そうか?」
「そうですよ、いつもいつも。私がどんなに嫌だ!って言っても、結局色々手を回して、私がそうせざるを得ない状況にまで追い込んで…って、おい、聞いてるのか?」
 思わぬ反撃に耳が痛い。上田は急にそっぽを向いて口笛を吹いていた。
「こら!ウ・エ・ダ!」
「じゃあ聞くが」
 攻められっぱなしというのも性に合わないので、言い返してみる事に。
「な、なんですか?」
「なら何で今は、嫌がってないんだ?」
 きょとんとした顔に、少ししてから呆れた笑顔。
「は、あはは、そうですね」
 我ながら、というような若干自嘲気味な笑いだが、それでも十分だろう。上田は静かに握り合った手を奈緒子の目前に持ち上げた。
「ほら、こうして手を取り合って、これから向かう先がどこかわかってるか?」
「う、上田さんが勝手に握ってきたんじゃないですか!」
「いいから、俺たちはこれからどこに行くんだ?」
 むぅ…と拗ねた表情のまま、奈緒子は目の前の手を睨みつける。
「…焼肉屋?」

 違うだろ?二人が当たり前のように並んで、手を繋いで向かっているのは…

「これから昼夜共に過ごす場所だ、忘れるな」
 はっとして、奈緒子は真っ赤になって繋がれた手を振りほどこうとしたがしっかりと握られているため敵わない。
「ヤメロ、上田!離せ馬鹿!」
「握り返してきたくせに、そう嫌がるな」
「お前がいきなりっ、変な事言いながら掴んでくるからっ、思わず力が入っただけだ!」
 うー!と唸りながら手をぶんぶんと振り回すが、離れる気配はない。
「にゃー!!」
「無駄な足掻きだ、ははは!いっそこのまま長野まで行くか!」
「何時間かかると思ってるんだ!腹減ってんだから、先に飯食わせろ!」
 どうやら諦めたらしく、振り回していた手を下ろすと奈緒子はギッと、睨みつけるような目で隣を見上げる。
「わかってるって、言っただろう?これからずーっと、食わせてやるってな」


 ずーっとずっと。

 今は見慣れた背中を見る機会は、これから少しずつ減っていくだろうか?
 きっと、横顔を見続けるために…






 FIN








はいっ、劇場版2を祝して!!
軽くネタばれかもしれませんけど、劇場版を見ていなければわからない程度なので良しとしましょう(笑)
ただ当初の予定から大きく離れましたけど。
いつもそうです、予定の結末になりません(笑)

2006年6月21日




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