「 茨の海 」



 体中が軋むような、不快感。
「いっ…」
 芯から蝕まれていくような、違和感。
「つ…やぁっ」
 深い深い海のそこで、奈緒子は深く息をした。



 涙で枕を塗らしている。痛みに眉を潜め、荒々しく乱された呼吸を整えようと、何度も深く息を吸い込む。
「YOU…」
 触れるのを躊躇うほどに痛々しげなその姿に、罪悪感すら過ぎる。だが、上田はすぐに頭を振ってその白い肩を抱いた。震えが肌から伝わってくると、満足そうに首の後ろに唇を押し当てる。
 知っているから。奈緒子がそうやって、上田を拒もうとしている事を。
「YOU、どうした?」
 けれど、鈍感な男を装って無遠慮に触れる。抱きしめる。身体中に、自分のものだと象徴させる痕を付ける。
「う…えださんの、ばか、えろがっぱ」
 顔を背けたままで、荒い呼吸のままで小さく呟く。
「かっぱって…妖怪じゃねーか」
「うるさい、禿げろ」
「うるせえ」
 そっと、口付けたばかりの首筋に舌を這わせた。
「ひゃわっ、やめっ、やめろばか!」
 少し呼吸が落ち着いてきたようで、白い肘が顔面に直撃する。
「いてっ」
「あ、ご、ごめんなさい…」
 我ながら見事にヒットした事に、慌てて身を翻し様子をうかがう。本気ではないのだ。
「痣になったらどうしてくれる、明日も大学に行かないといけないのに」
「ご、ごめんなさい…てか、上田さんが変な事するから」
 奈緒子は上田と向き合っていた、お互いの表情が読み取れるほどの距離で。
「ゆるす、いい眺めだから」
「え?あ、や、やめろってば!」
 言葉の意味に気付いて慌てて腕で前を隠そうとするが、その前に両腕とも押さえられてしまった。
「う、うえだっ、さ…」
 じっと見つめられて、恥ずかしくて思わず顔を背ける。
「YOUの肌は白くて綺麗だな」
 少し顔を近づけて、肌に息を吹きかける。ふぅーっと。震えに揺れる胸元が、上田を責め立てる。
「い、いや、だ」
「黒い肌の人種の女性と、白い肌の人種の女性がいるとするだろう?」
 息を吹きかけた場所を、追う様に口付けながら上田はおもむろに話し出す。奈緒子の震えは僅かに強くなった。
「なっ、何の話、ですかっ」
「両方の女性とも、裸で歩いてるとするだろう?」
「どんなシチュエーションだっ」
 くくっと、上田は笑う。笑いながら、口付けた場所を舐める。堪え切れずに唇を噛む奈緒子の様子を確認してから、続けた。
「白肌の女性の方が、性的アピールが強いと思わないか?」
「思いま、せんっ」
 お喋りはここまでと言わんばかりに、唐突に唇を押さえつけるようにふさぐと、白い肩が苦しそうに身じろいだ。

 一時間か、二時間か。気の遠くなるほど長い時間を、焦らされるようにして責められた後は、なぜか震えが収まらない。
「YOU…」
 震える肩を、上田はそっと抱きしめた。
「うえ…だ、さ…」
 痛いからか、苦しいからか、悲しいからか…なぜかわからないが、涙も溢れてくる。息も絶え絶えに呼ぶ声に応じるが、上田の手は恐る恐る、その身を抱きしめる。
 まるで壊れ物にでも触れるかのように。
「今日は、ちょっと無理しすぎたな。大丈夫か?」
 いつもと同じような問いに、涙ながらに頷く。
「大丈夫じゃ、ありません」
 返す言葉も、いつもと同じ。けれど上田は、そうかと呟き強く身体を抱きしめる。壊れない事を確認してから。
「YOUが悪いんだぞ」
「なんで、ですか…」
 小さく、続ける。
「YOUの身体が、俺の腕の中にすっぽり収まってしまうからいけないんだ」
 だから、そのまま閉じ込めてしまいたくなる。動けなくなるほど、責め立てたくなる。
「馬鹿サディスト…」
 枕を涙で濡らしながら、奈緒子は返す。拒んでも拒みきれない自分を罵倒しながら。



 お互いに傷つけ合いながらのこんな日々が、いつまでも平穏の中で続いていくわけもないのに。愛しさのあまり、茨の上を裸足で歩く事に慣れてしまった。
 後にはただ、赤い足跡。



 FIN


何でかわかりませんが、射障さんにしては珍しいタイプの作品となりました。
なんかダークでエロい話を書きたかったみたいです(笑)
ちひろさんの「茨の海」を聴いていたらそういう雰囲気になりました。
ひどい直接描写はないけど、一応R15くらいの指定をかけてみようかしら…
ネット上じゃ無意味なものですが。

2006年6月26日


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