白い花



 暗闇に浮かぶソレに、気が付けば見とれていた。





「あつーい、あついあついあついー」
 てこっ、てこっ、てこっ。妙な足音を立てながら、奈緒子は夜道をふらふらと歩いていた。靴の踵を踏んだままで。
「うちん中よりゃいいかもだけど、外もあついー」
 ふひー…と、しばらく歩いたところで立ち止まり、息をつく。夏の夜の、外は蝉や蛙の泣き声がうるさい。都会といえど、いる時期にはいるんだなぁなどと思いながら。
「疲れた…」
 最近バイトをクビになってから、しばらくは不貞寝して過ごした。だからかどうか、夜は眠れない。
「上田…今何してるかな」
 ぽつり、呟いてから慌てて首を振った。
「あんなヤツ、関係ないしっ!」
 喧嘩をしているわけではないのだが、思わず否定する。ただちょっと、気になっただけだ。ここ数日、連絡がなかったから。
「連絡がなかったからなんだ!私には私の生活があるんだから!」
 ふんっ、と、不機嫌そうに再び歩き始める。

 と。
「あれ?」
 その道の脇に、ぼんやりと白い影。
「なんだろう?」
 近づいて、正体が判明すると奈緒子はああと笑った。
「シロツメクサだ、ふふ、かわいい」
 夜の闇に、白い花はぷかぷかと浮かんで見えてなんだか神秘的だ。
「へぇ、夜って白い花が綺麗に見えるんだ」
 そっと手を伸ばすが、摘むのはやめた。
「…きっと」
 目を細めてぼんやりと見つめていると、再び心に影。
「上田さんも綺麗って、言うだろうなぁ…」
 意識して出た言葉ではなかった。ただ何気なく、何となく。


 奈緒子はベージュのスカートをはいていた、麻生地の。上は白い半そでのワイシャツ。だからだろう、夜の闇に、花のようにその姿は浮かんで見えた。
「YOU?」
「え?」
 ふわっと、振り返った時に揺れた髪がなんだか、風の過ぎる様で。
「ああ、やっぱりYOUか」
「上田さん…」
 その表情が、穏やかに緩やかに笑みをこぼす…上田の胸がどきんと響いた。
「あっ、じゃないっ、違うっ!」
 が、どうしたのやら、柔らかな笑みは唐突に固まって奈緒子は頭を振ったかと思うと、一息ついてから無言で右手を小さく挙げた。
「YOU?」
「よ、よぉ、上田」
「あー…なんだ、YOU、こんな夜更けに、何してるんだ?」
 あまりに素っ気無い一言に、思わずこちらも身構える。
「何って、部屋ん中が暑っ苦しくて大屋さん達の盛った声がうっさいから…」
 あ、と思わず口をつぐむ。余計な事まで言ってしまったような気がする。顔を伏せたそんな奈緒子の、上田は口元を緩めて大きな掌をその頭上に遣った。
「ま、夫婦円満でいいじゃないか、それくらい多めに見てやれよ」
「や、でもモノには限度があるだろう、あそこんちにはちっさい双子だっているのに」
 まあまあ、とあやす様にそのまま頭を自分の胸元に。
「ちょっ、何するんですか…」
 突然の事に、されるがまま奈緒子の顔は上田の鎖骨辺りに抱かれた。
「小さい子供はこんな遅くまで、起きてないだろう」
「そっ、それはそうかもですけど…って、何なんですか本当に」
「YOUを抱きしめたかっただけだ、気にするな」
「気にするっ!」
 カサリ、足元で緑の葉が微かに鳴った。

 動けない…
「う…」
 小さく唸るが、身動きが取れない。頭を抱き寄せられたと思ったら、あっという間に抱きすくめられて。
 こいつ、酔ってるんじゃないだろうか…そう思ってしまうほど今夜の上田は妙だった。
「YOU、花みたいだな」
「は?」
 突拍子もない一言。
「なんか、そんな風に見えたんだよ…足元とか白くぼんやりしてたらから」
 あ。奈緒子は唐突に、身じろいで視線を下げた。
「上田!シロツメクサ踏んでる!どけ!」
 力任せに押しやって、屈んむ。
「うおっ?!」
「あー、つぶれてる…馬鹿!」
「あいたっ、何するんだよ」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿!馬鹿上田!」
 ほらっ!と、立ち上がって奈緒子が指差した地面に視線を遣って、あ、と上田も声を漏らした。踏んだ?俺が?この、白い花、を?
「…すまん」
「お花に謝ってください」
 何をムキになっているのか、奈緒子は上田の襟首を掴むとぐぃっと、引き寄せた。
「おあっ?!」
「え?うにゃぁっ」
 奈緒子に言われて屈んだ、その瞬間の事で、崩れるバランスを持ち直す事は流石の上田にも無理だった。引っ張った奈緒子に倒れ掛かったのは言うまでもない。


 さわさわさわ…風が揺らぐ。
「…うえだ、重い」
 かさかさかさ…耳元で緑の葉が涼やかな音を立てる。
「…すまん、というか、YOUがいきなりひっぱるからだぞ」
「上田さんがむやみやたらに花を踏むからですよ」
「見えなかったんだよ」
 ふわり。動けないでいる奈緒子と上田のすぐ横で、白い花が揺れた。
「…お花に、謝ってくださいよ」
「ん?あ、あぁ…ごめんな」
 きゅ…原っぱに倒れこんだままの状態で、上田はそっと、自分の下にいる奈緒子のその身を抱きしめた。
「でもな」
 そうして、耳元で続ける。
「暗闇の中でぼんやり、YOUの姿が足元の花と一緒に白く浮かんで、綺麗だったよ」
 ふわり、ふわり。
「上田…」
「ん?」
「重いんですけど」
「いいじゃないか、もう少しこのままでいても」
「いや、重いんですって」
「じゃあこうならどうだ?」
 身じろぐ奈緒子を抱きしめたまま、上田はぐるんと回った。
「にゃっ?!」
 世界が回る。ふわっと、一瞬身体浮いたような感覚。気が付くと、奈緒子は上田の胸の上で抱きすくめられていた。
「ちょっ、う、上田さんっ!」
「コレなら重くないだろ?」
 意地悪そうに笑って、腕に力をこめる。これじゃ逃げられもしない。
「うー…」
「そう嫌がるなって」
 多少抗って見せた後、疲れたのかどうか、奈緒子はふぅー…と長く息をついて上田の胸に顔を乗せた。
「YOU」
「なんですか?」
「少しここで涼んだら、うちにくるか?」
「なんか食べさせてくれるんですか?」
「考えてやってもいい」




 白い花。暗闇の中で静かに揺れる。
 君と見まごう、儚さに胸が痛む。この腕の中に、君を抱きしめたい。

 奈緒子は目を閉じて、上田の心臓の音を聞いた。


 FIN



「花」シリーズと称してみたものの、難しかったです。甘い話が書きたいよ!
なんかこうなんかこう…むずがゆくなるような。
けれど奈緒子の性格を考えるとどうにもこうにも…世のウエヤマ萌え字書きさんはどうしてあんなにカワイー奈緒子をかけるのだろう…

2006年7月9日


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