赤い花



 例えるならばそう、この赤い花のような…




 帰り道、ブロック塀の隙間から蔓がひょろりと伸びているのに気付いた。
「なんだ、これ」
 その時はただ、気付いただけで。それが何かは分からなかったし、興味も持たなかった。
 けれどある日…
「ん?」
 ふわり…暑い夏の陽射しの下で、だらだらと汗を流しながら歩いているとふと、心地良い風が頬を過ぎていった。
「お、いー風だな…」
 さわさわさわ、ブロックへの上から茂る木が、真っ黒な影を地面に落としている。そこは涼しかろうと軽く駆け寄り逃げ込むように影の下に入ると、思ったとおり陽射しが遮られ心地良い。
 そして、涼しげな風に混ざって甘い香り。
「何の匂いだ?」
 甘く、馨しく。目に映りこんだのは、ひょろりと垂れ下がった蔓。
「ん、蔓?」
 ひょろりひょろり、見覚えがあるような気がして思い出す。ああ、あの時に見た。
「何の植物だろう、花でも付いてるのか?」
 なんともなしに蔓を手に取り、軽く引っ張ってみる。意外に丈夫で、がさり、とブロックへの向こうから葉の擦れる音。
 そして甘い香り。
「見えないかな?」
 ブロック塀は、数箇所に穴が開いたタイプ。その穴からは、蔓が幾つもひょろりと垂れている。上田はそっと、その穴をのぞき見た。
「茂ってて見えないな」
 そんなに執着するほどの事でもないだろう、ただ、この甘く馨しい香りの主を一目見てみたい。そう、思った。
「上から見えるか?」
 ひょい、と背伸びしてみるが、同じく茂っていて香りの主は全く見えない。

 なぜだろう。
 なぜだろうこんなに、気になるのはなぜなんだろう。
 甘く馨しい、夏の花の香りに心が縛られるようだ。

「何やってんだ、オマエ」
 後ろから声をかけられて振り向くと、そこには見慣れた長い黒髪の彼女が立っていた。
「YOU…」
 奈緒子は自らの手でその長い髪を、ファサッと靡かせて微笑む。
「さっきから見てたけど、小学生みたいな行動だったぞ。そっちに何かあるんですか?」
 さっきから…て、え?
「みっ、見てたのか?!」
「は?あぁ、ええ、やたらでかいヤツが何かしてるなーって。よく見たら上田さんだったから」
 トンッ、軽やかに隣に並び、奈緒子は精一杯背伸びしてブロック塀の向こうを探る。
「そっ…そうか」
「ええ。てか、あーもう、葉っぱしか見えないし…上田さんくらいおっきければ見えるんでしょうけど」
 ぴょんっ、ぴょんっと飛び跳ねるが奈緒子にも向こう側は見えないようで。それを見ている上田には、奈緒子の頭のてっぺんが映っている。
「…見たいのか、向こう」
「ええ、上田さんが何を見てたのか気になりますし」
「そうか…」
 そうか、それならこんな手もあるか。そう思いながら、上田は一生懸命飛び跳ねていた奈緒子の腰をおもむろに掴んだ。
「にゃわっ?!だっ、何すんだ上田!」
「暴れるな、ほら」
 そしてそのまま、ひょいっと持ち上げる。ふわりと、奈緒子の髪が風に揺れて…
「わ、あ?!っと、った」
 突然の事で、とりあえず目の前にあったブロック塀に手を突いた。そして、一言。
「あ!」
 上田の頭上で声をあげる。
「何か見えるか?」
 思った以上に軽いヤツだな…相変わらず大したものを食ってないんだろう、このあと飯でも施して…
「上田さん上田さん上田さん、すごいすごい、高い」
 ぼんやりと考えを巡らせていた上田に、奈緒子が歓喜の声を上げた。
「ん?」
「花がありますよ、お花畑!」
 ああ、そうか、やっぱり向こうには花があるんだ。
「そうか、見えるか。どんな花だ?」
 自分には見えないけれど、こうやって協力してもらえば見る事ができるヤツもいるんだ。そう思うと少し嬉しくなる。
「赤い花ですよ、真っ赤な。色んな種類の赤い花」
 この香りの主は、一種類だけじゃないのか…
「赤い花、か」
「ええ。あ、そっか、だからこんなに香りがするんですね」
 塀の上に手をついていた奈緒子が、ぐいっと身を前へと屈ませる。
「こら、あんまり乗り出すな。支えてる方の身にもなれ」
「あ、すいません…って、あれ?ここからやっと見えるって事は、上田さんには見えないですよね?」
「ん?あぁ、そうだな…」
 花、見たかったんですか?上で奈緒子が小さく問うと、ああ、と上田は笑って返す。
「じゃ、ちょっとちゃんと支えててくださいね」
「え?あっ、おいっ、こら…」
 先ほど注意したばかりなのに、奈緒子はぐぐぐっと大きく身を乗り出した。
「こらっ、危ないだろう何やって…」
 次の瞬間には、腰を掴む上田の手を払うようにふわりと地面に降り立っていた。
「よっと、えへへへへ」
 スカートの裾を軽くはたき、爽やかに笑ってみせる。
「やま、だ?」
「ほら、これ」
 そうして突然、目の前に揺らされるそれ。赤い、花。
「え?」
「綺麗な花でしょ?他にはバラとか、色々ありましたよ」
 
 赤い花、甘い香りの赤い花。

「そうだな、綺麗な花だ」
 目の前で揺らされる赤い花を、奈緒子の手からそっと受け取った上田は顔を近づけた。ああ、甘い香りがする。
 そっと唇を寄せてから、それを奈緒子の髪に飾った。
「う、上田っ?!」
「YOUの黒髪によく映えるな、似合ってるよ」
「なっ…」
 長い黒髪に、赤い花の髪飾り。ああ、うん、よく似合ってる。
「うえ…だ、さ…」
 真っ赤になって、怒っているのか照れているのか、そんな奈緒子がなんだか愛しい。
「しかし軽いなYOUは、なんか食いに行くか?何がいい?」





 甘い香り、甘く馨しい花の香り。
 赤い花の、香り。

 心が縛られてしまったようだ、棘の蔓に。そうしてこの心には、赤い花が咲く。
 赤い赤い色の、美しい花。
 君を愛おしいと思うたびに、ゆっくり花弁を開いていく。


 ああそれは、きっと君への恋の花。


「い、いつも焼肉だから、今日は中華がいいです…」
 小さくうつむいて言う奈緒子の手を、上田はそっと握って歩き出した。




 FIN





花シリーズ第二弾。上田視点で書いてみました。
甘くない…なんで甘くかけないんだ(汗)
次は何色の花にしようかな…よし次は甘い話にしよう!色、色は何色にしようかな…

2006年7月22日


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