「終わる季節」A




  2

 ─── 一人の少女が嬉しそうに微笑み、男と腕を組んでいる写真。手元にはそれ一枚しかない。二人の思い出は、こんなものでは語れない程あるのに…
「Aさん、今度遊園地行きましょうね」
 約束したのに、行けなかった。毎週土曜日、二人きりで会うのが暗黙の了解だった。だがもう、会う事も言葉を交わす事も出来ない。伝えたかった思いを口にする事も、ない。彼女はもういないのだ、愛した彼女は…死んでしまった
「道杉先輩、そちらのお二人は?」
「ん?実家の隣に住んでる鈴原由衣ちゃ…さんと、その友達の澤浦綾さん。被害者のクラスメートでもあって、今日は他のクラスメートの家に案内してくれるんだ」
 由衣も綾も、制服ではなく今風のカジュアルな服を着ている。
「そうですか、自分は島崎広人と云います。一日よろしくお願いします」
 丁寧な挨拶だ。
「こちらこそ、ご迷惑にならないよう気をつけますね」
「い、いえっ…」
 にこりと微笑む由衣に、島崎はすっかり魅了されてしまったようだ。
「由衣ちゃん、松崎さんにはボーイフレンドがたくさんいるって言ってたよね。クラスメートにはいるかい?」
「ええ、十人ぐらい。そこから行く?」
「頼むよ」
 同じクラスにボーイフレンドが十人…喧嘩にならないのだろうか?それともただの男友達の事をボーイフレンドというのだろうか?
「道杉刑事さん、最初は佐和子ちゃんと一番仲の良かった九濃くんの家に行きましょ。ここから近いし」
 綾が先陣をきって歩きだした。
「どうしてその九濃くんが一番仲が良かったんだい?」
「ん〜、道杉刑事さんと由衣ちゃんみたいな感じ。家が近所で、小学校からずっと同じクラスで…ボーイフレンドっていうよりは幼友達みたいな感じかな」
 幼友達…か。九濃涼矢は、青白い顔をして道杉達を迎えた。
「佐和子とは…キョウダイみたいな感じでしたよ。高校入ってからは一層、友達から相談に乗られたんだ〜、とかそういう話とかして…一番仲が良かったっていうよりは、昔から色々話したりしてたから、話し掛けやすかったんじゃないかな」
 キョウダイのように生きてきた少女が、今はもういない。それが辛いらしい。
「いなくなる前に何か言っていたかい?」
「ん〜、ああ…そういや、家出してみたいとか。あいつの家、おじさんもおばさんも心配性で甘くて、それが嫌だとか…将来の事も考えて、お互い自立しないととか言ってましたよ」
「ありがとう、気を落さずにね……」
 道杉の隣で、島崎が手帳にメモをとっている。
「由衣ちゃん、次行こう」
 この少年は佐和子を妹のように思っていたに違いない。目の下に残る涙の跡が、彼の悲しみを物語っている。けれど彼は、きっと立直るだろう。佐和子の分まで生きようとするに違いない。
「九濃くん、元気が無かった……」
 綾が心配そうに振り向いて、九濃家を見つめた。この後、由衣と綾の案内で五人の家を訪ねたが、揃って留守だった。6人目で、やっと家にいた。
「ここは、一番佐和子ちゃんにまいってた葉々くんの家」
 出てきたのは、明るい色の髪の、今風の少年だ。
「佐和子ちゃんの事?佐和子ちゃん…俺、佐和子ちゃんの事好きだった…本気だったのに…」
 九濃少年とは、全く対照的な悲しみ方だ。佐和子が死んだ事を、受け入れる事が出来ない様子だ。悲しみに呑まれそうになっている。
「君が一番最後に松崎さんに会ったのはいつ?」
「最後…?金曜日に学校で…」
 金曜日、いなくなる前の日だ。綾もこの日、学校が終わってから会っている。
「そうか…じゃあ、何か思い出したらここに連絡してくれるかな?」
 道杉は、名前の書いていない名刺を取り出して、ボールペンで名前を書いて葉々少年に渡した。
「刑事さん!」
 次の家に向かおうと背を向けた時、葉々青年が声を上げた。
「何か……?」
「犯人…佐和子ちゃん殺した奴、絶対に捕まえて下さいね」
 応対した島崎の手を掴み、言った。その表情は、第三者として見ている道杉には、色んな意味で堪え難いものだった。
「島崎、どんな感じだった?」
「え、何がですか?」
「いま、葉々くんが君の手を握って言っただろう?絶対に犯人を捕まえてくれと。その時、どう感じた?」
「…真剣だなぁ、と」
「そうか…」
 彼は、何か知っているような気がする。道杉にはそう感じられた。
「葉々くん、佐和子ちゃんに本気で惚れてたみたいね」
「鈴原さんにもいるんじゃないですか?鈴原さんに本気で惚れてる人が…」
「やっだ〜、島崎刑事さんったら」
 八人目の家に向かう途中、これから行こうとしていた残りの三人と、途中留守だった五人の少年達が、公園で集まって何かを話している姿を綾が見付けた。
「あ、ねぇねぇ、道杉刑事さん。あそこに佐和子ちゃんのボーイフレンドの残りの全員がいるわ」
「え?本当かい?手間が省けて丁度いい」
 由衣と綾が、彼らのもとへと走った。それから道杉の方を見て大きく手を振った。
「君達、松崎佐和子さんと仲が良かったんだよね。これから家に伺おうと思っていたんだ」
「鈴原達に聞きました。刑事さんでしょう?佐和子ちゃんの事件の捜査ですか?」
「そうだよ。最初の質問だけど…君達はここで何をしているんだい?」
「警察はちゃんとやってるんだ…俺達、探偵団組もうと思ってたんですよ。佐和子ちゃんをあんな風にした犯人捕まえるために」
 十人が十人とも、それぞれに松崎佐和子の事を想っていた。そして彼女の為に何かしてやりたいと思っている。気持ちは分からなくはない、けれど…
「犯人を捕まえる、か…その後はどうするんだい?」
「それは……」
「愛する人を奪われた…やすやすと警察に突き出す事はできないだろうね。君達はまだ幼すぎるけど、これからの日本の社会を背負わなければならないんだ。そんな君達が危険な真似をするのを、まだ半人前だけど警察官である僕は見逃せないよ」
 彼らはうつむいて黙り込んでしまった。
「伸一兄さん……」
「松崎佐和子さんを殺した犯人は、警察が全力を尽くして逮捕する。その後は、日本の定められた法によって裁かれるだろう。それじゃあ納得しない、自分のこの手で同じ苦しみを与えたい。そう思うのは分かる…けれど、もしそんな事をしてしまったら、君達自身も犯人と同じ人種になってしまうんだよ」
 ようやく一人が顔を上げた。
「でも…でもそれじゃあ佐和子ちゃんが浮かばれない!犯人を地獄に落とさないとっ」
 そこまで叫んだ瞬間、道杉が少年の襟首を掴み、自分の顔を突き付けた。
「例えそれが犯罪者だとしても、人の命を奪う事は許されない行為だ。そんな事をして、君たちは松崎佐和子が喜ぶとでも思っているのか?もしそう思っているのなら、考えを改めた方がいい」
 辺りは静まり返り、その空間が凍て付く。襟首を掴む道杉の手は震えていた。そしてゆっくりと、その手を離した。
「道杉先輩…きつい事言いますね」
「伸一兄さん、昔からああよ。ちゃんと理由はあるけどね…」
「理由って…」
 小声で会話を交わす島崎と由衣。その内容は、彼らの耳にも入った。
「俺達…どうすれば…」
「乱暴して済まない…けれど答えは、自分達で見つける事だよ。行こう」
 道杉は、涙ぐむ彼らを後にして、島崎と由衣、そして綾を促してその場を去った。
「鈴原さん、さっき言ってた、道杉先輩がきつい事言う理由ってなんですか?」
「ん〜島崎刑事さん、伸一兄さんと組んでるんだからその内教えてくれるわよ。それまで…私が言える事じゃないしね」
 由衣は気を取り直したようににこりと微笑んだ。意味ありげな言葉を残して…
「さてと、次は残りのクラスメートの家に案内してもらおうかな。頼むよ、由衣ちゃん」
「りょーかい」
 その後の聞き込みでは、めぼしい情報を得る事は出来なかった。
「伸一兄さん、もう全部回っちゃったけど…次はどうするの?他に行く所ある?」
「ん?ああ、どうしようかな……っと、時計持ってくるの忘れた。島崎、今何時かわかるか?」
「え?あ…十二時五分です」
 道杉に突然ふれらて、島崎は慌てたように自分の腕に目を遣った。
「もうお昼なんだぁ、どうりでお腹減った。由衣ちゃん、近くでハンバーガー食べない?刑事さん達も一緒に行きません?」
「いいですね…道杉先輩、どうしましょう?」
「ああ…いや、実家の方で用意してくれてるはずなんだ。島崎の分も頼んどいたんだけど…ハンバーガーの方が良かったかな?」
「え、あ…いや、あの…」
「あ〜、島崎刑事さんいいな〜!伸一兄さんとこのおばさんの料理、すっごく美味しいんですよ。おばさん昔、有名なレストランの料理長やってたから」
 由衣が素っ頓狂な声を出して言った。
「え、そうなのですか?じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になろうかな」
「由衣ちゃん達も来るかい?頼んでみるけど…」
「本当?やった。綾ちゃんも行こう」
 由衣はご機嫌な様子で先頭に立った。
「由衣ちゃんは母さんの料理のファンだからな〜」
 今は独身寮で暮らしている道杉も、家で食事をとるのは久しぶりだった。家に帰るのすら何ヵ月ぶりかで、少し緊張した。
「ただいま…」
「あら、おかえり」
「おばさん、おじゃましま〜す」
 由衣が緊張した面差しの道杉の後ろから顔を出した。
「あら、由衣ちゃん」
「母さん…昼だけど四人分頼めるかな…」
「ええ、丁度良かったわ。たくさん作りすぎちゃって…あ、そちらが電話で言ってた…」
「え、あ、はじめまして、島崎広人です。今日から先輩と一緒に働かせてもらっています」
「ご丁寧にどうも。さぁ、食事を運ぶわよ」
 道杉と由衣が運ぶのを手伝い、遅い昼食となった。話は弾み、時間が過ぎるのは早かった。
「由衣ちゃん、澤浦さん、今日はせっかくの日曜なのに、案内ありがとう」
「い〜え、早く佐和子ちゃん殺した奴逮捕してね」
「ああ、わかったよ」
 由衣達と別れた後、道杉と島崎は松崎家へと足を運んだ。
「あれ、お前達も来たのか……」
 松崎家の前には、鑑識班の車が停車していた。そしてなぜか、端峰と長藤が立っている。
「端峰さん、お前達もって…どういう意味ですか?」
「俺達、めぼしい情報得られなくてさ。とりあえず萩野さんにその事を報告しようと思ってね…」
「端峰さんの方もですか、こっちも同じようなもんですよ。ただ、何人か怪しい人物を見つけたので、それも含めて」
「それだけでも大収穫だ。流石道杉」
 上の方から声がして、見上げると萩野がいた。
「あ、萩野さん……聞いてたんですか?」
「人聞きの悪い事を言わないでくれよ…バルコニーで一服してたら自然に耳に入ってきたんだ」
「今、そっちに行きます」
 四人で松崎家に入り、二階へと向かった。その途中で松崎夫妻に会い、改めてお悔やみを申し上げた。
「ところで道杉、怪しい人物って誰だ?」
「え、ああっと…松崎佐和子さんのクラスメートで何人か…幼友達の九濃涼矢と一番惚れ込んでたという葉々健児という少年二人、あと数人のボーイフレンド達です。この後でアリバイの方を調べてみようと思います」
 そう報告する道杉の横で、島崎が大きく頷いた。
「で、どんな風に怪しいんだ?」
「一言では言い切れませんが…態度がおかしいです。九濃涼矢の方は物凄く悲しんでいるみたいで、一見怪しい風には見えませんが…葉々健児の方は、口では早く犯人を捕まえてくれだとか言うんですが…何か隠しているような気がして、よく分かりませんが怪しいです」
 道杉の話を、萩野は腕を組んで真剣に聞いていた。一番最初に会った頃と比べると、印象が全く違う。
「なるほどね…とりあえずアリバイを調べてから先へ進もう」
 萩野がそこまで言った時、外でひどい音がした。何かがどこかにぶつかった音だ。バルコニーから覗いてみると、鑑識班のワゴン車に、明るい空色の軽自動車が衝突していた。
「わっ、ひどいなあ。脇見運転かな?」
 長藤が興味津々といった風に言った。
「そんな事言ってる場合じゃないぞ、怪我人がいるかもしれない」
 道杉が急いだ様子で外に飛び出すのを見て、他の四人も後に続いた。アスファルトの上に、砕けたガラスの欠片や車輪などが散らばっている。松崎家内にいた鑑識班の連中も外に出てきた。
「怪我人は?」
「ワゴンの中に人はいませんでしたが、突っ込んできた軽自動車の運転手が出てきてません」
「出てこない…?」
 視線を軽自動車に移す道杉…横倒しになった軽自動車の運転席の窓から腕が伸びてくるのが見えた。同時に、ガソリンの匂い…
「やばい…長藤、救急車と消防車呼べ!島崎は車内の奴の救出を手伝ってくれ!」
 道杉の言葉に慌てふためく二人の新人刑事の代わりに、萩野と端峰が行動に出た。
「鑑識班、野次馬整理頼む。ガソリンが漏れてるみたいだから、特に火気には気を付けてくれよ」
 萩野が的確な指示を出す。…数分後、なんとか運転手を外に出し、安全な所まで運んだ後、すぐに車に火の手が上がった。
「危機一髪ってとこだな。しかし…ひどい傷だ」
 運転手は、顔や足にひどい怪我を負っている。眼鏡を掛けていたらしく、顔が特にひどい。割れたレンズが突き刺さっている。
「あっ、君は…」
 見覚えがあった。少なくとも道杉と島崎には面識があった。
「刑事…さん」
 先程の聞き込みで、探偵団を創立しようとしていた八人の少年達の内の一人だ。松崎佐和子や由衣の同級生という事は、まだ免許はないはずだ。無免許でこんな事故を起こすほどスピードを出して、いったいどこに行こうとしていたんだろう…
「道杉、知り合いか?」
「あ、松崎佐和子のボーイフレンドの一人です。同級生でもあります」
「刑事さ、俺…」
 少年は苦しそうに道杉の服の袖を引っ張った。
「静かに、動くんじゃない。傷に触る」
「違う、です…あの車、あいつが借りて…ブレーキが…効かな…かっ」
 その続きは、救急車のサイレンによって聞き取れなかった。すぐに少年は病院に運ばれたが、頭を打っていたらしく、数時間後息を引き取った。
「ブレーキの効かない車…なぜ彼が乗っていたのだろうか?」
 死んだ少年の名は、川場悠。犯人に復讐しようと考え、道杉に襟首を掴まれた少年だ。二日後、本部からの報告で、彼の乗っていた軽自動車にはブレーキが作動しなくなるよう細工された跡が発見された。
「やっかいだな…」
 萩野が浅くため息を吐いた。松崎佐和子、川場悠…同じ学校に通う、同じクラスの二人が死んだ、殺された。道杉は何も答えず、目を細め、どこか遠くを見つめた。
「失礼、お二人とも検死に立ち合わなかったでしょう。検死報告書、見たいと思って持ってきたわよ」
 川上まどかが、資料を持ってやってきた。
「川上センセー、悪いね。サンキュ」
「東大出の先生は気が利くね、ありがたい」
 道杉に続いて、萩野もまどかに頭を下げた。二人とも気が滅入っていた時だからだろう。
「検死結果に問題はないわ。気になる点はあるけどね」
「気になる点ってのは足の傷の事かい?」
「流石ね…道杉の言う通りよ。右の足首に鋭利な刃物で付けられた傷跡があったのよ。前の松崎っていう女の子の脇腹の傷跡と同じ…」
 報告書にも書いてある事だ。確か、車のブレーキの位置に割れたビンが置かれていたらしいとか。多分それで付いた傷だろう。
「怪我した足に、ブレーキの効かない軽自動車。他殺だな、合同捜査になるぞ」
「萩野さんもそう思いましたか…やっかいですね」
 もはや道杉には、萩野がいい上司にしか思えなくなっている。あんなに気が合わないと思っていたのに。
「優秀な刑事が二人もいると、解けない謎はないわね」
 まどかがからかうように言って、部屋を出た。その後…川場少年の乗っていた軽自動車は盗難車だった事が判明した。




 続く

コメントなんて不必要なくらいに訳の分からない内容…(苦笑)
ちなみに私は萩野警部補が好き(笑)


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