「終わる季節」B




  3

 ───振り返った彼女の手には、青い小箱。
「Aさん、誕生日おめでとうございます」
 頬を赤らめている佐和子…もはや遠い記憶だ。
「ありがとう…佐和子」
「これ、プレゼントなんです」
 青い小箱を手渡された、中には銀色のネクタイピン。
「学校の…工芸部の人に作り方教えてもらって、自分で作ったんです。不恰好なんですけど…」
「いや、嬉しいよ。ありがとう」
 本当に嬉しかった。佐和子と…彼女と出会ってから、自分の世界が変わった。自分自身が変わっていく事さえ、不思議と心地よく感じていた。
 けれどもう、その心地好さは感じられない。彼女は死んでしまったから、殺されたから!誰に殺された?分からない、自分が殺したのかもしれない。この手で愛する彼女を…いや、それはない。
 銀色のネクタイピン。微笑む彼女が自分と腕を腕を組んでいる、たった一枚の写真。手元にある数少ない思い出の品々…
「萩野さん、どうしました?」
「ん?いや、なんでもない」
 ぼんやりと遠くを眺めていた萩野に、道杉は声をかけたが、答えはそんなものだった。
「朝川警部から次の指示が来てるんですが…」
「どんな指示だ?」
「被害者松崎佐和子の恋人Aの正体に関する捜査は、人数を減らす…と、自分と島崎の二人が継続、残り三人は本庁の補佐に移れと…」
 本庁の捜査では、二・三人の有力な容疑者が浮かび上がったらしい。
「そうか…Aの事はそんな軽い存在にされてるんだな…まぁ、道杉と島崎の二人になら、正体を暴く事も可能だろうな。がんばれよ」
 翌日から、道杉と島崎は夜も官舎に戻らず捜査を続けた。本庁が目を付けた二・三人の最有力容疑者達はどれも空振りで、事件解決の糸口は全く見つからない。
 ある日、道杉は島崎と松崎家を訪れた。松崎佐和子の所有物を見るためだ。部屋の中は女の子らしい感じで、クラスメートと一緒に写したと見られる写真がたくさん壁に貼られている。
 もしかすると、十一歳年上の恋人との写真があるかもしれない。
「先日鈴原さんに案内してもらった時に見た顔ばっかりですね」
 島崎がボソリと言った。その通りだ、ほとんどがクラスメートの顔ばかり。怪しい写真は一枚もない。
「島崎、ちょっと調べてみよう」
 松崎夫妻に立ち合ってもらって、部屋の中を徹底に捜索してみる事にした。鏡台の小物入れの中、机の横の隙間など、鑑識がすでに調べたような所を含めて細かく見てみた。
「何もありませんね、先輩」
 島崎が疲れたような声を出した。
「愚痴らず根気よく探そう…ん?」
 道杉が何かを見つけた。見つけたというよりは、何かに対する違和感を感じ取ったという方が正しい。
 そう、鏡台の鏡がおかしいのだ。
「先輩?」
「ちょっと、これ動かしてみよう」
 白い大きな鏡台だ、重さも相当ある。島崎はもちろん松崎夫妻の旦那さんの方にも手伝ってもらってなんとか動かしてみた。
「あ、そうだ」
 動かし終わった時、旦那さんが声を上げた。
「思い出しました。この鏡台は佐和子が生まれた時に特注で作った品で…その時美奈が、女房が女の子なら隠し場所を作ろうと言い出して…それでこの鏡台には隠し場所があるんです」
「ええ、私も思い出しました」
 隠し場所がこの鏡台にあったのだ、道杉は触れただけでその謎を解いてしまった。
「道杉先輩、すごいですね。触っただけなのに…」
「いや、鏡がね……触った時にすごい違和感とかして。よく見れば外見から見た感じの構造も変だし…」
「ああ、そうだった。わざわざこんな大げさに動かさなくても鏡から開ける事が出来たんだ」
 旦那さんが意味不明な事を言った。
「松崎さん、どういう意味ですか?」
「島崎…取り調べじゃないんだから。松崎さん、こういう意味ですよね?鏡をこうやって……」
 道杉はおもむろに、鏡台の前に座り込み、鏡を弄り始めた。そして、下の方の金具を上に持ち上げると…
「そう!そうですよ、刑事さん。すごいですね〜」
 松崎夫妻が声をそろえて言った。それをよそに、道杉は手袋をはめて、中に入っている物を一つ一つ丁寧に取り出した。
「箱とか入れるものがたくさん入っているなぁ。小さい鏡に、ノート…」
 全部で数十個の小箱と物が入っていた。小箱の中にはアクセサリーや…写真。
「大事な写真かな?」
 小さな声でつぶやき、ふと気付いた。端の方が少しめくれている。
「ん…?何だ、これ」
 シールのように、写真が張りついているようだ。ゆっくり剥がしていくと、そこには…
「道杉先輩、その写真は?」
 覗き込もうとする島崎の視線から、さっと写真をよけた。
「先輩?」
 慌てて剥がしかけたのを元に戻し、島崎に見せた。
「あ、いや。これは由衣ちゃんと写した写真らしい」
 実際にその写真には、松崎佐和子と鈴原由衣が映っている。
「本当だ。鈴原さんってかわいいですね」
 そんな事よりも、道杉には大事な事があった。
「松崎さん、ご迷惑をおかけしました。これらは佐和子さんの遺品として大事になさってください」
「お帰りになるのですか…迷惑なんてとんでもない。佐和子の思い出に浸ることが出来ました」
「私からもお礼申し上げますわ。ああ、それと、葬儀の時にお手伝いくださいました萩野さんにもよろしくお伝えください」
「萩野警部補が何か?」
「昨日、お悔やみの手紙が届きましたので、そのお礼に…」
「わかりました。あ、この写真、ちょっとお借りします。失礼しました」
 松崎家を出た後、道杉は早足で歩いていた。道杉自身、島崎に言われるまで気が付かないほどに。
「何かあったんですか?さっきから何か変ですが…」
「何もないさ、ちょっと疲れただけだ」
 その場で島崎と別れ、道杉は捜査本部へと足を運んだ。歩いてる途中、何度も写真に目を遣った。
「道杉じゃないか。どうした?元気ないな」  本部の近くで高村に会った。
「高村課長、萩野さんは…?」
「萩野?本部で朝川警部にこき使われてるんじゃないか?」
 最後まで聞かずに本部へと向かった。課長の言った通り、萩野は朝川に何かを言われている。近くまで行くと内容が聞こえた。
「──…萩野くん、君が優秀なのは分かった。けれど、なぜ君達が被害者の恋人のAなる人物にそんなにこだわるのかが分からない。十一歳年上の安心できる恋人ならば、犯人と見てもよさそうなものだが、そうではないという言う。一体どうなっているのやら…」
「Aは犯人ではありません。彼を重要視するのにはわけがあります。彼を見付ける事によって、何かが動きだすからです」
「何が動きだすというんだ?犯人が新たに誰かを殺すか?」
「そうなるかもしれません」
 真剣な表情でそう言った萩野。以前とは全く違う雰囲気で、いつのまにか道杉は、前まで感じていた嫌悪感を全く感じなくなっていた。
「ん?道杉くんじゃないか」
 はっとして朝川を見た。
「道杉…どうした?」
 自分でも分かるぐらい顔が蒼い、吐き気がして足元がふらつく。
「萩野さんに、話が…」
「個室を借りよう。朝川警部、この話はまた後で」
 空いている取調室を借り、席に着いた。
「萩野さん…」
「何だ?顔が蒼いぞ。水を持ってこよう、ちょっと待っ」
「萩野さん!」
 席を立とうとした萩野に、道杉は強く言った。
「何で言ってくれなかったんですか!どうして隠したりするんですか?」
 今にも泣きだしそうな表情。
「…何がだ?」
 萩野の問いには答えずに、先程の写真を机の上に置いた。
「それは…被害者と君の知り合いじゃないか…」
「はぐらかすような事は言わないでくださいね。由衣ちゃ…鈴原由衣が前に言ってました。松崎佐和子は頭のいい子でコンピューターも簡単に操作していたと…そんな彼女になら、こんなことは簡単でしょう」
 道杉はそう言って、写真の上のシールのようなものを剥がした。剥がれた後の写真に写っているものは…
「流石は道杉。予想どおりに動いてくれるから嬉しいよ」
「すべて、話してください」
 写真には、仲良さげに映る佐和子と萩野がいた。
「道杉が分かった事から話してくれ」
「松崎佐和子が恋人の事をAと呼んだわけ。Aとはアルファベットの一つですが…Aの発音を仮名で書くと『えい』です。確か萩野警部補の下の名前は『さかえ』、栄光の栄と書くんですよね。松崎佐和子は若い人だから、秘密の恋人の事をそういう風に呼んでいてもおかしくありません。そして前に由衣ちゃんが言っていた安心できるの意味、警察官ほど安心できる職業はない。最後に十一歳年上、萩野さんは二十八歳でしたね。ぴったり一致です」
 あえて結論を出さなかったのは、本人の口から聞きたかったからだ。
「そうか…そうだよ。松崎佐和子の恋人は俺だよ」
「…萩野さんが殺したんですか?」
「まさか!人聞きの悪い事を言わないでくれ」
 真剣な表情。
「すいません……」
「道杉、その写真持っていって朝川警部に今の事を話せ。それから全新聞社に写真のコピーと報告書みたいなのを実名入りで送ってくれ」
「は?なんですか、それは…」
「いいから早く行けっ、ホラホラ」
 萩野に促されて取調室を出た道杉。何だかすっきりしない、だけど少し安心した。朝川に全てを報告し、萩野に言われた通りの行動を起こした。その日の夕刊には、写真入り実名入りの記事が紙面を飾った。
『女子高生殺人事件、被害者の恋人は現役刑事!恋人の無念を晴らすために必死に捜査する××警察署の萩野警部補…(以下省略)』
 という内容だった。
「萩野さん、一体どういうことですか?」
「犯人に俺を殺させるチャンスを与えたんだ」
「え?」
「犯人は佐和子と川場少年を殺した。佐和子の時の動機は分からないけど、川場少年の時は何となく分かる。彼の部屋を見た事があるか?すごいぞ、隠し撮りされた佐和子の写真で部屋の壁が埋め尽くされているんだ。つまり、佐和子に関係している人物だ。佐和子の恋人なら、犯人にとって絶好の標的だろ?」
 何となく勘で分かった、萩野が何をしようしているのか。おそらくは自らを犠牲にして、犯人を捕まえようと考えているのだろう。
「萩野さん、僕も手伝います」
「いや、いいよ。手伝いなんかいらないさ、一人で大丈夫だ」
「大丈夫なわけないでしょう、危険すぎます。朝川警部に話して応援を…」
「そんなのはいらない!一人で充分だ」
 そう言って萩野は一人で外に出た。
「萩野さん!…くそっ」
 何も出来ない自分がもどかしい。何かできる事はないだろうか、何か…

  4

 ───いつも彼女は、笑顔だった。
「サカエさんじゃ恥ずかしいので、エイさんって呼んでもいいですか?」
「いいよ…」
 にこりと微笑む彼女。一回り近くも年が離れていたけれど、かけがえのない存在だった。
 誕生日に貰ったネクタイピン。二人で写した一枚きりの写真。
「私、Aさんの事…好きです」
「俺も…佐和子が好きだよ」
 死んでしまった大切な人。君の事は、決して忘れない。
 駅のホームに立ち、色々な事を考えた。佐和子を殺した奴は、佐和子が好きだったに違いない。けれど、そんな愛し方は許されない…
『三番ホーム、特急列車が参ります。ご利用のお客様は危険ですので黄色い線までお下がり下さい…』
 駅内アナウンスが流れる。列車が来る。
「もう、秋なんだな…」
 人々のあふれる駅のホーム、少し肌寒い風が吹く。列車が来る、誰かが萩野に近付く、萩野の後ろまで…
「お前がAか…」
 誰にも聞き取れないほどの小さな声。そして手をのばし、萩野の背中を強く押した。列車が…
「あっ!」
 がくんと萩野の体が揺れた。だが、特急列車は速度を落とさずに過ぎ去ってゆく。
「だ、大丈夫ですか?萩野警部補…」
「お怪我は無いですか?」
 この声は、長藤と島崎の声だ。二人は萩野の両腕をしっかりと掴んでいる、危機一髪というところだった。背中を押され、ホームに落ちそうになった瞬間、二人が腕を掴んだというわけだ。
「お前達…ああ、大丈夫だが、何でここに…」
「道杉先輩に全部聞きました、萩野警部補が危険な目に合いかねないから見ていてくれって」
「道杉か…気持ちは嬉しいが、それが狙いだったんだ。事故に見せかけて殺すのに絶好の場所に立って待っていた、ここの駅はいつも来るから全部覚えてる。例えば俺が立っていた場所の下には溝があって、落ちてもそこに入れば絶対平気だとかな。落ちた時に犯人の足に手錠でも掛けてやろうと思ってたんだけど…それも失敗か…」
 いかにもがっかりとした感じだった。
「あ、それは大丈夫だと思いますよ。ねえ、道杉先輩」
 島崎がそう言うと、道杉が片足を引きずりながら出てきた。
「道杉…足、どうかしたか?」
「いっやあ、萩野さん突き飛ばした後、さりげに逃げようとするもんだから、簡単に捕まえる事出来るなって甘く見てたんですよ。でも突然暴れだすもんだから、思いっきり捻ってしまったんです。油断しました。端峰さん、連れてきて下さい」
 そして、端峰がパーカーで顔を隠した犯人を連れて現われた。
「君が、犯人だったのか…」
「僕も油断しました。この人が犯人だとは、全く思っていませんでしたから…」
「ホラ、顔を出すんだ…」
 端峰がパーカーを剥ぎ取った。
「…殺人未遂の現行犯で、逮捕します。澤浦綾さん」
 道杉は上着から手錠を取り出し、うつむく綾の腕に静かに掛けた。ガチャリと、金属音が響いた。




 続く

ばばーん、そういう落ちですか(自分で書いておきながら…汗)
次で終わりです。
あぁ、ホント蛇足的だな、このコメント部分…


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