★第二話★


 池田荘の自分の部屋で、奈緒子は電話の前に座り込んだまま、じっとしていた。外はすっかり暗くなっていて、自分が朝から何も口にしていない事すら、奈緒子にとってはどうでも良かった。
 ──ルルルルル♪電話が鳴って、奈緒子は受話器を引っつかんだ。
「もしもし山田ですっ」
『山田か?オレや』
「矢部さん…あの、お願いしてた、件ですよね?」
『…上田センセーな、どこにもおらんのや。大学もセンセーのマンションにもおらん。御実家や、センセーの御友人の方々にも電話したんやけど、居場所、知らんそうや』
 夢じゃなかったんだ…奈緒子は暗い表情で、受話器を耳に押し当てたまま、震え始めた。
『何か、あったんやな』
 矢部が優しい声で訊ねた。
「私の、せいです。私があんな…あんな事言わなければ…」
『あー、もうええ!電話じゃ要領悪いゎ。オレ、仕事終わって帰るとこやから、今から行くから待っとれ!』
 電話が切れて、奈緒子は目を丸くした。矢部の、明らかに心配そうな言葉に、自分の耳を疑った。
「…でも、誰かに相談できれば…」
 上田が妖術使いにさらわれた。多分それは間違いない…かといって、どうすればいいのか、今の奈緒子には、考える余裕すらなかった。
 しばらくして、矢部が部屋を訪れた。
「じゃ、聞かせてもらうで」
 いつも上田が座る位置に腰を下ろした矢部は、持参の煎餅を頬張り、言った。
「昨夜の、事なんです。バイトを終えて、このアパートの前で…」
 信じてくれるかどうか、とりあえず奈緒子は昨夜起きた一連の出来事を矢部に説明した。
 話し終えた時、矢部の傍らにあった煎餅の袋の中身は空になっていた。
「妖術使い…言うたな?そりゃぁ、前に白木の森で起きた事件の時の、ヤツか?」
 奈緒子は黙って頷いた。
「そやけど、アレは小松純子の芝居やったやろ」
「結局、捕まえる事は出来ませんでしたよね」
「それは言うな…」
「すみません…」
 気まずい空気が流れたが、すぐに矢部が口を開いた。
「何で妖術使いは、お前の前に現れるんや?」
「それは、多分、私が黒門島のカミヌーリであった人間の娘だから…私にも不思議な力があると信じているからだと思います」
「実際にはショボイ手品しか使えへんのにな」
「…矢部っ」
「まぁ、それはさておき…上田センセーがさらわれた場所とか、見当つかへんのか?」
「全然」
 即答する奈緒子に訝しげな顔を向け、矢部はため息をついた。
「お前本気で心配しとんのか?」
「してますよっ!だって、上田さんは私の代わりにさらわれたようなものなんですよ。しかも最後の言葉があんな…あ、あんなっ…」
 立ち上がって勇んだ奈緒子だったが、あの時の上田の、傷ついた表情を思い出し、不意に涙をこぼした。
「すまんな…」
 その様子を見て立ち上がった矢部は、奈緒子の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「わ、私のせいで…」
「大丈夫や、オレらも協力したるから…一緒に上田センセー探そうな」
 いつになく優しい…そう思いながら、奈緒子は涙を拭い、腰を下ろした。
「ほら、あの…ポケモン島やったか?」
「黒門島!上田と同じ間違いすなっ」
「そうそう、それ。その島にいる可能性はないか?」
「なくもないと思います。でも、妖術使いは一度島を追われてますから…」
「他は…白木の森とか、こないだの事件の時に行った島とか」
「それも考えられなくはないですね」
「あとは…ってオレが言ってばっかやないか!」
 なんだかシリアスな場に相応しくない、漫才のかけ合いのような空気が流れる。
「ちょっと長野の母に聞いてみます」
「そうやな…普通一番最初にかけるやろ?」
「いいからいいから…」
 首を捻る矢部をよそに、奈緒子は受話器を取って番号を回した。
 ──ルルル、プルルルルルル、ガチャ
『もしもし』
 受話器から、里見の声が聞こえた。
「お母さん?私」
『あら、奈緒子…どうしたの?』
 里見の声は、全くいつもと変わらないようだ。
「お母さん、あのね…あの…」
『奈緒子、何かあったのね?』
 言いよどむ奈緒子の様子を察した里見は、すぐに言葉を続けた。
『…上田先生に、もしかして何かあったの?』
「お母さん、何か知ってるの?!」
『やっぱり…母さんね、奈緒子の身に何かあれば、すぐに分かるのよ。説明しなさい』
 里見には確かに不思議な力がある。それは直感のようなものだと、奈緒子は思っていた。
「お母さん…」
 暗い影を落とし、奈緒子は矢部にしたのと同じように、昨夜の出来事を説明した。
『…そう、それで妖術使いは、気が変わったらいつでもおいでと言ったのね?』
「うん…」
『じゃあ奈緒子、昨夜着ていた服を調べなさい。きっと何かあるわ』
「うん、わかった」
 里見の助言に、奈緒子は慌てて洗濯籠をあさった。
「何か分かったんか?」
 横でクエスチョンマークを大量に浮かべる矢部を無視し、奈緒子は今朝まで着ていた服を引っ張り出し、ポケットを調べた。一枚の古びた紙切れが、綺麗に折りたたまれて入っていた。
「山田?」
 その紙を覗き込んだ矢部を突き飛ばし、再び受話器を握る。
「お母さん、あった!あったよ!」
 矢部は頭を抑え、奈緒子を軽く睨んでいた。
『良かったわ…きっとそこに、上田先生はいるわ。でもね、奈緒子…』
「なぁに?お母さん…」
『私も協力したいのだけど、今はここを離れるわけにはいかないのよ』
「ううん、大丈夫。矢部さんも協力してくれるって言うし…」
『そぉ?くれぐれも無茶は駄目よ』
「うん…お母さん」
『なぁに?』
「ありがとう。私、きっと上田さんを連れ戻して帰ってくるから」
『頑張ってね』
 そして電話は切れた。

つづく
 
   


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