★第三話★


「おい、お前、オレの扱いひどくないか?」
 受話器を置くと、矢部がギロリと奈緒子を睨みながら小声で言った。
「あ、矢部さん…すいません、いたんですよね」
「おいっ!」
「ちょっと焦っちゃってて…本当、ごめんなさい」
「分かればええんや。…で、何か手がかりつかんだんやろ?」
 奈緒子は黙って頷き、昨日着ていた服のポケットから出てきた紙片を矢部に見せた。
「それが手がかりか?」
「はい。妖術使いは、私においでって言ったんです。だから私には、自分がどこにいるか教えているはず…母はそう考えたんでしょうね。昨日着てた服のポケットに入っていたんです」
「じゃぁ、開けてみや」
「はい」
 矢部に促され、奈緒子は折りたたまれた紙片を広げた。
「…きったない字やな」
「そう、ですね」
 紙片にはみみずののたくったような細い字と、地図のようなものが書かれていた。
「なんて書いてあるんや?」
「えーっと…」
 矢部の場合は逆さまから見ている形になっているので、当然読むのは奈緒子なのだが…
「私…は、ここでお前、を待つ…」
 読みづらいので、どうしてもしどろもどろになってしまう。
「うんうん」
 それでも矢部は、腕を組んで相槌をうった。
「で…えっと、こことは、とある県にある、湖のほとりに建つ、今は使われていない古い洋館…」
「ほうほう、それで?」
「そこまでの、道のりを記す地図を記載する…待っているよ」
「ふんふん…」
「…妖術使い」
「…は?」
「これで終わりです」
「んな訳あるかい、ちょっと貸せ!」
 矢部は奈緒子の手から紙片を奪い取り、穴の開くほど眺めた。
「ね、それだけでしょ?」
「とある県ってどこじゃいっ!肝心な事が抜けとるやないかっ!!」
 もどかしいとでも言うように、矢部は紙片を力任せに床に叩きつけた。
「ちょっと!矢部さん、これでも一応大事な手がかりなんですから、乱暴に扱わないで下さいよ…ん?」
 慌てて拾い上げる奈緒子…ふと、紙片から甘い香りがした。
「なんや?」
「何か、今この紙から何かの匂いが…」
 紙片に顔を突きつけ、鼻をくんくんさせる奈緒子。
「犬じゃあるまいし…」
「これは…みかん?」
 よくよく見ると、文字と地図の下に微妙な余白があった。
「みかん言うたら…よくあぶりだしとかしたなぁ」
「あぶりだし…そうか!」
 しみじみと遠い目をした矢部に目配せし、二人は流しの方に向かった。コンロに火をつけ、弱火にしたその上に紙片をかざす。
「…燃やすなよ」
「そんな事しませんよ…あ、ほらほら、何か浮かんできた」
 ぼんやりと、紙片に大きな文字が浮かんできた。これもみみずののたくったような汚い字だ。
「「…手の込んだ事を…」」
 二人の声が重なった。あぶりだされた文字は、紛れもなく県名と湖の名称。
「よし、すぐ出発や!」
「はい…あ、矢部さん、仕事はいいんですか?」
「ん?」
 奈緒子の問いに、矢部は顔をしかめつつもにやりと笑みを浮かべ、口を開いた。
「ノープロブレムや、有休が残ってるからな。そや、菊池も連れて行こう」
「あぁ、あの東大…」
「あれで何かと役に立つんやで」
「そうですか?」
 ほのぼのとした空気の中、矢部は準備の為、一度戻るという。今日はもう移動手段がないという事で、翌日朝一で出発するという事を決め、駅前で待ち合わせした。
「なんか…何とかなりそうな気がする」
 矢部に打ち明けたおかげかどうか分からないが、何とか上田の居場所もわかり、奈緒子の不安は薄まっていた。
 いつもの籐のトランクに荷物を詰めながら、ひたすら上田の無事を祈った。
「着替えと、トランプ…は一応ね。あと…」
 こういう時、何を持って行けばいいのか…奈緒子にはさっぱり分からなかった。とりあえずは、いつも上田が持ち歩いているような、コンパスや地図、ペンとノートなど、必要なのかどうか分からないものを次々とトランクの中に収めた。
 翌朝、奈緒子はいつもの服装で、籐のトランク片手に駅前に立っていた。
「ね、眠い…結局一睡も出来なかったし」
 言葉どおり、実は奈緒子は一睡もしてなかった。少しでも寝ておかなければ、妖術使いと対決する時の支障になりかねない。だが、目をつぶると上田の顔が浮かんでしまい、眠る事など出来なかったのだ。
「もう来とったんか、早いなぁ」
 ぼんやり佇んでいるところに、矢部が颯爽と現れた。一歩遅れて、爽やかな微笑みを浮かべる菊池も現れた。
「あ、矢部さん。菊地さんも、おはようございます」
「山田さん、おはようございます。いい天気ですね」
「ええ、そうですね…」
 奈緒子はどうも、この男が苦手だ。こんな風に爽やかに微笑む男が、他に身近にいないからだろう。
「えーっと、何時のやったっけ?」
「六時半丁度の新幹線ですよ、大丈夫ですか?しっかりしてくださいよ。協力してくれるって言ったのは矢部さんなんですから」
「そうやったな。菊池、切符買って来い、三枚やで」
「あ、はい。分かりました」
 矢部が眠そうに目をこすりながら指示を出すと、菊池は慌てて窓口へと走っていった。
「すみません矢部さん、切符代…あとでちゃんと返しますので、立て替えておいて貰えませんか?」
 奈緒子はその様子を見てから、はっとして小声で矢部に言った。
「気にすんな、菊池のおごりや」
「え、でも…」
「大丈夫やって、あいつ、ええとこのボンボンやから」
「あ…だから連れて来たんですね」
 呆れる奈緒子だったが、自分の懐具合まで心配してくれている矢部の優しさを感じ、少し嬉しくなって笑顔を返した。
「矢部さーん、指定席で三枚買ってきましたよ。ついでに駅弁も。もう線路に入ってますから、乗りましょうよ」
 窓口の方から、満面の笑顔で菊池が戻ってきた。
「お、お前にしちゃ気が利いとるやないか。ほれ、行くで、山田」
「あ、はい」
 促され、奈緒子は慌てて前を歩く矢部に続いた。新幹線の、しかも指定席に乗るのが初めてだった奈緒子は、大いにはしゃいだ。
「お前、子供やないんやから、もうちょっと落ち着け…」
 矢部は大きなため息をつき、呆れながら奈緒子の顔を見遣った。

つづく
 
   


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