★第5話★


 古い、洋館というよりは小さなお城という方が雰囲気に合っているかもしれない。その建物の、日の光も差し込まない地下にある部屋の、冷たい石畳の上で、上田は目を覚ました。
「う…?」
 体が痺れて、思うように動けない。
「ここ…は…」
 身をよじりながら小さく呟く、その拍子に、かけていた眼鏡が外れて落ちた。
「おぉう!俺の眼鏡…が」
 そして気付く、両手両足共に、縛られている事に。
「な…?!」
 驚きながら、脳をフル回転させ、今の状況を理解しようとした…だが、それも中断される。
 ──カツン、カツン、カツン…響く足音。暗闇の中に浮かぶ揺らめく明かり。誰かが、火の灯ったランプのような物を持って立っている。
「誰…だ?」
 ──カツン、カツン、カツン…その人物は、部屋の入口に立ち、上田を見つめた。酷く冷たい視線を感じ、上田はその人物が誰か見定めようと目を細めた。
「図体がでかいだけあって、薬の効き目も薄いようだ…」
 低く唸るような声。ランプの炎が揺れ、その人物の顔を照らした。
「お前は?!」
 見覚えのある様相に、上田は驚愕した。
「もうすぐ可愛いあの子がやってくる。私たちの、仲間になるために」
 数歩近寄って、上田の目の前に灯油ランプを置いた。
「あの子…?」
「お前を、ただの顔見知りと言ったあの子だ」
「…山田の事か?」
 顔をしかめる上田の問いには答えず、その人物は暗闇の中を歩き出した。
「おい…どこへ行く!あいつに、何をする気だ?」
「応える必要はない。真っ暗闇は嫌いだろう?ランプの油が切れる頃にまた来る」
 それだけ言って立ち去ろうとしたが、何かを思い出し、懐から細い筒のような物を取り出し、上田の方に向き直った。
「な、何を…」
 ──ヒュッ…風を切るような音がし、上田は腕に痛みを感じた。
「うっ…」
「ただの痺れ薬さ…」
 そしてその人物は、闇の中に溶けるように、部屋を後にした。
「く…くそっ、頭がくらくら、する…」
 目の前で揺れる炎を見ながら、上田は歯を食いしばったが、痺れが全身に回ってきたようで、目を閉じた。
「…まだ、山田っ!」
 突然名前を呼ばれ、奈緒子は目を見開いた。目の前には、矢部の顔。その後ろには菊池もいる。
「え…?」
「人がいなくて本当に良かったわ…相変わらず酷い寝言やな」
 矢部が呆れた表情で言った。菊池も遠慮したように、苦笑を浮かべている。
「え…あ、あれ?」
 ここがどこか思い出すのに、数秒を費やした。車内アナウンスが流れ、あと五分で駅に到着すると言った。
「もうすぐ着くで」
「あ、はい…」
 フラフラと立ち上がり、指定席車両へと向かう矢部と菊池の後に続いた。
 ──夢を見ていた…?
「山田さん、顔色悪いですけど…大丈夫ですか?」
 本当に顔色の悪い奈緒子の顔を覗き込み、菊池が心配そうに尋ねた。
「え?あぁ…大丈夫ですよ。ちょっと、変な夢を見てしまって…」
「そらそうやろ…なんで子連れ狼がアポロ13で江戸の城下町を爆破せなあかんのや、聞いてて恥ずかしなったで、ほんま」
 矢部が横目で奈緒子を見遣りながら言った。
「え、そんな事言ってました?」
「えぇ、まぁ…」
 菊池の苦笑を見て、多分本当なのだろうと思ったが、そんな面白そうな夢は見ていないと思った。見たのはもっと、恐い夢…背筋の凍りつきそうな、石畳の冷たさまでリアルに思い出せる、悪夢だ。
「降りるで」
 何かを感じ取ったのかどうか、矢部はぼんやりと思い悩む奈緒子の頭を乱暴にくしゃくしゃと撫でて立ち上がった。いつの間にか新幹線は駅の線路に入っていた。
「矢部さんっ、やめてくださいよ…あぁもう、髪ぐちゃぐちゃ」
 慌ててその手を払い、手櫛で整えながら奈緒子も立ち上がった。
「僕、持ちますよ」
 上の棚に乗せていたトランクを取り出そうとした時、菊池が横から手を伸ばした。
「あ、どーも…」
 そして三人は、駅に降り立った。平日の昼間とはいえ、多少混雑している。
「さて、と…どうする?」
 ひとまず駅を出たところで、矢部が口を開いた。
「え?矢部さん、計画立ててくれてたんじゃないんですか?」
 奈緒子が言った。
「なんで俺が計画せなあかんのや。一応はお前の、問題やろが」
 驚く奈緒子の額をペチペチと叩きながら、矢部が返す。
「にゃっ、たっ…それは、そうですけど…」
「ま、頼りにされて悪い気はせぇへんけどな。んじゃぁ、とりあえず洋館があるっちゅう湖まで行ってみるか?」
「あ、はい」
 奈緒子が同じると、矢部は菊池に目配せした。それに気付いた菊池はすぐに何かを察し、その場を駆け足で離れた。
「え、あれ?菊地さん…?」
「まぁ、えーから待っとれって」
 その意図がつかめないまま、その場で立ちすくんでいると、しばらくして空色のワゴンアールが二人の脇に軽やかに止まった。運転席から菊地が顔を出す。
「車借りてきました、乗って下さい」
 仕事が速い…呆然とする奈緒子を、矢部が後部座席のドアを開けて乗るように促す。奈緒子が席に着くと、矢部は助手席のドアを開けて乗り込んだ。
「この車、カーナビ付いてへんけど…大丈夫か、菊池」
「任せてください、地図は頭に完全インプットされてます。何せ東大を出てますから」
 今日はじめて菊地の常文句を聞いた奈緒子は、苦笑を浮かべながら矢部と顔を見合わせた。
「あー…だいたいどの位かかりそうや、その湖まで」
 矢部が、いつの間に買ったのだろうか…魚肉ソーセージを頬張りながら、ハンドルを握る菊地に声をかけた。
「車借りる時に店の方に聞いたんですが、道が混んでいなければ三十分もかからないとの事でした」
「へぇ…で、道が混んでる時は?」
 矢部の手にあるソーセージを奪い取りながら、後ろから奈緒子が言った。そう言いたくなる気持ちがわかるほど、道路はひどい渋滞だ。
「…さぁ」
「裏道とかないんか?」
「えっと…一応、一時間ほどかかる裏道はありますが、この渋滞の進み具合から言って、大して変わらないでしょうね」
「ほな裏道に入れ」
「え…」
 矢部の言葉に、菊池は信じられないという表情を向けた。
「何やその顔…」
 矢部もまた、そんな菊池を不審気に見遣った。

つづく
 
   


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