★第6話★


「時間…変わらないのに裏道に入るんですか?」
 菊池には矢部の考えている事がさっぱりつかめない様だった。
「お前はほんま、分かってへんなぁ…同じ一時間なら、景色が移り変わる方が楽しいやないか。動かん車のケツ見てたって、気分が萎えるだけやろ」
 全くもって蔑むように、矢部は前を走る車を指差して、うぇっと舌を出して言った。
「楽しいって…そういう状況じゃ…」
 そんな矢部を見てから、菊池は申し訳なさそうにバックミラーで奈緒子を窺った。
「オレ達はこれかどうなるか分からなんいや…それならギリギリまで、楽しい気持ちでおった方がずっと得やで。山田、お前もそう思うやろ」
「そうですね、気落ちするだけ損ですよ。最悪の状況こそ楽しむべきであるとかなんとか…誰かが言ってましたよ」
「そうやそうや!」
 同意する奈緒子を呆れて見てから、菊池は小さくため息をつき「じゃぁ…」と小声で言いながら右のウィンカーを上げた。
「右折〜、右折〜♪」
 妙なテンションの矢部と奈緒子と、一人呆れる菊池を乗せた空色のワゴンアールは、次の角を右折した。菊池の言う裏道は全くと言っていいほど車が走っておらず、軽快に進んでいく。閑静な住宅街を抜け、小洒落たレンガ敷きの広場を抜け、山の中へと進んでいく。
「お洒落な街ですね…」
 峠を走っている時、窓の外を眺めながら奈緒子が口を開いた。
「本当やなぁ、機会があったら観光で来たいなぁ」
「来れたらいいですね」
 三人はほんわかした会話を楽しんでいた。少し走ってから、山の頂きの駐車スペースに菊池は一度車を止めて、外に出るよう促した。
「向こうに展望台があって、湖が見下ろせるようになっているはずです」
 一体どこからそんな情報を聞き出してくるのか…感心しながら矢部と奈緒子は菊池の後に続いた。
 少し肌寒い風を受けながら、三人は展望台に立った。そこで奈緒子は、目を大きく見開き「はぁ…」と息をついた。奈緒子だけではない、奈緒子の隣で、矢部と菊池も感嘆の声をあげた。
「す…ごい…」
 三人の目に映りこんだのは、どこまでも澄んだ、美しい湖。青と言うより、南国の海のようなエメラルドブルーの。
「綺麗…」
 奈緒子の口から声が漏れた。こんな綺麗な湖が、この日本に存在していたのかと言うように、奈緒子はじっと見つめた。その美しさは、どこか悲しげで、切ない。それはまるで、あの、母のふるさとの海のようで…
「こっから、洋館、見えへんかな」
 矢部の小さな呟きで、奈緒子は我に帰った。
「あ、そうですよね」
 慌ててコートのポケットから、折りたたまれた紙片を取り出して広げた。地図が書いてあったはずだ。
「どうや?」
「えっと…これが湖で、多分これがこの山だと思うから…」
 矢部がどれどれと横から覗き込んだ。
「わっかり辛い地図やなぁ、あぶりだしといい、妖術使いも変わり者やな」
 なんとか現在の状況と照らし合わせ、方角を調べる。
「黒門島の出身者は変わり者が多いんですよ、お母さんもちょっと変わってるし」
 今まで出会った島の人々の顔を思い出しながら、奈緒子はしみじみと言った。
「お前も変わってるしな」
「多分あっちの方向ですよ」
 矢部の言葉を無視しながらある方向を指差した。
「矢部さーん、山田さーん、こっちに望遠鏡ありますよ」
 丁度いいタイミングで、少し離れた所から、菊池が手を大きく振りながら叫んだ。
「えぇもん見つけたな、菊池。えーっと、3分200円か…菊池!」
「あ、はいはい」
 矢部は当然のように菊池から硬貨を受け取り、それを望遠鏡に入れた。
「山田、お前も探せよ!菊池、金!」
 金銭面は全部菊池に任せる事にしたらしい…矢部は望遠鏡を覗き込みながら言った。
「あぁ、そうですよね。はい、どうぞ」
「すみません…」
 気まずそうに硬貨を受け取り、奈緒子も望遠鏡を覗き込んだ。矢部の隣で菊池も同じように望遠鏡を覗き込んでいる。
 方角を合わせ、少しずつ望遠鏡を動かしていく。レンズを通して見ても、湖は本当に美しくて、奈緒子はクラクラしながら探した。
「おっ…」
 矢部の小さな声が聞こえた。
「矢部さん?」
「3時の方向、それらしい建物を発見や」
 その言葉に、ちらっと自分の腕時計に目をやりながら望遠鏡をずらした。
「あ、本当だ」
 菊池も見つけたらしい。少し遅れて、奈緒子もそれらしい建物を見つけた。湖のほとり、木々が茂っていて全部は見えないが、多分これだろう。グレーの外壁と、深い葡萄色の屋根の、趣のある建物だ。
「あそこに…」
 あそこに上田がいる…
「あ゛?」
「え?」
「あ…っと」
 奈緒子の小さい声に反応するかのように、矢部・奈緒子・菊池の順に気の抜けた声が漏れた。三分経過したのだ。
 三人は気恥ずかしそうに望遠鏡から目を離すと、顔を見合わせて苦笑した。
「とりあえず、あれで間違いないやろうな」
「そうでしょうね、他にそれらしいものもないし…」
 矢部と菊池が、確認しあうように会話を交わし、一呼吸置いてから奈緒子の顔をちらりと見た。それは「どうする?」と聞いているような表情で、奈緒子はどうしようかと思い悩んだ。
「えっと…」
「すぐ行くか?それとも、対策を練ってからにするか?」
 言いよどむ奈緒子を見て、矢部が声をかける。
「私、は…」
「どうしたいんや?」
「上田さんを、早く助けたい…です」
 小さく小さく、奈緒子は俯いて、呟いた。
「ならすぐ行くで、これに決まりや。菊池、車出す準備せい!」
「あ、はい」
 菊池が駐車スペースの方に駆け寄ってから、矢部は奈緒子の背中を、ポンッと軽く叩いた。
「矢部さん?」
「行くで」
 冷たい風に顔をしかめつつ、コートの襟元を立たせ、矢部は奈緒子に笑顔を向けた。それはまるで「これからや、頑張ろうな」とでも言っているようで、奈緒子は泣きそうになって顔を歪ませた。
「矢部さん…」
 奈緒子の目が潤む。
「変な顔やな」
 矢部はそう言いながら、奈緒子の額をペチッといい音を立てて叩いた。
「にゃぅっ?!」
 ははは、と、額を押さえてむくれる奈緒子を見ながら笑い、矢部は車の助手席に乗り込んだ。
「矢部っ!」
 むくれながらも、気持ちが軽くなった奈緒子は慌てて後を追い、後部座席に身を滑り込ませた。
 ──大丈夫、大丈夫。私は、大丈夫だ。だって、一緒に頑張ってくれる人がいるから…
 車の中で、奈緒子は呼吸を整えながら思った。

つづく
 
   


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